表切り
爆風は、周囲のチリを巻き上げていく。
空が晴れていくと同時に、光が差し込み、少し眩しいと感じるようになった。
目の前には、こちらを見つめているムサシがいる。
そして、俺は軽くなった左腕を降ろしながら、先ほど起きたことについて思い出す。
何が起きたか。
ハンゾウの懐から、火薬の匂いがした。
おそらく、魔法ではなく爆発物だろう。
人の肉と脂肪の焦げ付く匂いのなかに、火薬の香ばしさがあり、嘔吐感を誘ってくれる。
「おいおい。 この過剰な威力。 一体何を倒すための爆弾なんだ?」
その問いは、晴れていくチリの中から現れたハンゾウによって答えられる。
「どこにでも化け物入るものだろう。 ちょうどお前がいるように」
「そうか。 俺用ねぇ……なら、威力が足りないなあ」
俺は、無くなった左腕を再生していくと、その光景を見たハンゾウの顔は青ざめていく。
「ハンゾウ。 生きていたでござるか」
「……不覚にも」
俺がハンゾウをムサシの元へと投げ、爆発物を強く掴む事で被害を抑える事で周囲を助けた。
それにより、一度腕は失ったが安いものだ。
「俺に捕まった時点で、死ぬことすら許さねえよ。 さあムサシ、話すがいい。 将軍様の場所を」
「それは、話せないでござるよ」
俺は、その発言の際の目線の動き、体のこわばりを見逃さない。
さらに、城の位置と現在地から鑑みて予測される位置。
「ここから東か」
「なに!? なぜわかったでござるか?」
その言葉が発せられた瞬間、ハンゾウがムサシの口元に手を伸ばし、やめる。
そして、2人の目線が合った瞬間、ムサシは何かに気がついたかのように、唇を結び、手を握った。
「お前も、嘘がつけないものだな」
「……止めるでござる。 シリュウ殿をここで切って捨てれば問題ないでござるよ」
「それが出来ないから、お前は迷っているんだろう?」
ムサシが、刀に手をかけると、空気が重くなる。
重圧のかかるなかだと、息が苦しくなり、身体を動かすのが辛い。
そして、目線だけが相手の一挙一動を見逃さないと動く。
だが、それは俺には当てはまらない。
桁違いの重圧をお互いに感じながらも、俺だけがその重い空間を動いていく。
俺が優しく手を伸ばすと、怯えたようにムサシが瞳を震えさせ、あと少しで手が届くというところで、途端に激しく刀を振り回してくる。
「くっ。 シリュウ殿、やめるでござる」
「残念だが、俺にも守りたいものがあるんでな」
感情に任せて刀を振り回しているとはいえ、彼は長い歳月を得て剣の鍛錬を積んできたのだろう。
なかなか鋭い太刀筋が、俺の急所を確実に狙ってくる。
だが、綺麗すぎる太刀筋は、俺の身体にすっと入っていき、即座に通り過ぎるが、その瞬間には、治癒は終了している。
「何故……化け物が」
「ふうん。 ござるってつけないのか。 焦るとそうなのか?」
「黙れっ!!」
身体を動かして重圧になれたのか、ムサシは一層鋭い目線をこちらに向けたまま、バックステップで距離を取る。
刀を腰に一度収めたあと、姿勢を低く構えた。
「居合か。 だが、俺はそれを見切って避けられるぞ」
「そうでござろうな……万全であれば」
何者かにいきなり身体を拘束された。
無数の腕が現れて、俺を掴んで離さない。
そして、ムサシの横に青白く光る美少年が現れた。
その少年は、ムサシの刀をそっとなぞると、彼の肩を叩いて消えていく。
「ほう。 面白い。 やってみろ!!」
これは、妖怪の力だろう。
俺は、ノーガードであの居合を受けなければならない。
「……コジロウ。 拙者に力を貸してくれ」
刀が青く光ると、一瞬にして距離を詰められ、刀が首へと吸い込まれていく。
その光景は、俺には止まって見えたが、抵抗することのできない状況は、逆に恐怖を誘う。
(面白い。 怖いじゃないか。 来る……歯を食いしばれ)
必死に耐えようとする俺の表情は、むしろ笑顔に近いものだった。
それをムサシは間近で見させられたのだから、目の色が絶望に変わっていくのも納得できる。
俺は確実に首が飛んで行った。
残された身体は、膝から落ちて倒れていく。
だが、俺の身体は、1人でに起きて、俺の頭に向かってきた。
そして、頭を拾い上げると、首元は雑にくっつける。
「……傷がぴったりだ。 いい太刀筋だな。 傷口が焼けてしまっているので、接合がしづらいが」
「お主がそれだけの化け物なのはわかっていたでござるよ。 さあ、拙者を殺すでござる」
最後を悟ったサムライの表情は、清々しいものであった。
だが、残念ながら、俺は彼の命を奪うつもりはない。
「悪いが、生き恥を晒せ」
「拙者を愚弄するなっ!!」
「それは……その事は彼女の顔を見ながら言えるのか?」
俺が指差す方向には、ハンゾウがいる。
それを確認した彼は、次の言葉が口元で詰まっていた。
「何故、俺の人質を隠そうとするんだよ。 理由を言え」
「……主君の命でござるから。 何があっても、もののふには、主君の命は絶対でござる」
「それがおかしいと思っていても?」
「主君が黒といったら、たとえそれが白でも黒なのでござるよ」
ムサシの表情がこわばるが、口元だけが緩んでいた。
そして、一筋だけ、その目から雫が垂れていく。
「なら、主君を変えればいい。 そうだ、お前は俺の手下になれ。 今日から、俺が主君だ」
「……そうできれば、簡単なんでござるが。 主君は、死ぬまで変えることなど」
その言葉に、俺は拳を固めた。
そこへ、魔力がこもっていく。
「そうかい。 なら……後悔しねえな?」
「あぁ、一思いに頼むでござる」
「わかったよ。 さようならだサムライ」
俺は、放線状に魔力を放った。
それが、ムサシの頬をかすめて、後ろの大地をえぐっていく。
そして彼は、ゆっくりと見開いていく、その強く閉じられた目を。
「あの……拙者、死んでないようでござるが」
「いや、死んだよ。 お前はもう、サムライじゃない。 さて、名も知らぬお前よ。 行くあてはあるのか?」
「え……あぁ。 そうでござるな。 あてはないでござるよ」
「そうか、なら。 俺とこい」
俺は、手を伸ばす。
「……よろしく頼むでござる」
その手を彼は握った。
その瞬間、後頭部に衝撃を受ける。
「貴様!! ムサシをよくも」
「……ハンゾウ。 ムサシは死んだでござるよ」
「っ!! 生きてっ」
「死んだんでござる。 だから、拙者はシリュウ殿に……」
「なら、私もっ」
ハンゾウが、こちらを振り向いた。
その目に、涙が浮かぶ。
「はいはい。 うちは年中人手不足なので誰でもどうぞ」
俺は、起き上がりながら、そう答えると、彼らは、安堵した表情を浮かべていた。




