マクシミリアン その2
今は、心拍数を過剰に上昇させる事で、光速の認識速度を手に入れている。
それが、時間停止のカラクリだ。
ここからさらに、心拍数を上げるとしたら。
周りの時間はどうなるのだろう。
「悪いが、ここからは戦いじゃない」
「……ほう。 なんだというのかね」
「これは……本当に、嫌いなんだが」
まぶたを閉じて、血流に集中する。
心拍数が増えると、心臓から拍出される血液量が減る。
だから、身体の端の方から、エネルギー切れを起こすかもしれない。
それに、心臓が、その負荷に耐えられるのだろうか。
まぁ、やる価値はあるか。
「……だから、なんだというのかね」
マクシミリアンは、こちらへ駆けてくると、波動を込めた拳を振り下ろす。
その瞬間、俺は心拍数を過剰拍動させた。
景色が、スローモーションだった。
時間から切り離された2人。
そのうちの奴が、さらにそこからゆっくりと、コマ送りのように動いていくのが認識できる。
自分の身体は、普通に動くのに。
俺は、住んでいる時間軸が、さらにズレたことがすぐにわかる。
ゆっくりと歩いて、隣を素通りするが、しばらくその事に、彼は気がつかない。
やがて、周囲をゆっくりと、見渡すようにしてから、こちらは振り返った。
その後、口を開くが、かなり聞こえづらかった。
だが、かろうじて聞き取れたその言葉は、予想の範疇を超えない、つまらないものだ。
「貴様、いったい、なにを」
「……こんなのは、ただのいじめだよ」
心拍数を一時落として、そう伝える。
どうやら、心拍の変動は自由に行えるようだ。
今のところ、負荷を感じない。
手先も、痺れることもなく、感覚も正常だ。
「なにをしたのかと聞いている!!」
再び、接近するのが見えたため、時を遅らせて、それを避ける。
その時、いたずらに彼の身体に触れると、さほど力を入れていないのに、後方へと吹き飛んでいった。
「へぇ。 すごいなこの力」
その際、彼の懐に手を忍ばせ、腕ごと色々なものを奪っていった。
左腕を失った奴は、懐に手を伸ばすが、その表情をすぐに焦りへと変える。
「……なに。 どこに」
「探し物はこれかい?」
俺は、注射器やアンプルを見せびらかすと、地面へと叩きつける。
「貴様ぁあ!!」
「さて、茶番は終わりだ。 お前の力、全て奪い去ってやるよ」
「……茶番は終わりだと? 馬鹿め。 まだ……まだ終わらんよっ!!」
マクシミリアンは、残された腕を胸へと突き立てると、そのまま貫く。
不自然なまでの血しぶきとともに、その身体は液状化していった。
すぐさま過剰拍動で床に飲まれていく彼を捉えようとするが、液体であるため、掴むことができず逃げられてしまう。
「奴め……いったいどこへ」
俺は、気配をたどりながら、奴のいるであろう方向へと進んでいく。
そして、先ほどの部屋よりも、さらに大きい部屋を地下に見つけて乗り込む。
そこには、おぞましいものが隠されていた。
人の上半身に、獅子の下半身。
爪は、猛禽類だろうか。 尻尾の代わりには蛇が付いている。
そして、天使のような翼をつけていた。
何よりも、嫌悪したのは、頭だ。
黒い龍の頭。
ヘイローンの頭が、取り付けられていた。
「馬鹿な……ヘイローンは、五体満足で」
「勿論、オリジナルを用意することは叶わなかった。 だが、DNAの一部を手に入れることができれば十分だった」
液状のまま、人型をかたどった半透明の男が、そう説明してくれる。
それは、濁っていて、透過して後ろを見ることができない。
人型であるだけで、誰であるかは認識できないが、状況と、その声からマクシミリアンであることがわかった。
「まさか……こんなもののために?」
「……どうだろうな。 シリュウ、お前には関係ない」
その半透明は、キメラへと向かって近づいていき、その身体に触れる。
「どうするつもりだ?」
「察しはついているだろう」
その半透明は、キメラの中へと取り込まれていく。
その瞬間、龍の瞳が赤く光る。
その身体は硬直した筋肉をほぐすかのように、大きく伸びて、そのまま大きな咆哮を放った。
「……許せねえ」
「さあ。 最終ラウンドだ」
俺は、心拍数を……ボルテージを最高潮に引き上げる。
感情を、経験を、力を全て込めて、そのキメラを向かいうった。




