45話 シルヴィエの帰還
「ごほっ、ごほ……」
シルヴィエはようやくぎゅっと瞑っていた目を開けた。
辺りは白い靄に包まれている。
「シルヴィエ!」
カイが自分を呼ぶ声が聞こえたので、シルヴィエはそっちの方向に進みながら大声で答えた。
「カイ!」
「あ、ここにいたのかシルヴィ……」
そこでカイの言葉は止まる。
「……シルヴィエ」
「ああ、体は小さいままだ。どうやら元には戻らないらしい」
「封印紋は完成したんだよな!?」
「ああ。もう魔王の息づかいも気配もしないくらいに完璧に」
そう、シルヴィエが賢者の石を封印紋に置いた瞬間、膨大な魔力が溢れ、シルヴィエの体の中の魔力が満ちていくのを感じた。
だからシルヴィエはてっきり元の老女の姿に戻ると思ったのだ。
(おばあさんならさすがのユリウスも諦めるだろうな)
シルヴィエはそう思いながら光に包まれていった。
……しかし、視界が戻って来ると同時に目に入ったのは小さいままの手だった。
「カイ、私はどうなったと思う?」
「それは……」
「体の中の魔力は以前と同じ位に充実している。けれどこの姿……。もうずっとこのままなのかな」
「……シルヴィエ、どんな姿でもシルヴィエは俺の仲間で友人だよ」
「……ありがとう」
カイのその言葉に、シルヴィエは落胆した気持ちが少し軽くなるのを感じた。
そんな時だった。
「シルヴィエ!」
「えっ?」
柔らかい、聞き覚えのある声。
シルヴィエは思わず振り向いた。
「ユリウス……どうしてここに……」
「まだ国境ぞいの城に駐屯していたから」
「そうじゃなくて!」
「……一刻も早く君に会いたくて」
「……!」
シルヴィエはその言葉を聞いて駆けだした。
「ユリウス!」
「……シルヴィエ、迎えに来たよ」
そこにはユリウスと、パーシヴァルもいる。
シルヴィエはそのままユリウスの足にしがみついた。
「ごめん……ごめん……ユリウス……」
「どうして謝るんだい」
「だって……こんなちっちゃいままで……」
シルヴィエの目からは涙がこぼれ落ちた。
その涙を拭いながら、ユリウスは優しくシルヴィエに語りかける。
「言ったろう、十年も経てばなんの問題もない」
「そんなこと……」
「あれから調べたんだ。過去には王族と聖女の結婚の例もあるって」
「でも、ずっとこのままかもしれないんだぞ!」
そうシルヴィエが言うと、ユリウスは大きな手でシルヴィエの顔を包み込んだ。
「シルヴィエ、俺はこのままでも構わない。そうだな……跡継ぎはルーカスにレオンもいるし」
「そ、そういう問題じゃ……」
「とにかく! 無事にシルヴィエの封印が完成した。世界はこれからも平和だ。それでいいじゃないか」
ユリウスはそう言いながらシルヴィエを抱き上げると、その紫の目を見つめながら言った。
「帰ろう、ルベルニアへ」
「……ああ」
「なんだかイイトコ持ってかれた気分だ」
「お互い苦労しますね」
それまでじっと事の成り行きを見守っていたカイとパーシヴァルは顔を見合わせた。
一行はそうして魔王城を後にし、国境沿いに駐留していたルベルニア軍と合流して帰国の途についた。
王都にルベルニア軍が帰還すると、沿道の家の窓からは花びらが舞い、道の脇には人々の歓声が鳴り響いた。
「ルベルニア万歳!」
「魔族軍撃破万歳!」
「魔王封印万歳!」
その喧噪を、シルヴィエは馬に乗ったユリウスの膝の間で聞いていた。
「ようやく終わったんだな……」
「ああ、国民もこれで安心するだろう。カイとシルヴィエには深く感謝している」
「うん……」
シルヴィエは精霊の森での激闘を思い返しながら城門をくぐった。
「皆、王国の期待を背負い、その通りに勝利を収めたことを感謝する」
城に戻ると、王から早速ねぎらいの言葉が皆に届けられた。
「特に勇者カイ、シルヴィエ殿。そなた達は魔族軍の大将を射止めた。ありがとう」
シルヴィエ達もお褒めの言葉を授かったが、魔王封印の件は国の威光に関わる為、この場では伏せられた。
「それでは、皆……今宵はゆるりと休まれよ。おって宴席を設けよう」
「はっ」
「はーっ、やっと帰れる」
「やっぱり王様の前だと肩が凝るな」
「ああ」
重責から解放されたシルヴィエが愚痴りながら自宅の館に向かっていると、カイが話しかけてきた。
「……シルヴィエさ」
「あ?」
「また今度もパーティには来ないつもりか?」
「あー……」
「行こうよ。俺はシルヴィエと一緒に出たい」
そう言って、カイはしゃがみ込んでシルヴィエの肩を掴んだ。
「あの戦いはシルヴィエが居なければ勝てなかった。俺だけ賞賛されるのはおかしい」
「……そうか。じゃあ……出ようかな」
「本当か! よかった」
「たまには良いだろ」
カイはシルヴィエの回答を聞くと、心から嬉しそうに顔をほころばせた。
「じゃあ……次はパーティでかな」
「ああ。カイもゆっくり休め」
「ああ」
こうしてシルヴィエは久々の我が家へと帰った。
「まあ、お師匠さま!」
「色々話す事はあるけど……ただいま!」
エリンの笑顔に出迎えられて、シルヴィエは居間へと向かう。
「お話ですか?」
「ああ。ゆっくり話そう、エリン」
「じゃあ、お茶を淹れてきますね!」
パタパタと台所に向かうエリンの足音を聞きながら、シルヴィエはソファに体を預けしばしぼんやりとしていた。




