パート5:魔王という存在(4)
勇者ベルド。その名が出た瞬間、バロディンは歯を食いしばった。
先の大戦争の時、魔王カシュレアと4日昼夜戦っても敗れなかった人間。バロディンも当時1度戦ったことがあったが、人間とは信じられないほど圧倒的な力に負けた。
そして現在魔族が最も憎悪する人間でもある。休戦を申し入れた後に魔王カシュレアを裏切って殺害した、ということを多数の魔族が信じているからだ。
だが……シュリの表情はどう見ても裏切られた魔王の表情ではなかった。
「彼が魔王城に滞在している間、私は彼と多くの話をした。そして、彼が魔族を同等な理性をもった存在として見ようとしていることを知った。私に休戦を提案したのもその為だった。そして彼は一時的な休戦を越えて、魔族という存在を理解し、話そうとしていたんだ。その時私は自分がいかに無能で粗末な君主だったかを痛感した」
シュリは自分の手をじっと見下ろした。
見た目はか細いだが、その皮膚の下に莫大な魔力と力を秘めた手。力では勇者ベルドの他に太刀打ちできる者のない手だ。しかし、その手は死んでいく魔族を救うことも、長い間積もった憎悪を取り払うこともできなかった。
何も、できなかった。
「それで私は魔王の座を捨てた。私よりいい奴が登場することを望んで、魔族が人間と戦わないことを望んだ。そして勇者ベルドに付いて行って、彼の理想に同参しようとした。……それが、キミらが人間の裏切りと信じ、憤る〝魔王の死〟の真相である。ただ最後まで自分の無能さに身を震わせて逃げ出しただけの、愚かで情けない魔王の逃走劇に過ぎない」
バロディンは何も返せなかった。
シュリの淡々とした声の中にたまっている感情と記憶。それをみだりに察するのは不可能だった。ただ分かりやすい憎悪と悲しみだけを追従したバロディンが、何の資格があってそれについてあれやこれやと言い合えるだろうか。
しかし、シュリは自分の失敗を後悔しながら絶望する為にその話を切り出したのではなかった。
「だから私は努力するの。私が愛する同胞の為に、そして愛する者の為に、昔からすべきだった努力をね。だからそれを邪魔するのは誰も許さないわよ」
いつの間にか言い方が元に戻った。しかし、その声に込められた重さは全然変わらなかった。バロディンを見る眼差しも。
「だからバロディン。選択肢をあげるの。無能な昔の主君が今さら見ているバカみたいな夢を助けるの? それとも今の主君に従って憎悪を継承するの?」
「……もし後者を選んだらどうするつもりですか?」
「安心して。殺したりはしないのよ。もちろんアンタを返すことはできないけどね。……あ、でも言いたいことはあるの」
シュリはにっこり笑った。これまでとは違って、茶目っ気と自信に満ちた笑みだった。
「強者を自称するくせに、自分のものでもない憎しみを受け継いで盲目的に従う格好なんてね。私ならすごく恥ずかしくてプライドが傷つくと思うけどよ?」
「……っ」
盲目的なわけでも、主体がないわけでもない。
家族を失って悲しむ者を目の前で見て、その悲しみを与えた者を憎んだ。それは紛れもない自分の怒りだったのだと。今でもバロディンは自信を持ってそう言える。
だが……失い続ける現実そのものを悲しんできたシュリを、バロディン自身が生まれる前から魔王だった彼女が耐えてきた時間を考えると、下手に言葉が出なかったのも事実だった。
バロディンの表情から考えを察したかのように、シュリが苦笑しながらまた口を開いた。
「アンタの信念を無理にくじこうということじゃないわよ。さっきも言ったけど、失ったことへの怒りまで否定するつもりはないの。たとえアンタ自身が直接失ったのじゃなくても、失って悲しむ者を目の前に置いて怒るのは間違っていないからね。ただ……アンタ自分の目で直接人間を見て判断してほしいわ」
「……俺、石ぶたれたんですが」
「……そういえばそうだったわね」
バロディンは暫く黙って考え込んだ。彼が何を考えているのかシュリには分からなかったが、少なくともバロディンの表情に怒りも憎しみもなかった。悩む気配は感じたけど。
やがてバロディンはちょっと渋い顔で話し始めた。
「参考に伺います。俺が戻ってやがる! と暴れたらどうするつもりですか?」
本当に暴れるつもりなのか、それともただ聞いてみるのか。
それは分からなかったけど、シュリはにっこり笑った。しかし、その笑いを見たバロディンの背中には冷や汗が流れた。
「……自分が男の子のオカズになったことを知った女の気持ちはどうだと思うの?」
「ブフッ!?」
バロディンは何も食べていないのに盛大に吐いてしまった。
なんだかんだで忘れていたが、バロディンは魔王の肖像画で性欲を解消したことがある。そしてシュリはバロディンが生まれる前から、たっだ3年前まで魔王だった存在。
つまり、それが意味するところは……。
「も、申し訳ありません!」
「いやまぁ、謝る必要はないわ。幼い頃のことだし、私がそれほど魅力的だということだからね? でもね……いきなり暴れたりすると、その報復として黒歴史を暴いてしまうかも知れないねぇ? 黒歴史をまとめた本を作って、それを魔族達に密かにばらまくのも……」
「助けてください!!」
バロディンが机に頭を突っ込んだ。机にひびが入った。
「迷惑をかけたらそうするってことだし、暴れさえしなければそんなことはしないのよ。……で? もうそろそろ時間を稼ぐのをやめてね。アンタはどうするの?」
「……」
バロディンは再び黙った。
長い沈黙。かなり長い沈黙だったが、シュリは一言も言わずじっと待った。バロディンが心の中で決断を下すことを。
やがてバロディンが口を開いたのは、シュリが質問をしてから5分後のことだった。
「俺が……何をお手伝いすればいいですか?」
願って止まなかった返事。
初めてできた、理想の為の魔族仲間。それが嬉しくて、シュリはこれまでで最も明るい笑顔を見せた。
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