37話 精霊の森で
シルヴィエとカイはフェンリル達の背に乗って、ひたすら西へ西へと向かった。
「いいにおいがしてきます!」
クーロがそう言って振り返った。そう言われてみれば周囲の空気が違ってきているような気がする。
濃い緑の香りの中に清涼な、ピンとした空気が張り詰めている。
そんな草地の真ん中でエルとナキは足を止めた。
「そろそろ聖域に入る。我らはここまでだ」
「えー、なんでですかパパ」
「我らも力ある精霊だ。縄張りの違う私達が一緒だと精霊たちも戸惑うだろう」
「……そうですかー」
クーロがいかにも残念そうな声を出す。
「クーロ、確かにエルの言う通りだ」
そんなクーロにシルヴィエは言い聞かせた。
「この先は私達だけで行く。精霊竜のところまで行くんだ。クーロ達は安全なところにいておくれ」
「……きをつけてください、あるじ」
しゅーんと耳を畳んで、クーロは心配そうに言った。
「では、行こうか。カイ」
「ああ。クーロ、帰ったら王子達とかけっこしような!」
そうフェンリル達に言い残し、シルヴィエとカイは目の前の森に向かって歩き出した。
「ここが聖域の森……」
カイもこの森の醸し出す不思議な空気に気付いたか、顔つきが厳しくなった。
「ここは原始の森だ。人や魔族の手の入っていないありのままの自然、ってところかな」
「そっか、だから何か違う感じがするんだな」
「それだけじゃないぞ、カイ。ここには精霊がうようよといるはずだ」
「それってどういう……」
カイがシルヴィエに問いかけた瞬間だった。
一筋の火の塊がカイの真横を通り過ぎていった。
「あぶねっ!」
ひらりとそれを躱したものの、カイは突然のことに驚いている。
「今の……」
「火の精霊だろうな。私達が普段の魔法で使役する下級精霊だ。彼らは特段の意志は持たない」
「こいつはやっかいだ」
カイは剣を握りしめる。シルヴィエはそんなカイをやんわりと止めた。
「止せ。意志はないが敵意は感じるはずだ。むやみに攻撃すると集団で反撃してくるぞ」
「じゃあどうすれば……」
「避けながら行くしかない。聖壁」
シルヴィエは障壁を張ると、カイをその中に引き込んで、歩き出した。
「……あの」
「なんだ、カイ」
「…………腰が痛い」
「え?」
「ごめんな、怒るなよ!」
カイはそう前置きしてからシルヴィエを抱きあげた。そして肩まで担ぎ上げる。
「ふう……かがむのがしんどくて」
「ぐぐ……すまん」
シルヴィエの身長の高さに張られた結界ではカイはずっと屈んでいなければならなかったのだ。
抱っこにシルヴィエは不愉快そうな顔をしたものの、すぐに喧嘩をしている場合ではないと気づいた。
「じゃ、行こうか」
そう言っている間にも、次々と水の玉や雷が障壁にぶつかって散っていった。
「……本当に敵意を感じない」
「ああ。ここの精霊は気ままに飛んでるだけだな」
ただ、これがあるから人間も魔族もこの森には普通は近づかないのだ。
「下級精霊はこれで済むんだがな……」
「ん、シルヴィエ何か言ったか?」
「あ、ああ……じきに分かるさ」
二人はばしばしとぶつかってくる精霊達を躱しながら、森の最奥を目指して歩いて行った。
「わぁ、泉だ」
しばらく歩くと森が拓け、泉が湧いているのが見えた。
水面はぽっかりと空いた森の隙間から降り注ぐ日の光でキラキラしている。
「少し休憩しよう。カイ」
「ああ」
カイに地面に下ろして貰うと四隅に魔道具の護符を置いた。
「それは?」
「害あるものを寄せ付けない為のお守りだ」
「え、精霊は害意を持たないんじゃ?」
「害意を持たないんじゃない。意志を持たないんだ。でもそれは下級精霊のこと」
「そっか……」
とにかく水と平地のあるところに来たのだ。
ここで少しだけでも体を休めたい。
シルヴィエはここまで大型の魔法を連続で使っていたのでもうへとへとだった。
「ナッツと干し肉くらいしかないけどな、今のうちに口に入れておけ」
「ん……」
シルヴィエは、カイが差し出した食べ物をなんとか飲み下し、濾過した泉の水を飲んで横になった。
「少し……眠る……」
「ああ」
シルヴィエはそこまでで限界が来てうとうとと眠り始めた。
『言っただろう、魔族こそがこの世を統べるべきなのだと……私は蘇る。その時には、シルヴィエ・リリエンクローン……覚えて居ろ』
「……シルヴィエ、シルヴィエ!」
「うう……ん」
「ごめんな、もう少し寝かせてやろうと思ったんだけど、随分うなされてたから……」
「……ありがとう」
うたた寝の間に聞いた低い声。あれは……。
シルヴィエは目をこすりながら、なんとか短い夢の記憶を辿ろうとする。
しかし、それはもう霧散して曖昧になってしまっていた。
「大丈夫だ。さ、先に進もう」
シルヴィエは護符を回収すると、カイの肩によじ登り、その先に進もうとした。
その時だった。
泉の水面が突然沸き立ち、盛り上がる。
ザーッと激しい水音を立ててそこから現われたもの。
「な、なんだ!?」
「……ウンディーネ! 水の上位精霊だ!」
透き通る白い肌、長い青い髪。しかしその瞳は縦に切り裂いたようで明らかに人間とは違っていた。
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