ガブリエルの傀儡
低い外気温はこの部屋にある物の温度を奪っていく。
金属は冷たくなり、液体は凍る。
そんな部屋に、沢山の人が居た。
みすぼらしい服を着て、今にも凍え死にそうな肌色で、何かを言うでもなく、虚空を見つめながら呻いている。
「時間だ。 来い」
突然ドアが開けられて、俺たちは追い出される。
外は雪が降っているが、俺たちは鍬を持たされて、働かされる。
手錠が、鍬を振りかぶるたびに食い込むため、痛い。
そして、俺は1人の男を見つけた。
そいつは、他の奴らとは違う表情をしていた。
みんなは、こんな過酷な中、なぜか幸せそうな表情を浮かべているが、そいつは、順当に嫌そうな顔で働いている。
だから、気になっていた。
「なあ、あんた。 あんたは違うのか?」
それが、最初の言葉だった。
「俺に言っているのか?」
「あぁ、そうだよ」
「ふーん。 俺にね……そうか」
「なんだよ。 気味が悪いな」
「そりゃ悪かった。 で、名前も知らないお前に話すことなんてないんだけど」
「あぁ、すまない。 僕はエド。 君は?」
「シリュウ。 本当ならタメ口を咎めるところだが、ここでの初めての友達だ。 許してやるよ」
これが、俺とエドの出会いだった。
ーー第2章、天使に支配された北の国々
俺たちは、3つの勢力に分かれて、それぞれ闇ギルドの討伐にうってでた。
俺の担当するのが、北の四大天使だ。
そして、北国に乗り込んで、出会いがあった。
そう、ガブリエル様だ。
まぁ、そう言われても知らないだろうから説明してやろう。
ガブリエル様は、とても美しいのだ。
だから奴隷になった。
だけども、思ってたのと違った。
過酷だったのだ。
だから、帰ろうかと思っていたら、なんか話しかけられた。
「エド、付いてくるな」
奴隷といっても、食事は出されるし、夜は眠れる。
食堂があるから、そこまで歩いて食事をとりにいくのだが、邪魔虫がついてくる。
「そう言うなよ。 やっとまともな奴に会えたんだから」
床は冷たく、裸足で歩かされるのだがたまったものではない。
履物を用意して欲しいと思っているのは俺だけじゃないはずだが、なぜか誰も抗議しない。
となると、自分だけ抗議するのも嫌なものだ。
「俺は飯は1人で食いたいの」
まったく、友達といえど距離感ぐらい掴んで欲しいものだ。
しかし、男ばかりでつまらないな。
やはり、ガブリエル様に会いにでもいくか。
「えー。 分かった、いいこと教えてやるから」
いいことと言われると気になるな。
食堂のドアを開けながら、俺はエドの広いデコを見つめた。
というのも、身長差でまっすぐ見るとそこに目がつくのだ。
「いいぜ。 飯の間だけ聞いてやる」
俺は、寛大な心でエドの話を聞いてやることにした。
今日の食事は辛い味付けが特徴の赤い米に、魚を黄色いスープで煮たものだ。
スープの方は、色とりどりの野菜が入っていて、温まる。
一方、赤い米は、暴力的な辛さが食欲をそそるものだ。
正直、手が止まらない。
あっという間に空になった皿にお代わりをよそってから、俺はエドの話を聞いた。
「あんた。 ここになにしに侵入したんだ?」
俺は、スプーンを止めて答える。
食器とスプーンのぶつかる金属音が妙な間を作った。
「そりゃ、ガブリエル様の役に立つためよ」
これは嘘偽りない本心である。
だが、こんな不特定多数と同じことをしたところで、意味があるとは思えないというのも事実だ。
「……あんたは、他とは違う。 ガブリエルに会いに来たんだろ? なんの目的か知らないけど」
「おいおい。 様をつけろよ」
「僕、知ってるぜ。 ガブリエルに会える方法を」
「様をつけろって」
「……ガブリエル様に会える方法を知ってるよ」
ジト目のエドに対して、俺は口角を上げながら、妙な期待感を胸に抱いた。
スプーンを置き、胸を張り、腕を上げながらそのまま聞いた。
「へぇ、教えろよ。 その方法を」
すると、エドは手を差し出しながら、俺と同じように口角を上げながら聞いてくる。
「タダでは教えられない。 約束しろよ」
「へぇ、お前みたいなガキは好きだぜ。 なにが目的だ?」
「俺もそこに連れて行け」
俺は、その手を掴んで握手の体制をとる。
お互いの口角がさらに上がり、声を出しながら笑った。
「契約成立だ。 いいぜエド。 地獄を見る覚悟があるなら、連れて行ってやる」
俺が聞き出したその情報は、ガブリエル様が現れる場所と日時だった。
エドとタイミングをずらし、食堂を後にする。
廊下で、肩が何かにぶつかり、反射でそちらを向いてしまう。
そこには、よろけて転んだ大男がいた。
毛深く、筋肉が肥大していて、身長は俺よりも高いから2メートルは超えているだろう。
その大男は、顔も怖いのだが、俺は、なにも恐れることはなかった。
その大男は、何事もなかったかのように立ち上がり、食堂へと入っていく。
「ちっ、張り合いのない」
ここにいる奴隷たちは、エドと俺を除いてみんな腑抜けていた。
まるで、魂が抜け落ちた操り人形だ。
主人の命令だけに過剰に反応して動いていき、それ以外のことについては、仮に主人を馬鹿にされようとも動かない。
そんな奴らの集まりだから、エドも友達を作ろうとしたのかと思っていたが。
「エド。 なにが目的だろうか」
こんな非日常だからこそ、まともであるエドは怪しいの一言に尽きる。
エドの心拍数は変動していないし、嘘をついているわけではないと思うが、何かを隠していることは確かだった。
まあ、罠でもガブリエル様に会えるのなら、俺はそうするのだが。
そうして、俺はエドに指定された場所へとやってきた。
「待っていたよ」
エドは、もうすでについていて、そこには一台の車がエンジンを鳴らしながら待機していた。
「へえ。 いい車じゃねえか」
「うん。 盗んできたんだ」
「後悔してるのか?」
「え?」
「いや、このままで、後悔はないんだな?」
「……行こう」
そう言って、エドがアクセルを踏んだ時、不可解なことが起きた。
たくさんの奴隷たちがやってきて、車を囲んでくる。
「なんだこれ」
「くそっ。 逃げるよ」
エドがそう言うと、アクセルを踏むが、時すでに遅かった。
タイヤが動かない。
まるでそこに固定されているかのように。
車があちこちでボコボコと殴られ凹んでいく。
天井では音がして、それが上に何かが乗ったことを教えてくれた。
「……どうする?」
「これじゃあ、ガブリエルのところはいけない」
「ふーん。 大概お熱なようだな。 ガブリエル様に」
「そうだよ!! あ……いや、そうなんだよ」
俺は、この奴隷の正体について、もうあたりをつけていた。
「なるほど、お前、そう言うことか」
そう言いながら、俺は周囲を見る。
すでに扉は外されていて、中へ、手が伸ばされていく。
その手を払っていくエドに向けて、手を伸ばした。
「悪いかよっ!! 俺は、こいつらとは違うんだ」
「そうだな。 お前は、本気なんだな」
ガブリエルのスキルはおそらく、恋愛感情を強制的に持たせて、あやつる力。
感情が強ければ、強いほど傀儡となっていく。
「いいぜ、気に入った。 舌噛むなよ」
残念ながら、俺には一切効かないスキルだ。
無論、解除できるだけで、しようと思わなければダメだけど。
「シリュウ。 君は、操られないのか?」
俺は、天井を剥がして、車の上に立つ。
そのまま、少しかがんで、勢いをつける。
「俺はちょっと特別製なんでね。 じゃあ、ガブリエルに会いにいきますか」
俺は、大きく跳躍して、滑空するように、空を飛んだ。
「……シリュウ、君は、僕の希望だ」
「ばーか。 お前が居たから……お前が俺をその気にさせたんだよ」
俺たちは、ガブリエルの元に、いま、旅立った。




