極地
『我ら相思相愛、一蓮托生、一心同体、比翼連理
醜く、あなたに全てを捧げましょう』
ーーーーーー『封魔天翼』!
「あれー、消えたんだよ?逃げた?逃げた?弱虫で敗者なくい兄は見捨てたんだよん?」
空間は封じ、魔法の発動は不可能。
そして僕の姿は不可視。
「なら、壊しちゃうよー?いいのー?…………殺しちゃうんだよん☆」
ファングの大きな口が暴れる。上下左右に激しく唾液を撒き散らし、食欲を晒す。だがファングは無理やりその口を閉めようとする。
「いただきます、だよん☆」
魔法発動の鍵であろう口を閉じる寸前、僕はその口を切り、ファトはファングの魔力を封緘した。常時発動型の治癒魔法を持っていたら厄介だと考え、ファトが魔力を封緘するのを待っていたらギリギリになってしまった。でもこれならば、戦闘不能状態には追い込めた、はず。
「いたい、痛いよ、くい兄」
切断された異様な手は消失し、切断面からは赤黒い血が吹き出す。そしてその切断面からは幾千もの赤の繊維がうにょりとのびていた。繊維はやがて一つの束となり、嫌な音を鳴らし再び形を成した。また、鋭利で獰猛な牙を持つ口へと。
再生、したのだ。
「『摂取、いただきます』」
手をパチリと丁寧に合わせて、目を閉じて。
「食事『海坊主』」
ファングの影が伸び、形をなす。僕の何倍をも体躯を持つ真っ黒な生物。真っ黒から除くギョロリとした眼は不気味に赤く光る。その魔法は口の刃が鋭く光り、殺人にはもってこいのもの。
その大きな体躯に合わぬスピードで、まぶたを開けば『海坊主』はいた。唾液を歯に絡みつかせ、丸呑みされる。
「あっぶ!!ファト、助かった」
ファトが僕の制服の襟を後ろに引き、寸前で躱す。さらっと、止まらぬ猛攻を空いた片手を『海坊主』に翳して魔力で形成した小さな結界で食い止めてくれた。
「主よ!」
「出現『翳影喰』!」
ファトが作ってくれた時間を無駄にはしない。やるなら本体を狙わねば。影を伸ばし、成した無数の小さな手でファングを拘束する。やがてファングの全身を覆い尽くし、一つと球体となる。
「潰せぇ!」
グシャリ、と嫌な音がした。肉が骨が潰れる音。油断せぬように入念に魔法を継続させて………解除した。地面に倒れるファングはあらぬ方向に首やら足首やら折れており、見るも無残な状態と成り果てていた。普通は命を落としているはずだった。
「………………やっぱり」
が、ファングは立ち上がった。少年の姿とはとても遠い変わり果てた姿で、こちらを見つめた。その、獣のような大きな目で。
「こやつの半分以上………否、全部に近くが人間ではない」
β=ファングは変貌しきっていた。両の手はより涎を撒き散らし、暴食せんと生きているように暴れる。頭部は脳が半分ほど爛れ、修復されても形が歪んでいた。その額には一角の強大な羊の角をはやしている。口は裂け、瞳はより大きく狂乱に。
その姿はまるでーーーーーーーー
「魔獣」
「ダぁいぃせぇいカぁーい、だヨォん☆べぇぇタはマじゅぅーとにぃンゲぇんの融合なぁんだヨぉ☆」
獣の咆哮に紛れるのはノイズのようにとぎれとぎれに聞こえるファングの声。
「これはまた、厄介な敵じゃな」
「ちなみにファングにファトの姿は見えているのか?」
「おそらく、じゃかな。やつの『海坊主』が本能的に気配を感じ取って動いたかは知らぬが、頬を掠ったのじゃ」
掠った、といっていたが右頬はえぐれ歯茎が丸見えだ。
「掠れるだけでこれか……喰らったら即死」
「ちなみに主人よ、一回くらいなら瀕死になってもどうにかできるから安心せい。このわしの契約しておるのだから、治癒能力は万能じゃ」
ファトは抉れた右頬を撫でると元通りになっていた。再生や回復とは違い、多分時間を巻き戻しているのだろう。時間を止められるなら、遡ることもできるはずだ。それでも魔力の消耗は激しいので限界がある。限界の前に、欲を言えば少し余裕を残してファング討伐、意識不明さえ狙えれば………
「『うぅみぃぼぉぉぉずぅ』!!」
「変化『影踏鬼』!」
漆黒の鬼と海坊主の正面からの殴り合い。僕の鬼は操作しているが、海坊主に関しては本能的に動いていることがわかっている。それは魔獣の残留の意思のせいか………非常に厄介。だから、このぶつかり合いのスキにファングは距離を詰め、奇襲をかける。予想、済み。
「はっ!ぬしには触れさせぬ食べさせぬ!わしの獲物じゃからな!」
その獣ーーーーファングを相対し、物怖じしないファトは冷静に対応する。
ーー封緘魔法『掌空』
ファングの飛びかかる半径5メートル内を球体型の内部のみの時間を封緘する。凍りついたようにピグらやとも動かなくなるーーーーが、海坊主は消えない。それに、教室を囲む結界も。ファト同様にファングの扱う力は魔法とは少しずれたものなのかもしれない。
「ぐぬぬっ………さすがのわしでも、2つの魔法を維持するのは厳しいのじゃ。なんとかせい!」
「………………っていわ、れても」
それが、問題だ。今、ファトには教室内の魔法ととファングを封緘してもらっているのだ。時を止めたとはいえ、どう対処すべきか………海坊主には完全な意識を持っている。知能的数が低いためか単純な動きで読みやすいが、ファングの動きを止めた頃から力が強くなったような気がする。僕自身、影踏鬼の操作で手一杯な節もある。このままでは僕らが押されてしまう。
数秒ほど思考を働かせていると、ファトが大声で叫びかける。焦っているのか、急かしたように言う。
「主よ、これはまずいのじゃ!」
「え?」
横目に伺ったところ何も緊急事態は起きていないように見える。ファングを包む魔法も正常であるし、離れた教室内のことはわからないけど………その、まさかなのか?
「本体が停止した代償に、コヤツの力が強くなっておる!本来なら本体に魔力を還元し、完全回復させるのがだとうじゃ。じゃが、こやつ」
魔獣は喰らうことで自身の糧とするのだ。魔獣と人間の融合体と言うならば、特性を受け継いでいるのは当然。ファングは、教室内のレミエルとザドキエル、そして僕の魔力を喰らい『拳空』を破ろうとしている………?
「………間違いない、はず」
だって、海坊主の力は確かに強まっていることを直で感じる。均衡した殴り合いも、僕が押され始めているし。なら、レミエルとザドキエルは………?封緘魔法が破られたのならば、どうなるのだ?
つばを飲み込む。ここが僕の究極の選択になるだろう。二人の力を信じ、二人がファングの奪食『鯨豪』を食い止め僕がファングを倒す。これがギャンブル要素もあるが勝率は高いほうだ。
もうひとつ、二人を守る魔法を貼り続け減り続ける魔力で二人係での戦いで勝つか。これは勝率はかなり低い。本来の姿となったファングは正直全力でかかっても五分五分なのだ。
唇を噛み締め、苦渋の決断を出す。早急に判断しなければファトが潰れてしまうから。
「ーーーーーー解除しろ、ファト」
ファトは驚き二三度こちらを見たが最終的に汗を垂らし楽しげに笑った。悪魔は危機的状況になれば笑う。そのことを知っていたから良かったけど、文句の一つも言わないのは助かる。少しずつだけど信頼関係が築けているように思えた。
「……………3、2、1、0じゃ!」
カウントダウン後、ファングを覆う球体にヒビが入る。その際に海坊主も消失した。その間にファトは距離を離し、僕の隣に立つ。
「余力を残しておきたいとこ、生ぬるいことを言ってる場合じゃなくなった………僕の力不足だ。ごめん」
「構わぬぞ。ぬしはわしの主人じゃ。どこまでも共におる……………まあ、仮契約じゃがな。いつかきちんと契約してくれるのならばわしも力を引き出せるんじゃがなー?」
「………それはまだ無理だよ。僕らにはまだ、信頼が足りないからね」
「辛辣じゃのぉ……」
「まあ、ここでファングを倒せたのならもう少し考えてみようかな」
「………それは本気かの?ならばわしももう少し力を貸してやっても良いぞ」
にやり、と笑うファトの言葉を聞き、かすかに笑ってしまった。
僕らはどこまでも愚かだ。
こうゆう形でしか言葉を交わし得ない、不器用な関係だ。だからこそ成り立つ今の形があるからなんとも言えない。
ここからの戦いが二人の極地となる。




