2. "街"案内
朝っぱらからびっくりする事が多すぎた。
今まで生きてきた中でこんなにびっくりしたのは初めてだろう。本当、心臓に悪い。
しかも母は何事も無かったかのように家に帰ったし。なんでこの子の事を無視できるんだ。マイペースにも程がある…。
私がグダグダと考えている間に、どうやら店長と少女で予定通り私が街を案内する事で話をつけたらしい。
少女は自分の事を忘れられたにもかかわらず、怒ることもなく自然と会話していた。
店長も街の外の話に興味津々といった感じで聞いている。
母も母だが、少女が爆笑した件を完全スルーする店長も店長だし、そして忘れられた事を全く気にしてないこの少女。この二人もおかしいと思うのだが。
更に増えた謎に頭を抱えていると、少女から一通り街の外の話を聞いて満足したらしい。店長が私に呼びかけた。
「リエリーちゃんが彼女の事を知っているなら話は早いねぇ。案内頼むよぉ」
「よろしくお願いします。お姉さん」
結局、私が案内する事に決まっていた。私の意見はスルーどころか聞かれてすらないよ!
まぁ、仕方ない。今ここで聞きたいことがありすぎるが少女の事は街案内している時に色々聞こう。
店長と母の件は案内した後、問い詰めるしかない。
あの二人から話が逸れずに期待した回答を得られる自信はないが、少なくとも今問い詰めるよりかはマシだろう。
母帰ったし。
「分かりました!こちらこそよろしくね!」
「はい」
少女の丁寧な返事を聞いて、カランとなる扉を開ける。
「楽しんでおいでねぇ」
店長の間延びした声が、後ろの方から聞こえた。
「はーい!」「はい」
こうして二人で眩しい日差しが当たる外に出た。
今は季節の中で一番暑い。いるだけで背中から汗がダラダラと流れていくのが分かる。
私の横を並んでいる少女の姿をチラッと見ると、汗一つかかず平然とした様子だ。見るからに涼しげである。かなり羨ましい。
って、こんな事考えてる場合でなかった。
問い詰めたいのだから、まずは挨拶からだろう。
少女の方を向いて声を出す。
「あ、えっと、凄く涼しそうだね!」
……いかん。これはいかん。
まずは自己紹介から。これが観光案内をやる上で大切な事だと店長から教わった。自分の自己紹介を先にすると、警戒心を少なくなるので自分の話を聞いてもらえやすいらしい。
ただののんびりお爺さんかと思ったら、案内には結構厳しい店長なのだ。
そして見事に店長の教えを裏切った。
ごめんなさい。
「え、あ、はい。よく言われます」
ですよね、いきなりこれは戸惑いますよね!
落ち着けー、落ち着けー私。仮にもバイトとして案内しまくってるのだ。落ち着けばいける。
少女に気づかれない程度に深呼吸して、もう一度少女に話しかけてみる。
「いきなりごめんね?ちょっと気が動転しててさ。
それでいきなりなんだけど、どうして今日いきなり爆笑してたの?もしかして私のお母さんと店長が忘れてたのがそんなに面白かった?というか昨日会ったよね?」
ーー完全に終わったーー
「ああ。なるほど。大丈夫ですよ。気にしてないです。質問については後ほど答えさせてください。先程から汗が凄そうで…」
少女が遠慮がちに言った。
案内するどころか逆に気遣われた。
案内人失格。お役目お譲り致します。
と言いたくなるほどの失態だった。
しかもこの少女が大人びているものだから余計にそう思う。
本当なら気遣いに甘えたいが、そこは意地でやめておく。
「気遣いありがとう!案内で外に出るのは慣れてるし割と運動はする方だから大丈夫!
質問は歩きながらさせてもらっていい?」
私のせいでまだ一歩も動いていなかった。
少女と二人で道を歩いていく。
……うん。ようやく本調子に戻ってきた。
これなら問い詰めてもいけそう。
「それで最初の質問なんだけど…昨日会ったよね?
街の案内したり、一緒に晩ご飯を食べた筈なんだけど…」
まずはこれを質問。
これが分からなければ、母と店長が少女を忘れた、というとんでもない失礼をした事を少女に謝る必要があるのか、それとも私の勘違いなのかがはっきりしない。
後者だったら、私が母と店長に謝らなければならない。と言うかこれ、どっちの返事でも少女に失礼したって事になるのでは?
疑問の世界に入った私を横目に、少女は微笑んで答えてくれた。
「はい。昨日も案内所を訪れて街を案内してもらったり、晩ご飯お世話になりました」
やっぱり!!昨日来てくれてた!
だよねだよね!
でもそれって店長と母が失礼したって事なんだけども。これは速攻謝らなければ。
「だよね!昨日案内所来てくれたよね!晩ご飯食べてったよね!って事は私のお母さんと店長、めっちゃ失礼な事言ったって事だよね?二人とも忘れたなんて冗談を…
本当にごめんなさい、二人には後でしっかり言っておくから!」
体を90度に曲げてきっちりと頭を下げる。
すると少女は、少し慌てた様子で、
「ありがとうございます。でも、そんな事しなくていいんですよ」
…何だって?
よっぽど私がおかしな顔をしたのだろう。少女がクスクス笑っていた。
だがすぐに顔を真顔に戻すと言葉を続けた。
「理由は言えないんです。ですが、決してそのお二人が悪い訳では無いので。どうか問い詰めるなんて事はしないでください」
「えっと、それって深い事情がある、みたいな?」
「……そうですね。確かに事情があります」
「あ、そっか…。いきなり変な事聞いてごめんね?」
母と店長が悪くない事だけ分かった。
本人が聞いて欲しく無いと言っている以上、聞かない方がいいだろう。
だったら次の質問。
「じゃあ、二人が忘れてた事に対して爆笑してた理由って何?別に何かある訳じゃないんだけど、なんとなく気になって…」
「ああ。………店長やお姉さんのお母さんと話している、その時のお姉さんの顔が面白かったんですよ」
私そんなに顔が歪ませてただろうか。めっちゃびっくりしたのは事実だけど。
でもその時、彼女が私の事見てただろうか?
……うーん、覚えてない!
少し疑問に思ったが話を続ける。
「そっか…私あの時めっちゃびっくりしてておかしな顔してたかも」
「ふふ、そうですよ。見た時、吹いてしまったんですから」
そんなレベルだった?
爆笑してなかった?
この発言はちょっと信じがたいけど、これ以上気にすると頭がパンクしそうだ。朝からの出来事ですでにパンクしかけだが。それに多分、対した理由じゃない。多分。なんか気になるけど。
ひとまずは保留にして、これからを決めよう。
「なるほどね…
んじゃあ、これからどうしよっか?街案内は昨日の内に済ませたし…もう一度回る?」
「そうですね…では、一つお願いを聞いて頂けませんか?」
「お願い?いいよ!」
まあまあ怪しい少女だか振り回してしまったし、お願いは聞いてあげたい。
「お姉さんの家に泊めて欲しいんです。」
「え?私の家に?」
「はい。お姉さんの家に」
「でも昨日は確か、門限があるからって19時くらいに帰ってったよね?大丈夫?」
「大丈夫ですよ。昨日、親から許可は貰って来ました」
「用意周到だ…了解ー!一応私のお母さんに聞いてみるけど、昨日の様子だとすぐ了解するよ!」
ハッキリ断言すると、少女は嬉しそうに微笑んで、
「お世話になります」
と言ったのだった。そして付け加えて、
「では夜19時ごろ、案内所の所に居るので出来れば迎えに来て欲しいんです」
「ん?いいけど…今からどうするの?」
「帰ります」
「ああ、帰る…って帰るの!?」
「はい。今日はお姉さんの家に泊めてもらう為にこの街に来ましたので」
マジですか。そんなに我が家の居心地が良かったのだろうか。確かに昨日は晩ご飯を一緒に食べて凄く喜んでくれたし、帰る時も名残惜しそうにしてたけど…
まさか泊まりに来てくれるとは思わなかった。
「………それにそっちの方が、お姉さんにとって都合がいいだろうからね」
「ん?何か言った?」
「いいえ、何でもないです」
声が小さすぎて聞こえなかった。
少女は少し慌てるように、言葉を重ねて言う。
「では、今日の夜19時に。お願いします」
「了解ー!」
こうして今日の夜に会う約束をして別れた。
母に連絡を取るとあっさり許可が出た。流石十八番。
私はなんだかんだで心を弾ませながら、夜になるのを待った。