サムライの戦い
「おい、あの人は……」
「わかってる。 ここまでたどり着くのに、お前も、あいつも、もうボロボロだということに」
天狗衆達は、決して弱くなはない。
その追っ手を打ち倒しながらここまでたどり着くのに、無傷というわけにはいかなかっただろう。
ハンゾウも、ベンも大きな、深い傷を負っていることはわかっている。
「なら……止めてくれ」
「たしかに、俺がやればすぐに終わるさ。 何のリスクもなく、一瞬で」
「それならっ!!」
ハンゾウの声が、高まる。
「なぜ、お前たちはそんなにやられている? 弱いからだろう。 俺は、弱いままのあいつなら、いらない」
「貴様っ」
「手……離せよ」
俺は、自身の胸倉を掴むその手をそのままに、強く視線だけを送る。
その手は、小さく震えながらも、離されることはない。
「貴様がいかないのならば、私が……」
「なぁ、まてよ嬢ちゃん。 お前は何を危惧してる?」
「何をって……」
俺が笑みを浮かべると、いつのまにか、俺は解放されている。
「まぁ見てろ。 あいつも男だ」
そして、俺たちはこれから起こる戦いに、視線を移した。
◇◇◇
一太刀、振られれば返す刃がやってくる。
よく鍛えられた鋼鉄が、火花を散らしながら、相手の喉首を狙う。
全身のバネを使い、必死で刀を振りながら、器用に自らの身を守るため、数ミリのズレも許さない。
時間にすればそれほど経過はしていないが、ベンから流れるその汗が、時間の濃密さを感じさせる。
「どうした。 万全でなければそんなものか」
将軍から出されたその渋い声は、ベンへと投げかけられたものだ。
だが、ベンはそれに応えることができない。
「ふん。 天下無双が聞いて呆れるわ」
「バカに……するなよでござる」
なんとか返答することができても、息も絶え絶えである。
イエヤスが払う大太刀を、なんとか刀でいなしてそらすが、その瞬間に顔を歪ませ続ける。
「……ふぅ。 小僧。 先にも行ったが、万全なら勝てる……などと考えているようなら、お前もそこまでだ」
「どういう……」
「お前が今望んでいる万全など……一生来ないだろうな」
イエヤスの刀が、ベンの肩に届き、鮮血がほとばしる。
ーー
「ムサシっ!!」
そう言って、思わず飛び出しそうになったハンゾウを俺は片手で静止した。
「あれなら浅い。 まだ戦える」
「くっ……」
色々思考したのだろう、彼女は苦渋の表情で、自らを戒める。
ーー
「何が……言いたい」
「お前は託されたのだ。 あの男に。 ならば、倒さねばなるまい。 例え、病に侵されようとも、忍びに追われ、傷を追おうとも」
両者は手を止めて、言葉を交わし合う。
「そうだ。 拙者は勝たねばならんでござる」
「その通りだ。 お前が俺に仕えた期間は、短かったが、かつて、鬼神のような姿に、救われたものだ」
「あの頃の、親方様はたしかに万全と呼べる時がなかったでござるな」
「ふふ、二日酔いでな」
2人の笑いが重なる。
そして、再び高度なチャンバラが再開した。
ベンは押され続ける。
上から攻めれば、下を掬われ、下を守れば上を突かれる。
相手の太刀筋が読めませんと言わんばかりに、ベンは迷っているようだった。
「なにを迷うことがある」
「それは……」
「迷うな。 たくせ」
「託せ……でござるか」
「あぁ、そうだ。 お前の手には、大勢の英雄との戦いの記憶があるだろう。 自分の頭だけで考えるな。 委ねてみろ」
「……なるほど」
ベンは目を閉じる。
構えは自然体。
相手の攻撃が来る。
その攻撃は当然見えていない。
だが、それを受け流し、そのまま攻勢に出た。
イエヤスはそれを避けるが、避けきれないり
刃の先が、頬をかすめる。
「ここまでとはな」
「……見える。 暗闇の中に、希望が」
「しからば、解放して見せよ。 その闇の中の妖怪を」
「応っ!!」
心眼であろう。
第三の目が、ベンに浮かんだ。
その目は、まるで全てを見透かすかのように見開かれる。
その後、イエヤスの刃が届くことはない。
ベンの攻撃が塞がれることはなかった。
だんだんと、相手に傷をつけながら、2人は楽しんでいるようだった。
まるで親子のじゃれ合いのような。
その証拠に、イエヤスの表情は、とてもやわらかだ。
そして、その時も短い。
イエヤスが、やがて剣を置く。
「……終わりで、ござるな」
「あぁ、今のお前なら託せよう。 持っていけ」
「親方様……拙者は」
「みなまで言うな。 剣が教えてくれた。 そして、全て伝わったよ」
「…………ごめんっ!!」
1つの剣筋はとても綺麗だった。
1つの首が飛んでいった。
サムライの戦いに、残されるのはいつも1人。
勝者だけが、この世に残される。
「終わったな」
俺がそう言っても、彼は振り返らなかった。
「あぁ。 ありがとう」
彼はそう言うと、落ちた大太刀を拾い、地面へと突き立てた。
そして、しばらくの間そこに立ち尽くしていると、雨が降り出して……止んだ。




