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オルゴールの中のちいさな手紙事件 犯人自供編

「これ見て。朝起きたらオルゴールの中に入ってたのよ」

 朝のホームルーム前。

 数日続いた雨が上がり、久し振りに傘を持たずに登校した六月の初旬。

 二年一組の教室で、椎名莉里(しいなりさと)が幼馴染の真江原空良(まえばらあきら)とチェスをしていると、目の前に名刺よりも一回り大きなサイズの小袋を突きつけられた。

「なんだそれ? 小さい封筒か?」

 アキラが訊ねると封筒を差し出した湖早川眞依(こばやかわまい)が、手にしているそれをヒラヒラと振って見せた。

「そ。手紙。お手紙。それも今日で三回目。ちょっと気持ち悪いからなんとかして」

「なんとかしてってなに?」

 リサトが手のひらを差し出すと、マイがそこへちょこんと封筒を乗せる。

「そのままその通りの意味。どうすればいいか、一緒に考えて」

 無遠慮な物言いをするこの少女もアキラと同じく、リサトとは幼稚園からの幼馴染だ。

 リサトは受け取った封筒をまじまじと眺める。おそらく既製品であろうそれは、小さいながらもきちんとダイア封筒としての体裁を成している。

「中を見ても?」

「いいわよ。そうしないとわかんないでしょ?」

 一応の断りを入れたリサトに、マイは「さっさとしろ」とばかりの視線を向ける。

 封筒の口を開けると、中には二つ折りの黄色いメモ帳のようなものが入っていた。リサトはそれを開いて、机上の携帯チェス盤の横に置く。

『お部屋の片付けをしましょう』。

 黄色地で縦長の紙に、黒字でそう縦書きされている。

 主文の下、用紙の下部には『ヒント』の文字と横書きが二文。

 一行目は『色を逆に』。

 二行目は『文字数が残りの数』。

「……なにこれ?」

 問うリサトに、マイが不思議そうな顔をする。

「なにって、さっき説明したじゃない」

「なにか説明されたっけ? アキラは覚えてる?」

「記憶にねぇなぁ」

 リサトの問いに、アキラが首を捻る。マイの話に主語がないのはいつものことだった。

「ナナミさん。説明して貰っても良いかな?」

 リサトはマイの背中で、気配を消すように隠れている音倉奈菜海(おとくらななみ)に声をかけた。

 アキラはナナミの存在に気づいていなかったようで、びくりと肩を震わせる。

「えへへ。いるのバレてた?」

 わざとらしく頬を掻きながら、ナナミがマイの陰から顔を覗かせた。

 ナナミはマイより少し背が低く、胸は少し大きい。リサト達とは高校からの友人で、マイの親友だ。肩の上で切り揃えた黒髪を、左右で一束ずつ耳の後ろで小さい三つ編みにしている。クラスメイト達と比べるとやや幼い顔立ちだが、男子受けは非常に良い。周囲の女子達がまだブレザーを着ているなか、暑がりのナナミはスクールシャツの上に桃色のサマーニットを着ていた。

 教室の廊下側、前から二番目がリサトの席だった。いまは机を挟んでアキラと向かい合って座っている。八組に所属しているアキラは、この場にいる四人のなかで唯一別クラスだった。

 ナナミはリサトとマイの間――アキラの対角線上へもぞもぞと身体を押し込んだ。意図せずアキラと視線が絡み、彼女は避けるようにさっとそれを逸らした。

「大丈夫だよぉナナミ。アキラからはアタシが守ってあげるからねぇ」

 マイがよしよしとナナミの頭を撫でる。

「……なんもしやしねぇよ」

 ナナミの反応には慣れていた。アキラが気分を害することはない。

「ご、ごめんね。アキラくん」

 ナナミがアキラに謝罪する。

「いいって。もともとはオレのせいだ」

 すまなそうにアキラが言う。

 アキラはリサトよりも二十センチ近く背が高く、もうじき百九十センチに届くほどだった。幼い頃から空手道場に通っていて、僧帽筋から胸筋、上腕筋が分厚いため、制服の上からでも体格の良さがわかる。おまけにハリネズミの如く立てた前髪の一部に『絶対に似合うから』と道場の先輩が入れた銀メッシュのせいで、強面のプロレスラーのように見えた。

 だが本来のアキラは誰に対しても優しく、彼を知る者達は決してナナミのように怖がったりはしない。

 ナナミがアキラに怯えるのには、まったく別の理由があった。

 ところで、とマイが話を遮ってリサトに詰め寄る。

「なんでアタシじゃなくて、ナナミに話を聞こうとするのさ」

「ちゃんと状況を説明して貰わないとわからないからだよ」

「だからさっき説明したじゃない」

「『朝起きたらオルゴールに手紙が入ってた』ってだけじゃ、俺にはわからない」

「なによリサト。あんたはアタシの幼馴染でしょ? それくらいもわからないの?」

「わかんねぇから音倉に聞いてんだろ……」

 アキラが適切に言葉を挟む。

「えっとね。最初は一週間くらい前の話なの」

 ナナミが口を開く。このままでは埒が明かないと悟ったのだろう。

「女子寮の――マイの部屋に、実家から持ってきたオルゴールがあるんだけど、その中に手紙が入っていて」

「オルゴールって、子供のとき親父さんに買ってもらったあれ? 持って来てたの?」

「そうよ。宝物だからね」

 リサトの問いにマイが答える。

 カーリーメイプルを枠に使用した三十弁のオルゴール。演奏時間は約四分だ。

 続けてリサトが問う。

「マイは毎朝オルゴールを?」

「ううん。半年振りくらいに開けた。そしたら中に手紙が入ってた」

「半年振り? 開けた理由ってある?」

「泊まりに来ていたナナミが、久し振りに聴きたいって言ったから」

 アキラが首を傾げる。

「泊りって、音倉も寮住まいじゃなかったか?」

「そうよ。ナナミは私の隣部屋」

 男二人は互いに顔を見合わせてから、リサトが訊ねた。

「ナナミさんはマイの隣部屋なのに、どうしてわざわざ泊まるの?」

「女の子はね、眠るギリギリまでお喋りしたいときがあるのよ。あんたら男共にはわからないでしょうけど」

 マイが得意気に、それなりなサイズの胸を張る。子供のころに比べると、だいぶ大きくなったなぁ、とリサトは高校二年生の男子らしい感想を抱いた。

 リサト達が通っている都立武蔵東高校へと入学した当初、マイはその容姿から一部の男子生徒達の注目を集めていた。背中に届くダークブラウンの髪を純白のシュシュで一つにまとめ、百六十一センチと高校一年生の女子にしては少し高めの身長ながら、整った顔立ちと最低限の処理しかしていない眉。それが優しげな目元を上手く引き立てていた。一見では癒し系のおっとり少女という印象を、見る者達に与えたものだ。

 だが実際は口を開くと不躾な物言いをする、男子達からすると残念な、女子達からは頼られ好まれる少女であった。

 まぁ、どうでもいいやと思いながら、リサトが訊く。

「ナナミさんは、よくマイの部屋へ泊まるの?」

「うーん。多くて月に一、二回かなー?」

「ナナミさんから見て、マイの部屋はどう? 汚い?」

「うん。綺麗ではないね」

「それについてどう思う?」

「お部屋の片づけをしましょう、と思う」

 リサトは小さく数回、頷いた。

「――良かったねマイ。犯人が見つかったよ」

 リサトが指差すと、ナナミは何故か照れたように「あははー」と笑った。

「はぁ? ナナミが犯人のわけないじゃない。疑うなんてどういうつもりよ?」

 マイは非難するような視線を向け、ナナミを指差すリサトの指をぐっと握った。「……そりゃアタシも、最初はそうかもって思ったけど」

「思ったのかよ。よくそれで人のこと言えたもんだな」

 アキラが再び適切に言葉を挟むも、マイは意に介すことなく続けた。

「でもナナミが泊まらなかった翌日も、朝にオルゴールを開けたら同じ手紙が入っていたんだよ? けれどその翌日は入っていなくて、その翌日とその翌日も入ってなくて。それで今日、また同じ手紙が入ってた。不思議だし、不気味な話だと思わない? もしかして霊的ななにかが……」

「いやいや。リサトが言ったとおり、犯人は音倉だろ」

「アキラは黙ってて! 勉強が出来るからって調子に乗らないでよね!」

「乗ってねぇし、それにいま勉強がどうとか関係ないだろ……」

「え、えと、喧嘩は困るっていうか」

 ナナミがオドオドしている。アキラが絡むと、彼女は途端にこうなってしまう。

 マイはナナミを庇うように抱き寄せた。

「ああ、可哀想に。アキラが酷いことを言うから、すっかりナナミが怯えてしまったじゃない。まったくなんなのよアンタ?」

「なんなのって、オレがいるところに音倉を連れてきたのはオマエだろ……」

 アキラがぐったりと肩を落とす。

 で、と莉里が言った。

「俺達にどうしろと?」

「犯人探しに決まってるじゃない。言われないと、そんなこともわからないの?」

 残念なものを見るような目で問うマイに、リサトは残念なものを見るような目を返す。

「言われないとわからないねぇ。そんなこともわからないの? 言われないと」

「ぐっ……なんて憎たらしい」

 マイが悔しそうに歯噛みをする。

 机上に置かれた手紙の『ヒント』と書かれた箇所を、マイが指でトントンと叩く。

「ここにヒントがあるでしょ? それ解いてよ」

「ナナミさん。このヒントの答えってなに?」

「おっとー。リサトくんちょっとー。リサトくん。ちょっとちょっとだよー」

 リサトの問いかけにナナミが身体を反らし、両手を突き出して待ったをかける。

「こらリサト! 次にそうやってナナミを疑ったら、いくらアンタでも許さないから!」

「えぇ……。ところでさ、マイは手紙で書かれているように部屋を綺麗に片付けたの?」

「……善処するわ」

 マイが目を逸らす。やっていないと認めたも同然だ。

 リサトはメモに書かれたヒントを読み上げる。

「ヒントの一行目『色を逆に』。これは手紙が黄色地で文章が黒文字だから、それを逆にしろってことじゃない?」

「まあ、そんなところだろ。黒地に黄色文字じゃ読み辛いから、こうしたんだろうな」

 アキラが同意する。

「おおー」

 誰でも思いつくであろうリサトの推理に、ナナミが感嘆しながらパチパチと拍手をしていた。どうやら正解らしい。というかやはり自分は、すでに犯人を見つけているのだなとリサトは再認識する。

「黒背景に黄色。ここから、なにかを連想しろってことかな?」

「わぁ。すごい。やっぱりリサトくんは頭良いね」

 悪意なく、そして悪びれる様子もなく、ナナミは更に大きな拍手をした。

 こいつもう隠す気ないな、と思いつつリサトは幼馴染の二人に訊ねる。

「アキラとマイはなにを連想する?」

「放射能マーク」

「虎の模様」

 アキラ、マイの順に答える。

 リサトがナナミを見ると、彼女は渋い顔をしていた。どうも違うらしい。

「他には?」

「チャーリーブラウンのTシャツ」

「工事現場とかにあるキープアウトテープ」

 ナナミは先程よりも渋い顔をしている。これも違うようだ。そもそもアキラとマイが答えているのは、どちらかと言えば黄色地に黒文字のものではないだろうか。

 少し考えてから、リサトが言う。

「夜と星、なんてどうかな?」

「グーッド! グッドだよリサトくん」

 ナナミが満面の笑みで、両手の親指を立てる。正解らしい。

 ナナミは可愛いらしい容姿をしていて、リサトの好みど真ん中だった。けれど話していると、とてもイラっとする。見ればアキラも、うんざり顔で天井を眺めていた。

 えーっと、とリサトは気を取り直す。

「ヒントの二行目『文字数が残りの数』だけど、これは主文にかかってくるのかな?」

「主文?」

 マイが聞き返す。

「うん。『お部屋の片づけをしましょう』。これが主文だから、十三文字、もしくは平仮名に書き直しての十四文字。これを一行目のヒントに関連付けると、『夜と星』に関係する同数文字の――」

「ぶーぶー! ぶーぶー!」

 ナナミは両手を口の脇に当てると、リサトの話を遮ってブーイングをした。

「――いや、違うらしいや」

 額に青筋を立てながらも、リサトはどうにか平静を装って言う。

 予鈴が鳴り、ホームルームの始まりが近いことを知らせてくれる。

「予鈴だ。オレはクラスに戻るよ」

 ガタガタと椅子を鳴らしながらアキラが立ち上がると、ナナミがびくりとしてマイの背中へと隠れた。

「あ、あ……ごめんなさい。また私」

「いいよ。じゃあな」

 謝罪するナナミへ、アキラは片手を上げて応える。その背中をリサトとマイがいつものように、なんとも形容しがたい思いで見送った。

 えへん、とマイが咳払いをする。

「――それで、アタシはどうすればいいのかね?」

「とりあえず、部屋を綺麗にしてみたら?」

 リサトの提案に、ナナミがうんうんと頷いた。

「やだー。警察とかに相談しようよ。指紋とか残ってるかもしれないし」

 マイの提案にナナミの顔が青くなり、慌ててリサトの袖を引いた。

 なんとかして、という意思表示なのだろう。リサトもさすがにこんな間抜けな話を警察沙汰にはしたくなかった。

「やめとこう。いまのところ被害とかはないし、悪戯だって相手にされないよ。――それと万が一にも、友達が前科者になるのはちょっと……」

「なによ? 友達が前科者って? あんた犯人に心当たりでもあるの?」

「あるけど――。というか、さっきから言ってるし。まぁ、自白するまで待ってあげてもいいんじゃない?」

 リサトが視線の真正面へナナミを捕らえると、彼女は満足そうに深くゆっくりと頷いた。

 ……こいつが男だったら躊躇なく殴れたのになぁ、と莉里はしみじみ思う。

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