決着
かちゃり、ばちゃり。ぴったんこ。
かしゃり、ぱちり。ぴったんこ。
虚構、溝、空白に、ピースが嵌ってゆく。
未完成が完全に、
欠陥が修復され、元に戻っていく感覚。
欠如を個性に例える。
個性が無くなる。
そうゆう不思議な喪失感を味わった。
矛盾だらけの継ぎ接ぎを、
正しく改竄する。
偽物の記憶は虚構であることを改めて思い知らされた。
同時にラグエル=フルという天使をもっと嫌いになった。
両親の笑み。
酷く蔑まれてきた自分にとって喜々とし受け止めていた。
だがそれは、僕が兄弟で一番に勝って成功しただけであって、所詮ラグエル=フルという道具でしか見ていない。
結局実験で精神を閉ざしていたとはいえ、
親友を置いて逃げた情けなく弱い自分。
家族が死んだというのに、
自分を成功作だと笑い喜び、態度を一変させた両親。
涙すら流さなかった。
お試しと言って投げ出された環境に、
一人何もせぬまま生き残って安心する自分の存在。
一人が嫌いで一人が好きで、自分が嫌いで。
死にたいけど死ぬ勇気もないし、
生きたいけど生きる覚悟もない。
そんな自分が本当に大嫌いだ。
猛烈な吐き気がするほど嫌になった。
僕は僕が大嫌いだ。
「うぉえ……」
「主よ、大丈夫……ではないの」
ファトは四つん這いに吐瀉物を吐き出すラグエルの背中をさすってくれた。吐瀉物とはいってもこのところ食力がなかったのか殆ど胃液を吐き出していた。もらった資料はご丁寧に避けて、ラグエルなりに我慢したようだが耐えられなかったようだった。
「全て、思い出したようだね」
エノクは悲哀と歓喜を混ぜた複雑な笑みを作っていた。ラグエルは歪み揺らぐ視界でそれを見た。
それはまるで、この巣立ちを喜び悲しんでいるような親のように見えた。
実際、ラグエルに両親はいてもいない同然で『愛』を持って接し、育ててくれたのはーーーーーーエノク=シン、目の前の男性だった。
ゆっくりと立ち上がり、よろけるもその隣でファトが支えてくれる。一歩、一歩と着実にエノクへと接近する。エノクの瞳には不安や迷いなく、真っすぐラグエルとファトを見据える。
僕はエノク=シンのその瞳が好きだった。
両親の瞳ーーー結果しか見ない自分勝手で弱者を蔑む、欲望に溺れた商品価値を定める。そこには感情すらない、成功か失敗の二択の消極的な思想。
気持ち悪くて気持ち悪くて、疑心暗鬼になりそうだった。
両親の下で生きていけば、僕は心無き人形、生きる屍になっていたはずなのだ。
「私を殺すのかい?」
ラグエルは沈黙を選ぶ。そんな選択選ぶ余地すらなく、死を受け入れるエノクが少しだけ羨ましかったから。沈黙は肯定だった。
「因みに擬似結界は術者手間ある私に倒せば自動的に解除されるよ」
君は悪役を倒したヒーローだ、おめでとうーーそう続け、笑顔を変えない。門出を、巣立ちを喜んでくれているのだろうか。皆必死なこの状態、その現況を早々に倒すべきなのに僕はエノクを完全な悪役にはできなかった。
「僕はあなたを憎んでいます。けど、それ以上にあなたを好いていた……のかも知れません。」
「親がくれなかった愛を貰いました」
「親友や友達を守れる力を貰いました」
「なにより、孤独だった僕に相棒が出来ました」
「辛く悲しくて痛かったけど、確かに助けられたことは事実です」
「だから僕は、あなたを赦し殺します」
「憎悪と感謝と愛を持って」
最後はちゃんと、自力でちゃんと向き合って。エノクを見上げその瞳を見据えて。
「僕はあなたを妬ましいほど愛していました。さようなら」
最後の抱擁を交わし、背に回した手に魔法を構築させた。
ファトもその横から真似し、勢いに任せて言葉を履いた。
「これから、わしは主人に尽くす。この命尽きるまで、命令は遂行し続けるのじゃ。じゃから安心して死んどくのじゃ」
気丈に振る舞っているように見えたファトの声は少し震えていて、その頭をエノクが優しく撫でた。拳を強く握り、精一杯の皮肉を吐いた。
「この命ある限り、わしは主の命令に忠実であろう。主が与えてくれたこの力は相棒の為に。狂おしく愛おしいほどぬしをわしは………」
その言葉の先は閉ざされて、エノクもわかっていて、嬉しそうにする。最後までその笑顔……幸せ、そうな。
「『天空に神幻の陽炎を惑いし道に影さしたまう』」
恩師に祈りと死を、己の生の誓と共に。
陰影魔法、出現『翳影喰』。
漆黒の手に心臓を握り潰され、愛すべき子どもに抱擁され、エノク=シンは終焉を迎えた。




