海上戦
船に揺られて、向かっていくのは大陸の国。
踏みしめる濡れた木の床は、力に合わせて沈んでいくのが、心地よい。
不意に右に立つ者があり、それが潮風を遮るので目を少しずつ見開いていける。
「君のことを疑うわけではござらんが、1人で戦況は変わるとは思えないでござるよ」
ムサシのその発言は、俺を挑発したものだと表情からわかる。
その目線は、値踏みだ。
俺の表情の変化、指先の震え、汗、その他の情報を、上は髪の先から、下は膝のちょっと下まで、ジロジロとよく観察してくる。
「適任なのが2人いたはずだが」
「それは分かってて言ってるのでござろう」
ーー人質。
元々、ルクスとインヴィディアの2人は、闇ギルドに所属していた者たちだ。
奴らにとって、命を奪うのは何のためらいもないだろう。
「なら、無駄な問答はよせ」
「ふっ、英雄でも怒ることはあるのでござるな」
「本当に怒って見せようか?」
「それは遠慮願いたいでござるな」
俺が拳を見せて、そう言ったのをのらりくらりとムサシが言い逃れた瞬間のこと。
俺たちを除く船員たちの体勢が大きく崩れる。
なんとか堪えるもの、手をついてしまうもの、中には転んでしまうものもいる。
一回転しても、止まらないものまでいる。
なぜそんなことが起きたのか。 大きく船が揺れた事によってだ。
視線を移すと、船の揺れの原因がすぐにわかった。
大きな波、それを引き起こすのは、砲撃だ。
俺たちの船団の進路の先には、こちらへ向かう大船団がいる。
こちらよりも数の多い船たちには、見慣れぬ国旗が掲げられていた。
「おい、あれって」
「あぁ。 シンの国旗でござるな」
「てことは……さっきのは?」
「敵の砲撃でござるな」
数々の船の先からは、魔法陣が生まれる。
船と比べると、あまりにも小さな魔法陣、ただしその数は尋常ではない。
その魔法陣が示すのは、絶望だ。
陣を介して放たれる魔法は、こちらの船をぶち壊そうとする魔の砲弾だ。
無数の弾が向かってくる。
風にのり加速するそれは、こちらを個として狙うのではない。
面だ。
面制圧をかけてくるその弾は今、進路を変えたところで避けられるものではない。
ちらりと目線をムサシに飛ばすと、ムサシもこちらに目線飛ばしていて、ぶつかりあった。
どうぞ。
いや、そちらこそ。
目で会話をする俺たちは、まだまだ余裕があるようだ。
結局その目の問答に押し負けた俺は、小さくため息をした後、翼を展開して、その場で羽ばたかせる。
そこから現れる羽根が舞い、空間を白で埋め尽くしていく。
それと砲弾と当たることで、対消滅を起こすが、その瞬間は儚く綺麗で輝かしい。
「流石の一言でござるな」
「うるせえよ。 次は、お前の番な」
「えーでござるよ」
「泳ぐ羽目になるのとどちらがいい?」
「……仕方ないでござるなあ」
次々と放たれる砲弾は、羽根を消し続け、ついには羽根の防御壁を突破し始めた。
1つ、また1つと海面を直撃し、水柱を上げる。
そして、それは、船へと直撃するはずの砲弾が、目前までやってきた瞬間だ。
鋭い金属音が鳴る。
気がついた時には、刀は鞘に収められている。
2つに割れた砲弾が、進路を変えて海へと直撃した時に、気がついた。
「それは、居合か」
「へえ。 よく知っていたでござるな」
「まあ……な。 なるほど、お前のスキルはさしずめ、何でも切れる刀ってところか」
「当たらずとも遠からずってところでござるな」
その時、全ての砲弾が空中で爆発した。
海面が2つに割れる。
その斬撃は、敵の船へと飛んでいく。
船と斬撃がお互いに近づいていく。
それらが触れようとする。
その時、斬撃が消え、海面がそこから割れることはなかった。
割れた海面が海水で埋まっていき、船の揺れとともに元に戻っていく。
「おい、効いてないじゃねえか」
「ふうむ。 おかしいでござるな……なるほど」
中の船からは、赤い光が見える。
目を凝らしてみると、その光は、1つの大きな石から生まれていることがわかった。
「あれは?」
「おそらく、賢者の石。 でござるな」
「賢者の石?」
「まぁ、人工のすごい魔石ってところでござるよ」
「なるほどね。 魔力を吸っているように見えるが」
「破魔石でござるな。 賢者の石の正体は」
「てことは、こちらからの攻撃手段は?」
「ーーない。 でござるよ」
ーー破魔石。
通常の魔石は、大きな魔力を放出し続けるが、破魔石は周囲の魔力を吸収し続ける。
内部で魔力を分解して石として成長し続けて、結果として大きさが増していく性質を持っていて、あの船にあるものだと人より少し小さいくらい。
つまり、かなりの魔力を吸っていると想定できる。
「破魔石って、重量はどうなるんだ?」
「ほぼ変わらないらしいでござるよ。 何故でござるか?」
「いや、魔力を吸わせて船を沈めてやろうかと」
「それは無茶でござるな……ひとつ、策はあるでござるが」
「策ぅ? 言ってみろ」
「こいつでござる」
ムサシの隣には、青く光る少女がいる。
少女と言っても、手のひらサイズで、船の床上スレスレを浮いている。
「何それ」
「一目連。 風を操る妖怪でござるよ」
「へぇ。 そりゃあいい。 やってくれ」
一目連は魔力を増し、姿を大きくしていく。
「妖怪の発動には時間がかかるのでござるよ」
その間も、砲弾は飛んできて、俺は羽根を展開してそれを防ぐ。
「どれくらい?」
「およそ、5時間ほどでござるな」
「はぁ? それだけあれば……なにっ」
気候の関係で、大陸からは絶えず風が吹き続ける。
風向きが逆風となるため、こちらの砲弾は敵船には届かない。
敵の船の目前で失速して落下した砲弾は水柱を上げ、その飛沫が俺の顔を濡らす。
「防戦一方でござるな」
「……なら、乗り込んで」
「それもダメでござる。 君が抜けたら、誰も守る者がいないでござるよ」
「はぁ。 手を貸せ」
俺は、ムサシが一目連へと掲げる手にそっと左手を添える。
そこから、魔力を与えていく。
「暖かいでござるな」
「気持ちが悪いことを言うな」
一目連の姿は、みるみるうちに大きくなる。
「やるでござるなあ」
その姿は、小学生くらいにまで成長した。
大きな瞳が、キョロキョロと辺りを見渡している。
「ほら、はようやれ」
「はーい。 頼むでござるよ一目連」
少女は、首を縦に振り、手をかざした。
その手が、まるで何かを操るように、揺れらされる。
その時、違和感を覚えた。
風に合わせて揺れる、髪の方向が変わる。
逆風になったのだ。
敵の砲撃が次第に届かなくなり、まず目前で沈む。
そして、だんだんと遠くで沈んでいく。
どうだと言わんばかりに、少女はこちらをまっすぐと見た。
「これが、一目連の力か」
「そうでござる。 これで、地の利は得たわけでござるな」
「ふうむ……なぁ、それだけじゃつまらなくないか?」
「と、いうと?」
俺の顔が、笑みで歪む。
そして、一つの指示が、俺の口から飛び出した。
ーーこの船の総員を、全員別の船へ避難させろ。
船から船への移動は、意外にも難しくない。
海賊でも、フックをかけることや、魔法で橋をかけるなどして、乗り込むことも多いくらいだ。
順当に、全員の避難が終わる。
「で、何をするでござる?」
「いや、お前も避難しろよ」
「シリュウ殿に妙な真似をされても困るでござるからな」
「妙な真似……これのことか?」
俺が、手のひらを見せると、ムサシが疑問の表情を見せる。
その手のひらを、船の床へとつけた時、白く蒸気が上がった。
みるみるうちに、床は乾いていく。
「それは……」
「避難しなきゃ、お前も死ぬぜ?」
「それは困るでござるなあ。 拙者は、向こうに行っているでござるよ」
「あぁ、派手にやってやる」
船は隊列を組むことで、砲撃の効果を上げることができる。
そのため、敵の船は、かなり近い状態となっている。
これに関しては、こちらもそうであるため、船との行き来がスムーズであるわけだが。
だからこそ、一つの作戦があらわになる。
オペレーション赤壁。
これは、参考にしたモデルのある作戦だ。
「そろそろか」
俺は、碇を上げる。
それにより、船が急速に敵船へと近づいていく。
風と飛沫がさらに強く肌を襲うなか、敵の砲弾を羽根撃ち落としていく。
手のひらが触れる床は、完全に乾ききる。
船は、敵の攻撃をもろともせず、さらに近づく。
その瞬間、船は、炎を上げた。
燃え盛る船は、敵船の目前までかかる。
敵は、こちらの意図に気がついたようですぐに退却しようとするが、時はすでに遅い。
こちらの船が、敵の船と衝突する。
炎は、すぐに燃え移る。
船と船を伝って、炎はどんどんと規模をあげる。
端にあった船は、進路を変えて逃げようとするが、その瞬間、砲撃にあって落ちていった。
振り返ると、そこには味方の船が近づいている。
「ふん。 やるじゃねえか」
俺は、アイコンタクトでムサシを褒めると、彼は親指を立ててこちらへ向けた。
俺は、羽を羽ばたかせ、自軍の船へと戻っていく。
「やるでござるな。 こちらの船は失ったでござるが」
「もともと、全て残せると思ってないだろ?」
「まあ、それはそうでござるが」
「なら、結果オーライじゃねえか。 ほら、上陸するぞ」
船は、大陸へと向かって、風に乗り進軍を続けていく。
そこに、海に反射しながら、炎の揺らめく輝きと、木材と脂の焦げていくにおいを残しながら。
そして、怪しげな輝きが、沈みゆくのを、見送りながら。




