真鍮迷子
「それで、返事は決まったの?」
「はやくこたえろ、らぐえる=ふる」
ベンチに座る僕にその豊かな胸を強調するように腕を組むジョフィエルと真似して腕を組み顎を引くサリエルは聞いてくる。
ていうか、サリエルはあの話の場にいなかったような気がする。
「ちなみにじょふぃえるはこいつとどんなやくそくをしたのか?」
やっぱりか…………
「『エノク』に会ってみませんか?とだけいったわ」
「なんでっ!!」
ジョフィエルに釣っかかろうとするも、その身長差のため片手で頭を抑えられ静止してしまう。
「妾は『エノク』に質問とかあるだろうと思っただけかしら。別に汝が決めること。妾やプルゥドに口を挟むでない」
ジョフィエルはどこからか扇を取り出し口元を隠す。そしてその目で改めて問うた。
「返事は?」
長いまつげを持つ鋭く気品漂うジョフィエルは目は妙に威圧感があり、体がこわばる。けど僕の中で答えは決まっていた。膝で眠る冷たい幼女の頭を軽く撫で、しっかりとジョフィエルを見て答えた。
「会わない」
数秒間の沈黙。ジョフィエルは鋭い目つきのまま低い声音で言った。
「なぜかしら?」
ゴクリとつばを飲み、冷や汗を流しつつも答える。
「会いに行ったら、帰れない……………帰りたくないって思う気がするからだ」
「『エノク』にそれを聞いて知って、僕は本物を受け止められる自信がない。きっと押しつぶされて壊れる」
だからこそ、今の僕の手には偽物があるのだ。本物が悲惨で過酷で無慈悲で血に塗られたものなら僕は思い出さないほうがいいと思う。
レミエルやザドキエルに思い出してほしいと言われるならまだしもだ。僕は勝手にゆっくりと思い出していきたい、自分の力で。
そしたら本物を思い出した僕はきっと強くなっているはずだ。
「それに『エノク』は禁忌に手を染めてるんじゃないか?」
記憶の断片。確か、『エノク』は僕を連れ人間でだったものを見せびらかしてきた。死にながらに生きていた失敗作に番号と名前をつけていた。
我が子のように向ける底温かい眼差しと声音は愛していると伝えていた。
僕もその一人なのだろう。被験体成功例91号クイ。それが僕の本物のもう一つの名前だ。成功しながらに不純で混じりもの。が、ここ【天界】では不純なものを迫害する。だからこそ『エノク』という人物は手放ざる得なかったのだろう。
不純は禁忌だから。
「さあ、な。妾は知らぬ」
やはり言わない、か。そこでようやく、ジョフィエルは穏やかな目つきになり、緊迫した空気が和らいだ。息を深く吐き、ジョフィエルは言った。
「汝がそう言うなら仕方がない。気が向いたならまた言ってくださると嬉しいわ」
「いい返答ができなくてすみません」
「いいわよ。妾でなく、『エノク』の為にかしら」
この二人は『エノク』の関係者………とみていいか。サリエルにとってはますたー、ジョフィエルにとっては友人……なのかもしれない。
ジョフィエルが『エノク』の名を出すときは親しみがある。呼び捨てしていることから友人という解釈でいいかもしれない。
そこで黙り告っていたサリエルがようやく言葉を発した。
「ようじがすんだならいそげ。じゅぎょうがはじまる」
「そうね。しつれいいたします、ラグエル=フル」
ジョフィエルはドレスよ裾をつまみ、華麗なお辞儀を使用園な笑みを浮かべる。サリエルは相変わらずの不機嫌もろ出しで早足で去っていった。
白の彼岸花の花弁がふわりと舞う。しばらく哀愁にひたり、ボーとしていた。
「良かったのか?」
「うん。これで良い」
いつの間にか起きたファトに優しくつぶやく。ファトは鼻を鳴らして、顔を急に上げてゴチンとおでこをぶつけた。二人ともども痛みを小さく嘆いて、額を抑える。
「何するんだよ、ファト………痛いじゃないか」
「ムカついたからじゃ。記憶をすべて思い出すチャンスじゃったのに………ずるいのじゃ」
「知らないって…………しかも何度も言ってるだろ。僕は別に思い出さなくていい」
そう、本当に、思い出さなくていい。自分の為にも。
ホントウニ?
自問自答、真が嘘か、善か悪か、心の中ないつもくるくるメリーゴーランドみたいに回ってる。狂ったように壊れたように回り続ける。繰り返すだけ、止まることは知らない。
僕はいつまで迷っているんだ。
「午後の授業に遅れるよ、急ぐよファト」
「むん………分ったのじや」
複雑そうにファトは言った。意識共有するファトにとっては僕は病原菌みたいなものだろう。心は壊れかけで混じっていて、気分が悪くなるはずだ。悪魔だから気にしないとか言わないのはきっと、ファトがえらく悪魔らしからないからだ。時折ファトの見せるその感情は天使同等の起伏を見せる。そこが記憶を辿る意図になるかもしれない。




