願かけ花火
中学三年生の花、美咲、由利は、小学校からの友達で、大の仲良し。
今日は夏休み一発目の土曜日。
その夕方、三人は町内で毎年行われる夏祭りに来ていた。花はアサガオ、由利はキキョウ柄の浴衣を着ている。美咲だけは紺の甚平姿だった。
「はなもゆりも、浴衣、超かわいい~っ!!」
美咲が短い茶髪を揺らし、にこにこしている。大人しい顔つきの花は、照れて束ねた黒髪をいじった。
「みっちゃんも浴衣着てきたら良かったのに」
「でもそれ動きにくいでしょ。だから兄貴の甚平を借りたのよ」
「それ着てると、みっちゃん、どう見ても男だね」
黒髪ツインテールの美少女、由利は鋭く指摘する。
「ちょっと!あたしのどこが男だって言うのよ!ほんと、ゆりったら失礼しちゃう!」
「しかもその喋り方だったら、完全オネェだよね」
「くっ!もう、どう思われてもいいわ!あたしが居たら、酔っぱらいとナンパ野郎も寄ってこないでしょ!」
「みっちゃん、ボディーガードみたいだね!カッコいい!」
「魔除けとも言うね」
「ゆりさん!?さっきからあたしのガラスのハートが、ごりごり削られていってるんだけど!?」
「気のせいじゃない?さ、そろそろ食べ物でも買いに行こっか!」
美咲は抗議するも、華麗に流されてしまい、ガックリ肩を落としている。花は彼女らの軽快なやり取りに、思わず吹き出してしまった。
三人は人混みの中を歩き始める。昼間、強い日差しを浴びた地面からは、もわっとした空気が上がってきていて、蒸し暑い。赤いちょうちんのぶら下がった屋台が、広場の手前から奥まで、ずらりと並んでいた。
「違うクラスの子もいっぱい来てるね!」
「はなちゃん、みっちゃん、何食べたい?」
「あたし、かき氷食べたい!あと焼きそばと、たこ焼きと、唐揚げと、ポテトとりんご飴と」
「いや、並んでる間に、花火が終わるから!」
「みっちゃん、どれかに絞ろう!?」
由利と花が的確な突っ込みをしたので、美咲はしぶしぶ了承した。だが、「花火より屋台制覇がメインなのに」とかなり不満げだ。どうも彼女は『花より団子』の精神らしい。
結局三人はかき氷と焼きそばを買って、花火が始まる三十分前にベンチに座った。早めに場所取りをしておかないと、立ったまま観ないといけないからだ。
腹ごしらえをしつつ、楽しくお喋りをする。空はオレンジ色から、藍色へと変化していった。ふと、左端に座る由利が二人に視線をやり、真面目に尋ねた。
「ねぇ。みんなはさ、高校どこにするか、もう決めた?」
「あたしはまだ。でも柔道部の強いところに行きたいから、緑川高がいいかなぁ」
真ん中に座る美咲が答える。花も右端から返事をした。
「私は白山高だよ」
「え!?あそこ偏差値ヤバいんでしょ?はなちゃん、お医者さんになりたいんだもんね。すごいなぁ……」
「ゆりちゃんはどうするの?」
「わたしは青林女子。あそこが家から一番近いんだよね」
「うわ。あたしたち、見事にバラバラじゃん」
「ほんとだね」
うなずいてから、花は言い知れぬ淋しさを感じた。あと半年ちょっとで卒業式がやってくる。そうしたら、仲良しの二人と離ればなれになってしまうのだ。
「あのさ。みっちゃん、ゆりちゃん。高校が別々になっても、私たち、友達だよね?」
「は?何言ってんの!当たり前じゃん!はなってば、心配性だね!」
「でも、今みたいに学校でしょっちゅう会わないんだよ?疎遠になっちゃわないかな?」
由利も不安そうに眉をひそめた。
「うーん。確かにあんまり出会えなくなるよね。てかさ、会う回数とか、別にどうでも良くない?離れて忘れちゃうような関係なら、それ最初から友達って言わないでしょ!」
花はどきりとして、美咲を見据えた。由利も彼女を驚いた顔で眺めている。
「……みっちゃんって、時々、ものすごく核心を突いてくるよね」
「頭の中、食べることばっかりなのにね」
「ゆりさん?今さらっと酷いこと言わなかった?」
「ええー?言ってない言ってない」
「ほんとかなぁ」
「あー。でもわたし、やっぱり淋しいからさ。みっちゃんや、はなちゃんに、ちょくちょくメッセージ送るよ。既読無視とかしないでね?」
「ごめん。あたし、基本スマホは放置だから、用があったら家電にかけてくれる?」
「みっちゃんのスマホの意味とは……」
「だってメンドイんだもん」
「連絡来なかったら、独り言いってるみたくなっちゃうじゃん。それ悲しいよ」
「ううーん、そっかー。仕方ないなぁ。あんまり返信は期待しないでよ?あたし、マメじゃないんだからさ」
「オッケー。期待せず待ってる」
「私もー」
他愛のない会話が終わった頃、ぴゅるるるるる、と音が鳴り、光が尾を引いて高く高く昇る。
二・三秒後、紫の大きな花が夜空に咲いた。
次にどんっと身体中に響くほどの振動が伝わる。
ボタンやキク、ヤシ、土星、笑顔マークや羽ばたく蝶。
次から次へと綺麗な模様が夜空を彩る。
「わー!」
「すごーい!」
「超キレー!」
三人は花火に見とれ、弾けるような笑顔をこぼした。花は煌めく景色に胸を高鳴らせながら、さっきの話を思い返していた。
仲良しでも、ずっと一緒には居られない。私たちの進む道は、これから別々の方向に分かれてく。違う環境で、違う友達が出来て、なかなか会えなくなってしまう。
でも。毎日、同じ場所に居られなくても、例え遠くに離れていても。
私はずっと二人を応援してる。困った時は、いつだって力になるから──
「大人になっても、親友で居ようね」
花は二人の横顔に向かって呟き、それから再び夜空を見上げた。
花火はクライマックスに突入だ。連続して笛のような音が鳴り響く。二度のまばたきの後、真っ白に輝く柳の木が夜空いっぱいに広がった。三人は口を閉ざし、じっとそれを凝視していた。
【来年も、またみんなでお祭りに来られますように】
きらきらと流れ落ちる花火は、三人のひそかな願いなどお構い無しに、美しく儚く、暗闇へと消えていった。
あなたには、ずっと友達でありたいと思える人が居ますか?