パート5:魔王という存在(2)
「疑いはしないの?」
シュリは苦笑して言った。しかしバロディンは首を横に振った。
「姿だけならまだしも、この魔力の気配まで分からないはずがありません。陛下の魔力の波長も、そしてこの圧倒的な魔力量と威圧感も……」
バロディンはシュリが尋問室に展開した結界を見つめ直して微笑んだ。
「そうですね。陛下の気配を隠すにはこの程度の結界は必要ですね。……だが……お聞きしたいことがあります」
「今まで魔力の波長をごまかしたこと?」
「……はい」
魔力の波長は変えられない。それがこの世界の常識であり、波長を個人識別に使う根拠である。しかし波長を変えることができれば、社会の根幹にある様々なことを覆さなければならないかも知れない。
――まぁ、当然の疑問だね。
「ひとまず結論から言うと、魔力の波長は変えることができるの。ただし、波長を変える為に必要な術式と演算能力が普通ではないのよ。人間の物差しで言えば……最低でもSランク程度の実力にならなければ、波長を変えるのは不可能だわ。しかもこれ、すごく大きな短所があるの」
「短所……ですか?」
「ん。魔力を使う時、波長を変える為に消耗する魔力が9割だわよ」
「……は?」
バロディンはあっけに取られた。
波長を変えることに消耗する魔力が9割ということは、すなわち……。
「まさか……波長を偽装している間は使える魔力が1割だけということですか?」
「そうなの。魔力も1割しか使えないし、波長制御術式に演算を割くだけに、使える魔法そのものも制限されるの。それに私は正体を隠さなければならないから、普段の魔力までいつも偽装しなければならないんのよ。大雑把に見積もると……こんなに魔王の真骨頂を現していた時に比べると、実質的な戦闘力は1パーセント以下だろうかしら」
「……」
バロディンは暫く呆然とした顔をしていたが、すぐ苦笑して項垂れた。
「……つまり、俺は陛下の1パーセントに負けたんですね」
「しょうがないでしょ? アンタと私の間にはその程度の差があるから」
魔王軍の大隊長に過ぎないバロディンと、魔族社会の頂点に立った魔王のシュリ。その間にどれほど大きな格差があるかは言うまでもない。
人間のランク基準はFからSまで。最高ランクのSが魔王軍の軍団長ぐらいの位置に当たる。
そして魔王であるシュリは、力と知恵、両方とも魔族の頂点に立った存在。人間のランク基準そのものを超えた規格外の存在である彼女に、たかがAランクのバロディンが比較対象になるはずもない。
だがバロディンはそれを不快に思わなかった。いや、むしろその顔には歓喜まで漂っていた。
「さすが陛下のお力は健在ですね。それならば我が魔族の将来にも希望が……!」
「却下」
「……はい? 何の……」
「アンタ、私にまた魔族達に戻って人間と戦ってくれと言いたいんじゃないの? しないわ」
「な、何故ですか!?」
「アンタこそどうして理解できないの? 私が残した伝言は忘れたの?」
バロディンは歯を食いしばった。
人間と戦うな、という伝言。魔王カシュレアがこんなに健在である以上、その伝言が偽物である可能性すら消えた。つまり人間との戦いは彼女が願わないものであり、そこに協力する可能性もない。
しかし、それで諦めるバロディンではなかった。
「何故ですか!? 何故人間なんかと戦わないでと仰るんですか!? しかも……しかも死を装って人間の奴らの間に紛れ込んで……!」
バロディンの言葉が止まった。シュリが冷たい目で彼を睨んだのだ。その威圧感に押されて、バロディンは息の根をぎゅっと締められているような気分になった。言葉どころか息をすることさえ大変だった。
シュリはすぐに威圧を止めた。眼差しもいつの間にか、同情の念に変わった。
「逆に問うわよ。アンタはどうして人間をそんなに嫌やがるの?」
「人間の奴らは害悪だからです! 人間を皆殺しにすることだけが俺達の……!」
「どうして? 人間が害悪である理由は何なの? 皆殺さなければならない理由はまた何?」
「多くの同胞が人間に殺されました! 彼らの怨念を晴らすべきではないですか!」
「人間はまさにその魔族の手に多くの同胞を失ったわよ。お互いに失わせてきたという点で我々も人間もあまり差はないわ」
「だからといって……!」
「もちろん、こんな言葉で全部正当化するってわけじゃないわよ。でもそれはひとまず置いておいて、アンタ自身について話をして見よう」
バロディンはまだ理解できないという目をしていたが、シュリはまさにその目を指した。まるで今にも突き刺すような近さだった。
「アンタが直接戦場に立つ前に。その目で見た悲劇がいくつあるの?」
「……はい?」
「アンタの家族は本来戦士の家じゃなかったじゃない。だからアンタの家族が戦争で犠牲になることはなかったわ。アンタの隣人の中には戦争に出て死んだ人がいたけど、アンタが見たのは家族が死んで悲しむ友達の姿だけだった」
「その悲しみを……凌蔑しようとするのですか?」
「……バロディン。優しい子。優しいから同胞の悲しみを抱きしめて憎しみを抱くようになった子よ」
シュリの話し方と雰囲気ががらりと変わった。それを感じたバロディンも緊張で顔をこわばった。
だが、次に続く言葉を聞くと別の意味で表情がこわばった。
「そこにキミ自身の怒りはどこにあるのか?」
「……はい?」
「もう一度問う」
シュリの冷厳で美しい瞳に、バロディンの目線が固定された。まるで吸い込まれるような感じだった。
そんな彼の頭に、シュリは冷たい水より冷たい言葉を浴びせた。
「先祖から受け継がれてきた憎悪。友人達に共感した悲しみ。……他の存在から来た感情ではなく、キミ自身が人間を憎むべき理由が、キミの過去どこにいるのか?」
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