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君と僕の捕縛世界  作者: 宝来來
試練編
72/78

エノク=シン


 転機は唐突に訪れる。


 しがない研究者であった私は地位を上げ、研究最高責任者として過ごしていた。とある悪魔の屍が保管されるカプセル内の培養液の成分に異物を加えてしまったのだ。カプセル内は繊細で、異物が一ミリ……一ナノでも混入すれば覆うガラスは破損する。化学反応で溶解しヒビが入り、中の液体は放出される。


 最近育成中の部下が点検の際に誤作動で操作ミスをしたのだ。液には悪魔の不純な魔力が流れている。それが外に並ぶ白天楼へと漏れ出たのだ。


 白は黒に染まり、黒は終焉を呼んだ。


 『智天使』ウリエル=アラトロンに以上を早急に探知され、

 『熾天使』ラファエル=オフィエルの腹心、イスラフィールと部下諸共を送ってきた。

 直属の部下だけあって誰もが強者、魔力も弱い探究心ばかりの研究者達では比べ物にならない。東の<紀華>は部下に工場周囲を包囲され、数分もせぬ内に身柄拘束された。


 その後、禁忌魔法とし人工悪魔・魔天使の研究はなかったことにされる。証拠隠滅とし、この研究に携わった天使がミカエル=オクにより断罪され、死刑執行された。


 この中にはフル家のラグエルの両親も含まれるが、あくまでも執行猶予がつけられ、この件の一切の口蓋を禁じた。イスラフィールの虚偽魔法はそれを可能にする。故に今も生かされている。


 この際、1名の脱走者がいたそうだがこれも南の<桜華>にてイスラフィール直々に処分を下した。この脱走者というのがメフィやクイを任せた研究者のことを指す。

 メフィとクイ、実験成功体であるあの存在を知られてしまえば、処分されることは目に見えていた。そのだから研究資料もイスラフィールが来る前に燃やした。クイ自身の記憶も少々弄った。


 まだ子供――――されど子供である。


 念の為と早急な処置をした為か、断片的には残ってしまった。それでもクイはラグエル=フルとして今まで生きたのだ。

 愛しの我が子供達が生きているだけで私は嬉しかった。


 え、私は死刑にされたんじゃないかって?

 されたさ、イスラフィール()はね。


 私の固有魔法は改竄魔法。

 対象の保有する魔力に触れることで、記憶の上書きが可能になる。発動の際、脳に触れるのが一番、体に触れていたければいけないのが面倒だが、幸いにも牢から連れ出される際に抗弁し油断を誘い、頭突きを当てた。その一瞬で記憶の上書きをした。


 今回の死刑対象はイスラフィール、エノク=シンという名前の上書きした。


 ミカエルの断罪法は全身を特殊なベルトで拘束し、顔に麻布をかぶせ紐で縛り付ける完全な魔力封じの汚名処刑なのだ。天使にとって自身が持つ魔力は千差万別、形も力も性質も誰もが違う。だからこそ、魔力が見えることは権威の慣わしなのだ。


 その魔力を封じてしまえば、天使としての人権を剥奪された他ならないのだ。


 上書きは不完全、何かしらのきっかけがあれば魔法は説かれるが、抗弁した際に精神を削っておいたので大丈夫であった。イスラフィールはなかなかの過去を抱えていたようだった。

 きっとラファエルが何らかの形で助け、忠義を誓ったのだろう。

 疑問形なのは詳細には覗かなかったからだ。そこまで人に踏み込むなんて趣味じゃあないのだ。ただラファエルとイスラフィール、相互信頼しあってることは感じ取った。


 さぞかしあの根暗天使は悲しんだであろう。


 すぐに逃亡したのでここからはジョフィエルから聞いたあとづてになる。断罪寸前、イスラフィールの処刑を止めるものがいた。断罪場にはミカエルを始めとしたラファエルとガブリエルの上級天使計3名とその部下十名ずつのください計三十名が出席していた。ラファエルのか細く悲哀・悲痛を叫ぶ呟きは次第に大きくなり、直前に泣き叫んだそうだ。


「殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで」


 ――――――――――――殺さないで!!!!!


 ラファエルの大声はミカエルに届く。だがそれでも間に合わなかった。火葬死刑法により、丸焼きにされるイスラフィールにラファエルは駆け寄ろうとした。だが隣席のガブリエルに止められる。


「駄目っすよ、ラフっち!ミカっちの断罪裁判に不要な介入は禁忌っす!ラフっちと言ってもおもーい処罰が……って暴れるなっすよ!」


 貧弱にも泣く泣く抵抗するラファエルにガブリエルも流石に困惑した。そうして火葬で灰になり、ミカエルの最後の一言により断罪は終了する。ガブリエルが力を緩めるとラファエルは今度こそと駆け寄った。そして冷たい床に残る灰を両手で掬った。


 ラファエルが脱力した瞬間は一度もなかったし、その時の瞳はたしかに光を見据えていた。

 何か覚悟を帰また強い瞳だったそうだ。


 ラファエルが実行しようとしていたことはその場の誰にも予想できないことだった。


 完全な死者蘇生魔法なんて、現段階まで実在しなかったからだ。


「………『灰は廃に魂は天に、反転彼魂の理を覆さん』」


 一言一言につぶやかれる小さな詠唱。

 段々と魔力が膨れ上がる気配にその場に威圧された。


「更生魔法、神化『輪廻反転』っ………!」


 翡翠の光が場を一面に包まれた。光が消え、その中心にいた人物がラファエルに抱きかかえられ、安らかに眠るイスラフィールの裸身だった。確かに呼吸し、魔力を流し、天使としてそこにいたのだ。


 この出来事から元々犬猿の仲であった二人は距離が狭まったように見えたらしい。ミカエルが大反省し、ラファエルを見直し認め、世話を焼き始めたことを耳に挟んだのだ。勿論、ガブリエルにだ。あの二人がよほど中が良くなったのが嬉しかったのか自慢気に話してくれたと言っていた。

 

 現在では表沙汰にはできぬ事件だと、文書では隠されている。秘密裏に私の捜索は続いているが、こんな近くにいては逆に気づかれにくいというものだ。それでも対策は立てた。今日まで、研究を完成される為の材料も実験もまだ過程だが、私が死んだときの為の兵器に信用する仲間も準備している。


 親愛なる親友に我が子供達、心から愛しているよ。

 私は今から「愛してる」を云わせるよ、クイとメフィに。


 そして、心からの感謝を伝えるとしよう。


 私の人生は愛すべきものに囲まれて、幸福であったから。

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