開戦
作戦本部には、選りすぐりの将が集まる。
そこで、兵たちの指揮を執ることが、俺たちの戦い。
スキルにより、机上の盤面は常に最新の情報が更新され続ける。
地図の上に置かれたコマ。
そのコマが、味方の進行とともに動いていく。
突如止まり、目の前に現れる赤いコマ。
それは、敵との交戦を表している。
色が薄くなっていく。
そして、消える。
消えたのは、赤いコマ。
そこでの戦闘は勝利したようだ。
実際にその戦闘を見ているわけではないが、心臓がハラハラする。
なによりも、落ち着かない。
先ほどから、ウロウロとしているが、そろそろ将たちのチラ見が痛い。
「どう思いますかな。 英雄どの」
突然話しかけてきたのは、お姉さんだ。
少なくとも、自分よりも歳上じゃないかな。
「どう……とは?」
「戦況についてです。 落ち着かれないようなので、もしやかんばしくないのかと」
メガネを手のひらで動かしながら、彼女はそう言った。
いい加減、注意されるか。
あるいは、あの怖いおじさんに怒られる前に、気を使ってくれたか。
「いや、いいんじゃないか。 ただ……」
「ただ……なんでしょう」
「いや……きにするな。 さて、ここまで進軍できたなら」
誤魔化すように、盤面に目を移す。
そこでは、中央の防衛ラインに我が軍が侵入しようとされていた。
敵のコマの数が、こちらよりも大きい。
このままでは、いたずらに兵を失うだけ、そう思われた。
「……えぇ。 作戦開始ですね」
この場にいる、ほぼ全ての人間たちが笑みを浮かべる。
シロを除いて、全ての人間たちが。
「浮かない顔だな」
「何を笑っているんだ。 それも下手くそな作り笑いを」
「こういう時は、周りに合わせるものだぞ。 シロ」
「さて……な。 だが、まぁ順調ではあるな」
ぶつかり合う戦いと、引いていく我が軍たち。
円形に包囲して攻めているが、攻防を繰り広げるコマたちと、退却を始めるコマたちが現れる。
退却するコマには、敵の一部が付いてくる。
円形だった戦況は、いびつになってく。
「さて、はじめろ」
いびつな円の周辺から、新たな青いコマが現れる。
そのコマは大きいが、裂いた兵の数は少ない。
つまり、精鋭たちだ。
その精鋭たちが、援軍として、現れる。
「伏兵とは、こう使うものだ。 見ていろよシリュウ!!」
作戦考案者だけあって、シロのテンションがみるみるうちに上がっていく。
拳を握って、前で構え、イケイケと小声が漏れている。
戦況は作戦がはまったようで、敵のコマは小さくなり、引き出す。
「む……いかんな。 シリュウ。 あれを使うぞ」
「ん? なんだ好調に見えるが」
「ばかもの!! 撤退を開始した敵を流すばかがあるか。 そして、この陣の薄さ。 付け込めと言わんばかりだ!!」
あれ、というのは、騎兵のことだ。
機動力の高いものを集め、戦況の応じて、使用していくことを目的としている。
コマの形状も、ポーンからナイトに変わっている。
「さて、どこへ打ち込むんだ?」
「当然、ここだ」
指輪刺されたのは、東の砂漠地帯を超えた国境だった。
中央よりもやや東側に首都が近いため、であろうか。
みるみるうちにコマが近付いていく。
ポーンを超えて、ナイトが敵へとぶつかると、一瞬で敵のコマが消えた。
「……は? おい、この兵は一体」
コツコツと、背後から近づいてくるものがある。
「竜騎兵だ。 我が国が誇る最強の兵科はすごいだろう。 シリュウ」
その声の主は、アーサー王である。
「ドラグーンたって、この討伐速度は……相手も、モンスターがいたりするんだぜ」
「ユナイテッドキングダムをなめるなよ。 我々は世界最強の力を持つんだ」
東の防衛ラインを、まるで食い破るかのようにコマを消滅させていく。
すると、東でも、動きがある。
一瞬、敵のコマが現れたかと思うと、それが切れかけの電灯のライトのように、消滅する。
「こっちはなんだ……」
「我が国が誇るシノビ……でござるよ」
ベンがそういう。
ベンは、あの後、ジパングおよび、真の国を滑る王。
あちらの国の言い方だと、征夷大将軍となった。
そして、いま、俺たちに協力してくれている。
「……なんだこれは。 つまらん」
突然、シロが頬を膨らましだす。
地団駄を踏むように、足音を大きく、机上から離れていった。
「おい、どうした?」
「やはり、チートコマを使ったゲームは面白くない。 ハナから対等でなくては、意味がない」
「おいおい。 これは遊びじゃないんだぞ」
「分かっている。 しかしそれは、そいつらに伝えてくれ」
「それは、どういう」
その瞬間、ナイトのコマが消え去った。
地図の一部が破れる。
そして、そこにあったはずの赤と青のコマ。
それらは、もうどこにも見えない。
「撤退の命令を無視したんだ。 こうなるのは自明の理」
「……妙に冷静だな」
「戦争だからな……この後はしばらくは硬直が続くだろう」
俺は、胸にモヤを抱えるような、やるせなさをかんじた。
なるほど、シロはわかっていたのか。
この状況が分かっていながら、何もできなかったのか。
「硬直なんて、起こさせるなよ。 シロ。 作戦を」
「ふむ。 なら、こういうのはどうだろうか」
「それは?」
「君の考えていること。 それを実現させるんだ」
シロが、俺の胸へと、指を突き立て、笑みを浮かべた。
「俺の……考え」
「そうだ。 私は、チートごまは嫌いだよ。 言うことを聞かないからな。 だが、私のいうとこをちゃんと聞く、チートごまよりも戦闘力の高いコマなら好きさ」
俺は、その意図を察すると、こんどは、正しく笑う。
「いいんだな。 シロ」
「あぁ。 もとより、君を出さなければ、終わることのない戦いだよ」
背中を叩かれると、俺は戦いへと乗り込む許可をもらう。
拳を握りしめ、前へと進んでいく。
ーー早く。 少しでも早く。
この戦いをさっさと終わらせるために。




