門番の女 その1
1人の女性は、壁にもたれて空を見上げている。
俺が近づくのに、瞳だけを動かして確認したと思ったら、また空を見返していた。
虚ろに近い表情で、腕はだらりと下がっている。
もう1人の女は、相対的に、こちらをまっすぐと見つめていた。
目尻を下げ、口角を上げた表情で、顔の近くで手を合わせて俺を迎え入れた。
「よお。 ガブリエルいる?」
俺の問いに、こちらを見つめていた女は、拳を握り、その視線は睨むものに変わった。
「ガブリエル様ね」
この反応に、心当たりがあった。
何を隠そう、自分自身が体験していたのである。
「その、ガブリエル様に会いたいんだけど」
1人の女が、こちらへ近づいてくる。
戦闘になることを予見し、俺は心拍を操作しようとするが、変化させることはできない。
正確には、鼓動が大きく早くなり続けることがわかるのみである。
スキルが封印されている。
その状態で、俺は戦えるのか。
その問いは、自らの生死で答えることができるだろう。
「……いいわよ。 あなた、イケメンだしね」
女の右手が肩にのり、左手が頬をなぞる。
その表情は、何かをこらえているようだった。
唇を歪め、目を細めている。
そして、その瞳は、大きく、俺を捉えている。
「本当か?」
「ただし……私たちを倒せたらね」
その瞬間、風切り音が聞こえた。
俺の固く握られた拳が、女の立っていた場所へと振り抜かれている。
そして、着地音。
大きく後ろへ飛んで避けた女は、体勢を崩しながらも、傷一つ付くことなく立ち上がる。
「あら、女の子は大事に扱わなきゃ」
「倒せたら合わせてくれるんだろ? なら、倒されてくれよ」
「やだね。 ここにくる男は殺していいことになってるの……だから、手加減しないわよ」
金属音。
複雑な機構が、その音を響かせた。
小型ながらも、確かな火力があり、女性でも指先ひとつで小動物なら、簡単に殺傷することができるだろう。
ーー拳銃。
それは、異世界にはそぐわない、無駄のない洗練されたフォルムである。
「ははっ、モデルガンじゃないよな?」
笑いしか出てこない。
「あら、これを知ってるの? さすがは英雄ね」
そして、その指はトリガーを引いた。
銃口を見つめていたはずだが、引き金を引く瞬間に避けるなんて芸当はできなかった。
銃口は、やや外側を向いていたため、俺に被弾することはないだろう。
そんな安易な考えは、頬の痛みで消え去った。
指を触れさせると、軽く傷ができており、そこに血がにじんでいた。
「……英雄なんかじゃないんだけどな」
俺は、またを絞らせないために、動き回る。
足を運び、時にはしゃがみながら、時には飛び跳ねながら、少しずつ距離を詰めていく。
形状から予測するに、12発前後とあたりをつけ、相手がうった回数を数える。
残弾が少なくなるにつれて、次弾の発砲までの間隔が空いていく。
「もう、面倒ね」
「そうだな。 面倒だった」
俺は、再び間合いに入り、銃口が向けられた。
そして、女は躊躇いもなく、銃を撃つ。
俺は、その間に相手の腕に手を割り込ませ、大きく外側へとずらす。
それにより、弾は明後日の方向に飛んでいく。
そのまま、足を掛ければ女は地面に倒れていき、体勢を崩した今の状態では、次の拳は避けられない。
俺は、顔面に向かって、拳を振り抜いた。
頬に触れ、柔らかな感覚を感じるとともに、その感覚はだんだんと固くなっていく。
地面へと、反動で女は倒れていくが、受け身を取られ、再び距離を離された。
「いったーい。 何をっ。 もういい!!」
どこから取り出したのか、女は砲塔が回転する、多砲塔の銃。
所謂バルカンを構えた。
砲塔が回転を始める。
目算で20数歩、一気に詰められる距離ではない。
「あはは。 まさか、本物じゃないよね」
なんて、軽口もつかの間、その銃口を赤く染めながら、弾を繰り出してくる。
俺は、全力で走って、弾を避けるが当たるのは時間の問題。
だんだんと照準はあっていく。
弾がかすりそうになりながらも、直感と反射神経は、ギリギリで避けることを許す。
そして、最後、捕まると思った瞬間に、俺は大きく跳躍した。
周囲には、砂埃が舞っている。
「何処にっ!!」
キョロキョロと首を回して俺を探すが、俺を見つけることができないようだ。
とはいえ、隠れているわけではない。
砂埃に紛れて、普通は隠れない場所へ行っただけである。
「……ねえ。 あそこ」
気だるそうに、もう1人の女性が指を指す。
拳銃やらバルカンやらで忘れていたが、もう1人居たんだった。
なぜ、彼女は戦闘に参加しないんだろうか。
「なっ!! そんなところに。 どうやって」
俺が居た場所は、壁である。
城の壁の高いところに、跳躍してたどり着き、張り付いて落下を防いでいた。
「目に見えない程度のデコボコに無理やり握力でしがみついているだけだが」
「ふうん。 そう、化け物ね」
向けられる銃口。
しかし、それが放たれることはなかった。
ここまでは、俺の目論見通りだ。
「城自体は、木造の建物だ。 そんなもの、撃てないよな?」
「……だけど、これなら」
女は、バルカンを捨て、地に落ちている拳銃を拾いにいく。
その間に、俺は、壁から降りて、全速力でその拳銃の元に向かった。
拳銃までの距離は、女の方が近い。
速さは、わずかに俺の方が上だ。
先に到達したのは、女だった。
女が、拳銃を持ち、こちらは構える。
だが、その時には、間合いは拳銃のものではなかった。
俺は拳銃を持つ腕を掴み、関節をキメる。
そして、首の横を指で圧迫し続ける。
関節をキメられた女は、抵抗をするが、筋力には圧倒的に差があるため、虚しく終わった。
「……くっ、覚えて、なさい」
彼女の身体が、途端に重くなる。
意識が失われたのである。
俺は、ゆっくりと地面に寝かせると、足でバルカンを踏み壊しながら、拳銃を破壊した。
「ふうん。 こいつがスキルを無効化していたわけね……お前のスキルもか?」
心拍が自由になる。
身体が途端に軽くなり、集中力が戻っていく。
「……そうよ。 彼女はリミッターなの。 私を止める……ね」
気だるそうなまま、こちらを見つめていた。
そして、少しずつこちらへと近づいてくる。
彼女の放つ重圧に、汗が滴り落ち、筋肉がより強張った。




