マクシミリアン 終わり と、最後の戦いの始まり
心臓の過剰拍動をもってしても、大きなキメラはこちらの動きについてきてしまう。
速度差はややこちらに分があるが、奴の持つ爪や牙など、大いなる武器は俺の命をたやすく奪うだろう。
かくいう自分の攻撃は、硬い皮膚が全てを無効化する。
拍動による内部攻撃も効果が見られない。
過剰拍動を続けていられるのは、あとどのくらいだろうか。
いい加減、手先がピリピリと痺れてきたし、頭の中に靄がかかったように重くなってくる。
「……おっと、危なかった」
つい、声が漏れてしまう。
見えている攻撃に、身体がついてこない。
短いとはいえ、濃厚な時間の処理を脳に任せているので、流石に集中力も切れかけていた。
「おや、お疲れのようだね。 じゃあ、休ませてあげようか」
「へ……へぇ。 それは助かるね。 どうやって?」
「こうするのさ」
龍の首から、大きな火球が生まれていく。
火球は、ある程度の大きさになると、小さく圧縮され、そこからさらに大きくなる。
それの繰り返しで、高出力となった火球は、こちらをにらんだ。
やばい。
そう感じた俺は、ありったけの魔力を込めて、壁を作る。
義腕で、自分を防ぎながら、魔力を少しずつ奪っていくが、焼け石に水だ。
せめて、氷の壁が作れればいいのだが、これでも体温は出来る限り下げようと努めている。
だが、唸る心臓が俺の体温を下げることを許さない。
現在41℃前後だろうか。
過剰拍動さえなければ、絶対零度に到達する勢いであるが、ここまでしか下がらない。
「その程度で、防ぐことができるかな? 黒龍のブレスを」
「……ヘイローンは強かった。 だけど、お前は強くない」
「死ぬ前の一言が強がりとは……さらばだ」
火球がこちらへと放たれる。
義腕が、火球の勢いを奪おうとするが虚しく、一瞬で蒸発しようとする。
唸る心臓が、だんだんと収まっていく。
早く。 間に合え。
俺の心がそう叫ぶと、呼応するように、心拍数が、落ちていく。
火球に命を奪われたから……ではない。
ゼロへと向かう心拍は、俺から1つのものを奪った。
ーー体温。
周囲の熱が停止する。
俺だけのもう1つの時間停止。
絶対零度により、俺を含めた全てのものが動かない。
あのキメラも。
そして、魔力が多く込められていたとはいえ、所詮ただの熱の塊に過ぎない火球は、消滅した。
完全に動きを止めた両者は、言葉を交わすこともできず、睨み合う。
その状態から、先に仕掛けたのは、俺だ。
身体は動かないものの、義腕を繰り出しキメラに触れると、そこから魔力を奪う。
マクシミリアンも、波動で抵抗してくるが、火球で大きな魔力を使ったためか、魔力の綱引きで、俺が圧倒する。
そのまま、体温を戻していき、周囲の温度を修正すると、キメラが崩れる。
中から、血液のようにマクシミリアンの身体が出てきて、液状化が解除された。
「ヘイローン……待っててくれよ」
俺は、マクシミリアンには目もくれず、龍の頭を撫でながらそういう。
そして、義腕を纏いながら、左手で、そこに倒れる男に触れた。
「……これで、勝ったつもりか?」
起き上がることもできずに、彼はそういう。
「負け惜しみにも……」
俺は魔力を奪いながらそう返答しようとするが、その時、その男が本体でないことに気がついた。
瞬で、キメラに視線を移すが、おかしなところは何もない。
「とったぞっ!! シリュウ」
上から、叫び声が聞こえるが、もう遅い。
心拍の上昇は、間に合わない。
視線をかろうじて上に向けるが、刃物を構えたマクシミリアンが、こちらへ向かおうとしていた。
避けることは間に合わない。
身体が重く、受けることすらままならない。
もうダメか。
そう思った瞬間だった。
龍の首がわずかに動き、瞳が開かれる。
その瞳が、光ったと思うと、胸が熱くなり、心拍の急上昇が始まった。
視界が赤くなる。
目の血管から、出血が始まったのだろう。
だが、そんなことは気にしない。
赤い涙を流しながら俺は、マクシミリアンの最後の攻撃から、致命傷を避け首を掴んだ。
そのまま、魔力を奪っていくが、途中、その手を離してしまい、膝をつく。
「……くっ。 マクシミリアン」
マクシミリアンが立ち上がる。
ふらふらと、こちらへ向かってくる。
その表情は、憐れみのような、悲しみのような。
まるで、俺たちは敵ではなかったかのように。
俺の目の前に立つと、彼は、俺の手を掴んだ。
そのまま、自分の胸に、俺の手を誘導する。
「相打ち……いや、私の負けだよ。 シリュウ」
「何を……なぜ、こんなことを」
「私の目的に、私は必要ない。 君の、好きにするといい」
「マクシミリアン。 お前っ!!」
「なんだ。 君も私を哀れんでくれるのか? だが、必要ないよ。 私は、もう十分だ」
俺は、魔力を奪うことを拒んだ。
だが、強制的に、マクシミリアンは、俺に魔力を流し込む。
力が戻っていくのを感じる。
なぜ、この男はこんなことをするのか。
わからない。
わからないまま、この男は死んでいった。
「……深淵か。 迷うことはないだろう。 やろうか」
俺は、義腕と波動の2つを交わらせ、黒い球体を生み出した。
本当に、これでいいのか。
俺の中に答えはない。
迷いはある。
だが、やらねばならんという、使命感もあった。
矛盾する心を抱えながら、最大の魔法を発動する。
魔法の名前は、なぜか頭に浮かんだ。
「リターン・クリエイト」
黒の球体が、一気に大きくなり、俺の周囲は、いや、おそらく世界は黒に染められた。
静かで、重くて、ほのかに暖かい。
この魔法は、世界をやり直す魔法。
そして、俺が神であることは、俺がこの黒の世界を自由にできることは、魔力が教えてくれる。
「……後は、アセディアを待って、過去を映し出すだけか」
俺は、待つ。
ヘイローンが生まれる前の時代を、再現した世界をもつアセディアを。
1人の男が近づいてくるのがわかる。
長身特有の、長いコンパスからくる独特なリズムの足音。
来たか。
そう思って、振り返ると、予想外の人物がそこにいた。
俺は、その男の攻撃を許してしまう。
頬を殴られる。
だが、痛くもないし、ビクともしない。
今更、この男が来たくらいで、どうしようもないと思う。
だが、この男が覚悟していることもわかった。
「シリュウ。 言いたいことはいくらでもあるが、ここまでするということは、今更言葉では聞かないんだろう」
「そうだな。 文字通り、拳で語り合おうか。 ちなみに、今のは手加減したんだよな? レオン」
レオンが、無言で魔剣を抜く。
それだけではない。
もう1つの剣が、もう片方の手に握られていた。
魔剣は、レプリカではない、アロンダイト。
そして、もう一振りは、本物のエクスカリバー。
2つの相反するきらめきが、世界を小さく照らしている。
2人の、男の、戦いが始まった。




