犯人の音倉奈菜海、犯行を繰り返す
「ちょっとリサト。なんかまた新しい手紙が届いたんだけど、どうすればいい?」
相変わらず説明が足らないマイからの問いに、リサトは一瞥だけを返して席に着く。
いつもより少し早く登校した教室内には、まだクラスメイト達の姿はまばらだった。
「こら。無視しようとすんな」
マイがリサトの机にどかりと腰掛ける。構わず鞄から出した教科書を机にしまっていると、頬をつねられた。
「む、し、す、ん、な!」
「あ、いたんですか。気づきませんでした」
無表情で返したリサトの鼻先に、例の封筒が突きつけられる。
「ほらこれ。新しい手紙が来たのよ」
「……え? その話ってまだ続いてたの? 三日前に終わったんじゃなくて?」
マイの隣でニコニコしているナナミに訊ねた。
「残念! 終わってないよ!」
ナナミがぐっと親指を立てる。
あの親指、いつかへし折ってやるんだとリサトは誓う。
「ほらほら、見てよ」
マイは封筒から手紙を引っ張り出すと、それを広げて見せる。体裁とヒントの内容は前回とまったく同じだが、主文だけが異なっていた。
「『こまめにお洗濯をしましょう』……? いまはどれくらいのペースで洗濯してるの?」
「二週間に一回くらいかな?」
「えぇ……嘘でしょ? 俺だって三日に一度は洗濯してるのに」
「ん? もしかして引いてる?」
「普通引くだろ……。ほかの寮生はどこくらいのペースで?」
リサトの問いにナナミが答える。
「まめな子は毎日やってるよー。乾燥機もあるし、ほとんどの子は二日に一度は洗濯していると思うよー」
「なんでマイはやらないの?」
「面倒臭いもん。部活で疲れてるし」
「汗染み取れなくなるだろ……」
「あ、アタシのことはいいから早く犯人を捕まえてよ! あれから三日も経ってるんだよ」
「だから犯人はそこにいるでしょうに」
リサトがナナミを顎でさすと、鬼の形相でマイが立ち塞がる。
「だから! ナナミを! 疑うなって! 言ってるでしょう……?」
「なんでそこまでナナミさんに妄信的なの? 弱みでも握られてるの?」
マイがすっと視線を逸らす。
「……実はアタシ、犯人に目星がついているのです」
「え? なにその反応? まさか本当に弱みを?」
本気で疑わしくなってきた。ナナミが「握ってないよ」とばかりに首を横に振る。
それで、とリサトが訊ねる。
「犯人の目星ってのは?」
「寮の隣部屋――ナナミとは反対側の部屋に住んでいる『クロロビ』じゃないかって思うのよ」
「『クロロビ』さん? 外国の人?」
「違うわよ。『黒』髪で『ロ』ングヘアの『ビ』ッチ。通称『黒ロビ』」
「誰それ? 俺も知っている人?」
「アキラと同じ八組の柳瀬歌南って子。校内で有名なビッチらしいわ」
聞き覚えのない名前だ。
「らしいって……念のため聞くけど、ビッチの意味をちゃんとわかったうえで使ってる?」
「男をとっかえひっかえ弄ぶ悪い女のことでしょ?」
「うん。そうだね」
一応、理解はしているようだ。
「それにしても酷い渾名だなぁ。女子って、陰でそういう渾名つけてるの?」
自分も知らないところで、とんでもない名前で呼ばれているんじゃないかとリサトは不安になる。
「誰がつけたかは知らないけど、男子も女子もそう呼んでるわ。……アンタは噂話とか興味ないから知らないのね」
確かに噂話になんて興味はない。
「でも……なんでその、柳瀬さん? だっけ? が、マイの生活態度を改めさせようとするのさ? もしや部屋からとんでもない異臭が……」
「そ、そんなのあるわけないでしょ!?」
「本当に?」
リサトは、マイの背中に寄り掛かってスマホをいじっているナナミに訊ねた。
「異臭はしないかなぁ。ただ部屋の中は、いっつもお菓子の匂いがするねぇ」
「とにかく怪しいのよ。挨拶しても陰気だしさ」
「無視されるの?」
「……ううん。ちゃんと挨拶を返してくれる」
「問題ないじゃん。これまでなにか嫌がらせをされたことは?」
「ない」
「逆に意地悪をしちゃったとか、そういうのはある? 恨みを買うようなことをしたとか」
「ないと思う。陰で黒ロビって呼んでるけど」
「ちょっと微妙な答えだなぁ。柳瀬さんを疑う根拠ってなにかあるの?」
「あるわ。アタシの部屋と黒ロビの部屋はベランダで繋がっているのよ。防火扉を開ければ、アタシの部屋へ忍び込むこともできるわ」
「窓の鍵は閉めてないの?」
「最近は夜もちょっと暑いから、晴れてる日は開けて寝てる」
「ナナミさんの部屋は、マイの部屋とベランダで繋がっていないの?」
「繋がっているわよ」
リサトは立ち上がり、マイの肩越しにナナミを見た。
彼女はえへへと笑いながら、こちらへ両手を左右に振っていた。可愛いけど、もう自首してくれよと思う。リサトは無言で椅子に座り直した。
「マイの部屋とベランダが繋がっているのは、両隣にあるナナミさんと柳瀬さんの部屋だけ?」
「ううん。二階の東側は全部繋がってる」
「全部で何部屋くらい?」
「十? 十二だったかな?」
「じゃあ容疑者はそれだけいるってことになるんじゃない? なんで柳瀬さんだけを疑うのさ?」
「なんでって……防火扉は重いし、なによりアタシの直感がそう言っているのよ!」
マイは腕を組んで、座っているリサトを得意気に見下ろした。
「直感じゃなくて、論理的に考えてくれよ。マイの勘なんてあてにならないし」
「いいから黒ロビに犯人かどうか聞いてきて」
「やだよ。ビッチとか怖い。自分で聞きなさい」
「アタシだってビッチ怖いもん」
「俺のほうがビッチ怖い」
「アタシのほうがもっとビッチ怖いですぅ」
リサトとマイが睨み合う。
ナナミはマイの背中からぴょこりと頭を出すと、顔の前で両手を合わせて申し訳なさそうにぺこぺこと頭を上げた。
リサトが長いため息をつく。
「あのさ。一度だけでいいから、ナナミさんと二人きりで話をさせてくんない?」
リサトの言葉に、マイが後ずさる。その背にぶつかったナナミがつんのめって「あう」と声を出す。
「な、なにそれ? 二人きりになって、なにをするつもり? アンタってばナナミのこと狙ってるの? 恋してるの? 想いを遂げようとしているの?」
「いやいや。いまの話の流れで、どうしてそうなるのさ?」
マイはリサトの問いには答えず顔を伏せ、両こぶしを握り、叫んだ。
「な、ナナミを口説きたいなら、先にアタシを口説きなさいよぉー!」
「ああ、マイのほうが面倒くさいや。ナナミさん。俺ちょっと八組行ってくる」
「うん。ごめんね。いってらっしゃい」
廊下へ出るリサトの背に、奈菜海は敬礼をした。
「ちょおおおおっっとおおおぉぉぉぉ!」
教室から廊下へと響き渡るマイの絶叫を耳にするも、リサトが足を止めることはなかった。