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文様鍔との別れを済ませる

 リサトは駅前のスーパーへ寄って二日分の食材を購入し、学校から徒歩十五分の距離にある十四階建ての自宅マンションへと帰った。

 エントランスのオートロックを解除して、五階の角部屋へと入る。間取りは二LDKと、高校生の一人暮らしにしてはかなり贅沢な住まいだ。

『酒と煙草とドラッグはやらない。アルバイトはしない。留年もしない。父親の指定したマンションで暮らす』

 それが父親と交わした一人暮らしの条件だった。

 ドラッグなんてもともと手を出す気もないし、父親同様に小さい頃は喘息持ちだったので煙草を吸う気もない。酒には興味あるが、はたして一人で飲んで美味しいのか疑問だ。もちろんアキラやマイを巻き込むつもりはない。

 結局、どれも父親との約束がなくてもやらなかっただろう。

 手を洗って冷蔵庫を開ける。買ってきた食料品を放り込んでペットボトルの水を飲んだ。

 自室の勉強机に鞄を置いて、ベッド脇に立て掛けてある茶色い竹刀袋の紐を解く。上部の子袋から、柳瀬歌南に渡す約束をした文様鍔を取り出した。

 黒地に桃色で桜が描かれた文様鍔。

 文様鍔をつけた最初の稽古で、年上の先輩達にからかわれたことを思い出す。

 それは女が使うものだとか、チャラついてないで稽古に身を入れろとか、武道の本質とはどういったものであるかなどと説教をされた。だがそのことについて、なにが正しいとか間違っているとかはあまり気にならなかった。物事の正誤は立場によって異なる。リサトはそれをすでに知っていた。

 父親がプレゼントしてくれた文様鍔は気に入っていたので、道場の先生に許可を貰って使い続けた。鍔の裏側は規定通りに茶色なので、試合での使用にも問題はない。だが審判の心証を考慮して、通常の鍔との使い分けはした。大好きな剣道を自分自身で侮辱するつもりはないが、どうしても悪い意味で封建的な部分があるからだ。

 けれどリサトが他道場との練習試合で大将を任されるようになる頃には、道場内で文様鍔についてなにかを言ってくる者はいなくなっていた。それどころか道場の先生が文様鍔を使い始めると、皆がこぞって競い合うように様々な文様鍔を買い揃えるようになっていった。若くして男社会の面倒臭さを知った気分になったものだが、道場の仲間達も結局は剣道が大好きで、使用する武具にもこだわりたかったのだろう。

 リサトは竹刀を取り出すと文様鍔をつけた。そして天井にぶつからないよう、名残を惜しむように十回だけ素振りをした。

 じんわりとした想いが胸に広がる。今日でこの文様鍔とはお別れかと思うと、どうにも寂しい。

 竹刀から鍔を外して最後に布で丁寧に磨く。すでに鍔は傷だらけだが、それでも傷が増えないようにとハンカチで丁寧に包んで通学鞄へとしまった。

 正直に言って、思い出の詰まった文様鍔を手放すのは名残惜しい。マイの頼みでなければ、ここまですることはなかった。彼女もこんなことになるとは考えもしなかっただろう。むしろ話を訊く引き換えに文様鍔を渡したと知れば、歌南のところへ怒鳴り込んで取り返そうとするに違いない。

「……マイにばれないようにしないと」

 リサトは無意識にそう呟いた。

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