40話 精霊竜
「この先を通して欲しい」
『ああ、かまわんよ』
「え?」
あまりにあっさりとノームが答えるので、シルヴィエは思わずずっこけそうになった。
「そんなに簡単に通していいのか?」
『ここまでの精霊はおぬしを通したのじゃろ。それに目を見れば分かる。固い意志のあるいい目だ』
「なら……いいんだが」
『でも少し待って欲しい。ほらそこの』
ノームはふっと顔を上げると、カイに声をかけた。
「俺か?」
『ああ、ちょっとこっちに来い』
カイは身をかがめてノームの前に跪いた。
そんなカイをノームはじーっと見つめている。
『鎧は一級品だな。手入れもいい。……で、それは?』
「これは王家より拝借している神剣ラグナロスだ」
『ラグナロス……そうか、そうか。かっかっか!』
ノームは腹からおかしそうにして笑った。
カイもシルヴィエもその訳が分からず互いに顔を見合わせる。
「この神剣がどうかしたのか?」
カイはなんだか不安になってノームに聞いた。
『それを鍛えたのは儂じゃよ。道理で見覚えがあるはずだ』
「この神剣を……」
『ああ、しかし随分とまあ……ナマクラになってしまったものだ。まあ、これを鍛え直すことが出来るのは儂くらいだろうからの』
「これ……元からナマクラなんじゃないのか!?」
カイは驚いて神剣を引き抜き、その刃を見た。
神剣とは選ばれたものが持てば真の力を発揮する。そういうものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
『どれ、鍛え直してやろう。こっちにおいで』
「あ、ああ……」
カイとシルヴィエはノームに誘われ、洞窟の中に入った。
「真っ暗だ」
『ああ、済まんね』
ノームが指を鳴らすと岩壁沿いがポッ、ポッと灯りがついていく。
『さぁ、こっちだ』
そこには巨大な炉があり、煌々と赤い熾火がぼんやりと辺りを照らしていた。
『剣を儂に預けて、茶でも飲んでろい』
「ああ」
カーンカーンと剣が鍛え直される音を聞きながら、カイとシルヴィエ
はしばらく近くの椅子に座って休んでいた。
「オチャヲドウゾ!」
「あ、ありがとう」
そうしていると小さな土色の顔色をした精霊がお茶を淹れてくれた。
「今の」
「ブラウニーだな」
ブラウニーが淹れてくれたお茶はほっとする味のハーブティーだった。
『できたぞい』
しばらくすると、ノームが神剣ラグナロスを持ってカイの元に戻ってきた。
「おお……これが」
『本来のラグナロスの輝きだ。長きにわたる時のせいで失われた輝きじゃよ』
「ありがとう」
それは白く輝き、何ものでも切り裂けそうな鋭利さを取り戻していた。
『で、精霊竜の元に行くんだって』
「はい」
『気をつけぇよ。あの方は気難しい』
「ああ」
シルヴィエとカイはノームにお礼を言って先に進んだ。
「いやぁ、良かったな。ラグナロス」
カイは嬉しそうに相棒である神剣をいつまでも撫でている。
「いいから行くぞ!」
「あ、ちょっと待ってシルヴィエ!」
カイは慌ててシルヴィエの後を追いかけた。
***
「うーん、嫌な気。帰ろうかしら」
「おひい様……」
シルヴィエとカイが森の中心部を目指している頃。
二つの影が精霊の森の前へとたどり着いた。
「冗談よ」
「ごきげん直してください。帰ったら乳飲み子のまるごと煮を作って差し上げますから」
「わぁ! いいわね」
まるでファラーシャとナミラはピクニックにでも行くようである。
「さ、ナミラ」
「はい、おひい様」
ファラーシャが触れると、ナミラはコウモリ傘へと変化した。
「さ、行きましょう」
そうして原始の精霊の降る森の中へと入っていった。
***
「精霊の気配がやんだ」
「……本当だ」
シルヴィエとカイが森の奥に行くにつれ、激しい雹かなにかのように二人を襲っていた下級精霊達の気配が突然に止んだ。
「精霊竜が近いのか」
シルヴィエはカイの肩から降り、障壁を消した。
「静かだ……」
「鳥の声も虫の声もしない。本当にすぐ近くみたいだ。いくぞ! カイ」
シルヴィエはロッドを肩に担ぎあげ、一気に走り出した。
なんとなく、こっちだということが分かる。
まるで呼ばれているようだ。精霊竜、そのものに。
「転ぶぞ、シルヴィエ!」
「子供扱いするな! ……あ」
シルヴィエがカイを怒鳴りつけたその時だった。
振り返ったシルヴィエの目の前に、巨大な岩山――否、精霊竜の姿があった。
『人の子よ……よく来たな。我が名はイフリート』
「……はい」
その鱗は虹色に輝き、その羽根は昆虫のように透き通っている。
神々しいその姿にシルヴィエもカイもごくりとつばを飲み込み、自然と膝を折ってその前に跪いた。
「私はシルヴィエ。このものは勇者カイ。神剣ラグナロスを持つ者です」
『ここまで無傷で来たということは精霊達に愛されたのだな』
「……だといいのですが」
『彼らに免じて用件くらいは聞いてやろう』
「は……我々はここを襲いにくる魔族を返り撃つ為にやって来ました」
『は! 魔族か? ははは』
そのことを聞いたイフリートは大声をあげて笑った。
びりびりと鼓膜を破りそうな大きな笑い声にシルヴィエもカイも腰を抜かしそうになった。
『魔族ごときになにができるか!』
「しかし、その魔族は魔王の血を引いているのです。実は……」
シルヴィエはこうして封印紋が不完全であること、そしてその影響で自分の姿が変わったこと、そしておそらくは魔族の目的は封印紋の解除の為に賢者の石を狙っていることを話した。




