オルゴールの中のちいさな手紙事件 音倉奈菜海自供編
「はい。正解でーす。拍手~。すごいすごーい。よくわかったねぇ」
ぱちぱちと満面の笑顔で、音倉奈菜海が拍手をした。
「そんな……どうしてナナミが――」
その傍らで、マイが膝から崩れ落ちる。
リサトとアキラは、そんなふたりをうんざりした顔で眺めていた。
周囲のクラスメイト達は『またあの四人か』と生暖かい目で見守っている。
週明けの月曜日。リサトはアキラと共にマイ達の登校を待っていた。例の手紙の謎解きを披露する前に、マイが疑っていた柳瀬歌南が犯人ではなかったことも話してある。
「どうして……どうして……信じてたのに……」
四つん這いの姿勢で、マイがそう繰り返す。
その姿を見ながら、アキラが実に面倒臭そうに言った。
「おまえ以外は、みんな音倉が犯人だってわかってたけどな」
「理由を! 理由を教えて!」
マイは身体を跳ね起こすと、ナナミの両腕を抱くように掴む。
「ごめんね。マイのママに頼まれちゃって」
「お母さんに? どういうこと?」
「どうせ部屋の掃除も洗濯もまともにやっていないだろうから、ちゃんとやるように言ってねって」
「直接言ってくれればいいじゃない」
「言いましたー。何度も何度も言いましたー。でも聞いてくれませんでしたー」
ナナミの言葉に、リサトとアキラが深く深く頷いた。
「聞かないだろうねぇ」
「聞かねぇだろうな」
そんな幼馴染ふたりを、マイがシャーシャー威嚇する。
「うっさい! 男どもは黙ってろ!」
ナナミさん、とリサトが言う。
「手紙を六回送るつもりだったってことは、他にもマイのおばさんから頼まれごとがある、ってことだよね? いい機会だから、この場で言っちゃえば?」
リサトの言葉に、ナナミが「うーん」と難色を示す。
「実はね、マイママから頼まれてたのは、最初のふたつだけなんだ」
え? とマイが口の中で声を漏らす。
「――どういうこと?」
「私が個人的にマイに直して欲しいことがあってね。ママの頼みに便乗したのです!」
ナナミがグッと親指を立てた。あの指、見るたびにへし折りたくなるんだよなとリサトは常々思っている。
「そ、それってつまり、ナナミはアタシに直して欲しいことが、他に四つもあるってこと?」
マイの問いに、ナナミがえへへと舌を出す。
「直す! 直すからっ! アタシの嫌なところ全部直して、ナナミ好みになるっ! だからお願いっ! どうすればいいのか教えてっ!」
うわぁ、とナナミが顔を背ける。
「見苦しいよぉ。マイちゃん」
「え? いまアタシに見苦しいって言ったの? 見苦しいって、友達に使う言葉じゃなくない?」
「いや、マジで必死過ぎるだろ。引くわ」
アキラは言葉通りにドン引きしている。
「なによっ! ナナミは親友なのよ! その親友が、アタシに四つも不満があるなんて思うと――」
「オレとリサトがおまえに感じている不満は、四つどころじゃないんだけどな」
アキラの言葉に、マイから表情がすっと消える。
「あんたらは幼馴染だもん。我慢しなさい。っていうか、いまナナミと大事な話してるんだから会話に入ってこないで。どっかに消えて。消え失せて」
「こいつマジか……」
「マジなんだろうなぁ」
マイはナナミの腕を掴んだまま、その身体を前後に強く揺すった。
「ねぇ、言ってよナナミ! 直すからっ! 悪いところ全部直すからっ!」
「えー。どうしよっかなぁー」
ナナミは視線をあらぬ場所へと向け、にやついている。
「……なぁ、リサト。こういうのって、なんて言うんだろうな?」
アキラは疲れ果てた顔で、マイとナナミを指差す。
「茶番、じゃないかなぁ」
額に青筋を立てながら、リサトが答える。
かくして、オルゴールの中の手紙事件は幕を閉じた。
――だが彼らは知らない。本当の事件は、これから始まるのだということを。