31話 御前会議
その二人の返事を聞き、深く頷いた王はおもむろに口を開いた。
「では、急ぎ援軍の仕度をする。急だが数日後には出発するので心するように」
「は……」
そうしてシルヴィエとカイは王の前から退出した。
「見合いどころじゃなくなったな」
「ああ、まったくだ」
シルヴィエはしばらく頭の中からユリウスのことを追い出して、魔族との対決に集中しようと思った。
「エリン! 至急、旅仕度を頼む!」
「ど、どうしたんです? お師匠様!?」
館に帰るなり、そう言い放ったシルヴィエにエリンは驚いて固まった。
「隣国の国境沿いに魔族の軍勢が現われた。数日中に私はカイとともに従軍する」
「お師匠様……」
エリンは心配そうな視線をシルヴィエに向けた。
しかし、一度決めたことをそうは覆さない自分の師匠の性分を知っているエリンはこくりと頷く。
「わかりました」
「頼む」
短くそうシルヴィエは答えると、すぐに書斎へと向かった。
「北の隣国ペンブルクの国境沿い……このあたりか」
部屋の壁にある地図を眺め、シルヴィエは一人呟く。
ペンブルクの北の国境から先は雪深く、また魔族領も近いことからほとんど人の寄りつかぬ無毛の地だ。
「魔族が南下して来た、か。一体何の為に……?」
魔王が軍勢を率いて世界を脅かすことが出来たのは、魔王だけが持つある力の為だ。
その力は魔物や魔族をひとまとめに従え、鼓舞し、死をも恐れぬ軍勢に仕立て上げる。
それは一種のスキルのようなものだ。
魔王自体を討伐せず、封印という手段をとったのもこのやっかいなスキルが継承されることを防ぐ目的でもあった。
「この体が封印紋に紐付いているならば、魔王は封印されたまま……」
だが、ペンブルクの国境部隊は今も魔族と衝突していると言う。
「あの欲望に忠実な魔族達を統率できる存在がいるというのか?」
とにかく現地に一刻も早く向かい、この目で事態を確認しなければならない。
「……なにがあろうと蹴散らすまで」
その生涯を国を守る為に捧げて来たシルヴィエの矜持。
それはそこらの魔物や魔族に怯むことなどあり得なかった。
そして二日後――援軍の出立を直前に控え、援軍の主要な面子が王の御前に集められた。
魔王討伐軍の主要メンバーを揃え、物々しい雰囲気に満ちていた。
そんな彼ら彼女らを前にして、王が口を開いた。
「諸君。こたびの魔族の出現、それは人間界への侵入と私は考える。それは平和な世界のほころびだ。見逃せばどうしようもなく大きく広がる可能性もある」
「は!!」
「ゆえに隣国のこととはいえ、我がルベルニアにとっても決して無関係ではない。至極、重大な任務と心得よ!」
「おお!!」
王の力強い宣言に、広間はわっと湧き上がった。
「……我がルベルニア王国の名誉をかけて、この援軍の指揮官を紹介する」
「……指揮官? ルベルニア軍の将軍じゃないのか?」
シルヴィエは王の言葉に違和感を感じた。
そして、その感覚はすぐに正しいものだということが露わになった。
「ユリウス・オーウェン・ロードリック王太子をこの軍の指揮官に任命する」
壇上に現われたのは金の髪をなびかせた若い王子――ユリウスだった。
「大国の威信を見せてくるがいい、ユリウス」
「はっ、謹んでこの大役を務めさせていただきます」
そのやりとりを、シルヴィエはぽかんとして聞いていた。
横を見るとカイも同じ様に呆気にとられた顔をしている。
「嘘だろう……ユリウスが従軍するなんて……」
「ああ……なんてこった」
二人して予想外の展開に頭がついていかないまま、式典は終わった。
「だーーーーっ、信じられん!」
「シルヴィエ、まだ人がいるから!」
人々が退出する中、シルヴィエは喚きながら頭を掻きむしった。
「だって! 王太子だぞ! この国の跡継ぎだ!! 何かあったらどうするんだ。遊びじゃないんだぞ!」
「遊びじゃないから、俺が指揮官なんだよ」
「ユリウス……」
シルヴィエが続けて喚き散らしていると、いつの間にか背後にユリウスが立っていた。
「魔王討伐の功でルベルニアの国力はいまや最大になったと言われている。それなのに魔族が侵入してきました。じゃ済まされないんだ。本気を見せる必要がある。だから俺が行くんだ」
「……でも、危険かもしれない……」
「俺はシルヴィエと一緒に行けるのが嬉しいよ?」
「馬鹿!」
シルヴィエは思わずユリウスを怒鳴りつけた。
「とにかくもう決まったことだ。よろしくシルヴィエ」
「……しかし」
「もうあの小さい子供じゃないんだ。俺にも力があるし、責任がある」
そう言われると、もうシルヴィエは何も言えなくなってしまった。
ユリウスを戦地にやるなんて、本当は嫌だ。
だけどそれはシルヴィエの我が儘にすぎないのが分かったからだ。
「……なら!」
シルヴィエはそんな気持ちをぐっと堪えて声を張り上げた。
「ユリウス! 貴方は私が守る。絶対にだ!」
「……ああ、頼むよ」
ユリウスはにこりと微笑むと、踵を鳴らし広間から去っていった。




