決戦前夜
西、北、そして東は連携を取ることができた。
各方面に散らばっていた闇ギルドの勢力たちは、中央に集結、その影響で南もこちらに合わせて動いてくれるようだ。 それについては、シロ達がうまくやってくれている。
ベンのさとりを得た俺は、北へ向かった。
そこで、勇者様から、情報を抜き取ることで、敵の動きの裏づけを済ませる。
「さて、中央は包囲した。 この戦いが、闇ギルドとの最後の戦いだ」
東西南北、各地から名のあるもの達が一堂に集う中、俺はその者たちの前へと立つ。
顔も名前も知らない者たちが、俺はと一斉に視線を送るものだから、震える。
目が泳ぐから、焦点が定まらない。
声も震えてしまうのを防ぐために、必死に低音で声を出している。
たまに裏返りそうになるのを恐れながら、俺は言葉を続ける。
「こちらが包囲している。 兵も多い。 だから、勝てるぞ、この戦いは」
何を言っているんだ。
自分でも、わからない。
落ち着こう。 一体、俺は何を伝えたいんだ。
ーー分からない。
「知っての通り、闇ギルドは、人々に害を与え続けている」
だから、倒さなければならない。
いや、そんなことは思っていない。
できれば、倒したくなんかない。
あぁそうか。
怖いんだ。
目の前に敵がいることが。
「……やめよう。 こんな話を聞くために集まったわけじゃないだろう。 シロ……頼んだ」
そう言って、俺は下がっていく。
席へと座り、シロの作戦の説明について、聞き流す。
机の上に何かが置かれるのに気がつくと、俺はそちらへと視線を移した。
反射的に。
「緊張、していましたね」
ストちゃんが、コップにいっぱいの水を持ってきてくれた。
それを一気に喉へと押し込むと、大きく息を吐く。
あぁ、生きた心地がしなかった。
「自分でも、何を言っているのかわからなかったよ」
苦笑を浮かべながら、自虐のように言い吐いた。
それに合わせて、彼女も口角を上げる。
「緊張して当然ですよ。 ほら、この手をみてください」
差し出された手のひらは、じんわりと汗がにじんでいる。
俺だけじゃない、彼女も……いや、みんな緊張しているんだろう。
だって、みんな顔が怖いもの。
「ストちゃん。 いいよ、部屋で休んでても」
そう伝えると、彼女は首を横に降る。
小さく、だんだんと大きく。
「いいえ。 私も、戦士ですから」
肩を見せつけながら、そう言う。
肩には、戦士の証である、赤い肩章が飾られる。
キラキラと光りながら。
「……そう。 じゃあ俺だけ休んでいようかな」
いたずらな笑いをわざと浮かべ、俺は席を立ち上がる。
それを制止するように、手を前へと投げ出しながら、あわあわと焦る表情で、彼女は、それでも何も言えないでいた。
「冗談だ……だけど、ストちゃんは休んでくれ。 戦士であることは認める。 だからこそ、今は……ね」
バツが悪そうに視線を外しながら、ストちゃんは、小さな口を開く。
「……それでは、少し休ませてもらいますね。 じつは、少し……ほんの少しなんですけど、怖くて、疲れて……」
「あぁ、今はゆっくりおやすみ」
彼女は、俺の前を後にした。
これで……いい。
戦いというのは、いつも多大なストレスを人に与えてくれる。
俺だって、心細い。
今まで、顔もまたこともない。
出会うことさえ、あり得なかった者たちが集まって、力を合わせようとする。
それは、ストレスだ。
ましてや、彼女のように、小さな女の子では……
「サボりですか? まったく、だから演説ようにカンペを作れと……そもそも、アドリブで素人が話せるような者じゃないんですよ」
「……フェローか」
視界の中に入っていたはずなのに、声をかけられるまで、まったく気がつかなかった。
自分が、それだけテンパっていたことに、やっと気がつく。
それと同時に、頭上へと降ろされるチョップ。
その手の柔らかさは、実に落ち着いた。
頭を撫でられるようだったから。
「フェローか……じゃないですよ。 まぁ、ここらかは宴ですからね、好きにしても」
「フェロー。 頼みがあるんだが」
「フェ? えっとなんでしょうか」
俺は、手のひらを握ると、妙な声を上げる。
だが、俺はそれにお構いなしに瞳を見つめながら言う。
「ストちゃんの部屋に行ってくれないか。 1人だと、心細いだろうから。 戦いを忘れさせてやってほしい」
「……それは、えっと。 嫌ですね。 あなたが行ってくださいよ」
目を泳がせながらも、突き放すように言われる。
俺が……だって。
「……厳しいな。 フェローは」
「甘くないだけです」
「だから、優しい。 後で、お前の部屋にも行ってやるからな」
俺は、立ち上がり、ストちゃんの部屋へと向かう。
その背中から、かすれそうな声で聞こえてくる。
「……待ってますから」
俺は、振り返らずに答えた。
「あぁ、待っていろ」
決戦前夜には、色々な思いが交差するだろう。
戦いなストレスが、どんな影響を与えるかは、人によって異なる。
だが、目を背けることはできない。
1人では乗り越えられるものではないかもしれない。
だから、俺たちは仲間を作るんだと、今わかった。
そして、だからこそ、俺は、最後には1人にならないといけない。
俺の復讐に、みんなを巻き込むわけにはいかないから。
その想いを胸の奥へとしまい込み、俺は仲間たちと夜を過ごしていく。




