7大罪 イラとの最後の戦い その1
身体は少しだけ軽く感じた。
呪術の灯火はかすかに明るい。
俺は、この火を胸の一部に灯すと、勇気が湧いてきた。
本当は怖かったのだ。
奴が放つ重圧が。
地面を蹴ると、ひびが入り、いくつかに割れる。
それを拾い上げると、イラに投げつけた。
野球の経験はないため、投げたそれは不規則な回転をしてしまった。
だが、甲高い風切り音とともに、それはイラに向けて飛んでいく。
イラは、身体をそらして、それを避けた。
その間に俺は、距離を詰める。
2人の距離が拳が届く位置に来た時、不快感とともに俺の頭は警告音が並びいた。
気がついた時には、周囲が炎に包まれている。
こんなもの、効かないはずだ。
そう自分に言い聞かせて、攻撃をしたいが、俺の本能は、俺に行くなと訴えてくる。
ーーどうする。
俺は、バックステップを踏み、炎を脱出した。
あたりが明るくなっている。
炎の箱で照らされているからだ。
炎のブラインドでその時は分からなかったが、あのまま直進していたら、俺は死にはせずとも大ダメージは避けられなかっただろう。
俺の向かった先にイラは居なかった。
代わりに黒い炎があった。
ーーパリパリ。
そう音を鳴らしながら、地面を燃やしている。
ひどい匂いだ。
まるで炎が腐っているかのような。
「ほう、やるじゃないか」
ふと、右から声が聞こえる。
俺は警戒心をむき出しにしながらそちらを向いた。
拍手をしながら、イラが立っている。
「生憎、直感は鋭いんでね」
俺の言葉に、イラは横に首を振った。
「いいや、すごいのは直感ではない。 それを信じて行動できることだよ。 これが凡人にはなかなかできない」
「敵に褒められてもなあ」
俺は、再び距離を詰めようとする。
だが、相手は俺に合わせて動き、2人の距離は近づかない。
俺はあえて無理はせず、2人の距離を保ちながら、動き続けた。
イラは、黒炎を何度もこちらは飛ばしてくる。
だが、その動きは緩慢で、俺はゆうに避けることができた。
このままでは拉致があかない。
この状況の原因は、お互いに有効な中、遠距離での攻撃手段がないことだ。
しかし、完全に打つ手がない俺と違い、イラには黒炎を飛ばすという攻撃がある。
それを避けることができるが、相手の方が積極的ではあると言えよう。
なら、どうするか。
それをゆっくり考える暇もないほど、飛んでくる炎の数が、増えていく。
その時だった。
俺は1つ、閃いた。
「それは悪手じゃないか?」
イラのその言葉は、俺のある行動に対しての言葉だった。
俺は、炎をギリギリで避け、相手に接近する。
炎が避けられるかどうか、ギリギリの距離へ。
それに対して、イラは距離を取ろうとはしなかった。
炎はさらに勢いを増したように飛来してくる。
俺は、集中を高め、それを1つ1つ目で追いながら、肌にギリギリ触れさせる程度の動きで、避けた。
確実に避けることはできたが、心なしか予想よりも早く感じた。
接近したことも加味して備えたのだが、見通しが甘かったか、あるいは。
これまでの戦いで1つわかったことがある。
俺のスキルで集中力を高めると、周りがゆっくりになり、時間が取り残されていく。
だが、いつでもそうなれるわけではなかった。
この集中した状態になるためな鍵は心拍だ。
ある一定の心拍数……およそ分間200を超えたあたりでゆっくりになっていき、あの時……分間900ほどで時間が止まった。
俺のスキルでは300ほどまでは自由に高めることができる。
そして、現在の脈拍数は、今は、分間400〜500程度だ。
それほど上げるためには、トリガーが必要である。
ヒヤッとすることだ。
今のは危なかったと思った時、例えば車にひかれそうとか、階段から滑り落ちそうになるとかすると、心拍数が、上昇する。
命の危険に近いほど、心拍数の上昇は顕著だ。
走馬灯で例えられることもある。
その現象は、俺は知ることはこれまでも、これからも無いのだが、名前がついている。 タキサイキア現象という。
知らなかったわけだから、この命名は偶然だった。
「ほう、シリュウ。 お前何かやってるな?」
「あぁ、タキサイキアの呪い火だ!!」
俺は、胸に炎を灯すことで、命の危険という信号を出す。
だが、それだけではトリガーとしては甘い。
相手の攻撃にギョッとする事でさらに集中を深めていく。
ーー見える。
前から飛んでくる無数の炎が。
ーー見える。
残像を置いて、後ろに回り込もうとするイラの姿が。
ーー見える。
自分の勝利の未来が。
俺は、俺の横に立つイラの身体に触れると、パルスでその身体を破壊する。
だが、イラは気にも止めず、俺に、どこから取り出しかわからない剣で振りかぶった。
俺は、とっさに左手を割り込ませると同時に、ステップで距離を取る。
左手は切り落とされたが、俺の警戒心は、左手ではなくイラから目を離さないよう働きかけた。
脈拍が高いのだから、血液は止まらない。
左手からは、ひねった蛇口のように血液が、熱とともに逃げていく。
「今のは、お前では避けられる速さではないはずだが」
「さてな。 もう一度やってみるか?」
俺は、左手に手を当てて、力強く握った。
腕の先は潰れてしまうが、血管を塞いで血の流出を防ぐ。
脳内麻薬が出続けている。
それのおかげか腕は痛まない。 むしろ快感まで覚える。
「安い挑発だな」
この時、左手がまだあるかのように錯覚していた。
警戒をしながらちらりと左手を見ると、そこに黒い何かが見えた。
「さあな。 この左手に秘密があるのかもな」
「その切れた腕が? 冗談がうまい」
そうは言いつつも、警戒をしているのだろう。
イラは、近づいて来ようとしない。
そして、イラはこの切れた断面から伸びている黒い左手は見えていないようだ。
その左手は、自分の意思で動かせる。
今失った左腕よりも自由なくらいに。
それは、切り離すことができ、どこまで動くようだ。
それで、足元の石を拾おうとするが、それがものを掴むことはできないようだ、
「来ないのか?」
「念には念をというものだ」
俺の足元が揺れた。
視線を一瞬落とすが、その瞬間には土で出来た檻に閉じ込められる。
「君のような猛獣には檻が必要だろう」
「これなら、フェローの方が強固だな」
俺は、檻に右手を触れると、簡単に壊す。
実際、フェローの檻の方が固くて細かい。
これなら、閉じ込める意味はないように思えた。
「ふん。 ただの檻なら強固である必要があるのだろうがな」
その言葉の意味はすぐにわかった。
その檻の中には、黒い魔力が通っている。
「……聞いたことがある。 不純物の混じる魔力は生物へ害を与えると」
「そうか。 覚えておけ。 これが奇跡だ」
「奇跡?」
俺が右手でその魔力に触れると、一瞬で力が抜けて、膝をつく。
手が離れると、力がある程度戻るが、ひどい倦怠感が戻った。
「そうだ。 魔力に性質を与える。 それは神の御技。 人はそれを奇跡と呼んだ」
「へぇ。 それは……いい勉強になった。 それで、それがどうした?」
「わからないか? 神に仕える訳でもない俺が、奇跡を扱った……これは俺が神になった証拠だろう」
「誇大妄想が……」
そう強がっては見せたものの、立つだけで精一杯だ。
いつのまにか、左腕の傷は開き、再び流血を始めた。
だが、不思議なことが起きている。
血液が、左手の形に沿って空間に溜まっていっている。
これは……何かはわからない。
「ほう、血液を操って見せるのか。 君もまだ、何か見せてくれるんだね」
返答はしない。
この手は、まるで自分のもののように動かせた。
そして、体温を上げているおれの体感よりも、あるいはあいつの黒炎よりも熱い。
それは、伸ばすことができる。
それは、掴むことができる。
俺はそれを伸ばして、左腕を回収した。
そのまま左腕に元どおりにつけることができた。
左手からは、血液がにじみ出て、それを自由に操れる。
その血液が、混沌の奇跡の檻に触れると、それを吸い取り、俺の力へと変えてくれた。
「奇跡までも……だが、俺の引き出しはまだまだあるよっ!!」
「そうか。 なら、殺す前にせめて、いろいろ見せてもらおうか」
俺の周囲の土の檻が崩れると同時に、イラが俺の目の前にやってくる。
そのイラの攻撃は左手に握られる剣……と見せかけての、右手の青黒い魔力を押し付けるものか。
俺は、赤い纏われた液体を、触れさせた。
それは、無数の腕となって、イラの右腕を掴んだ。
その魔力が失われ、それでは終わらずに、イラの腕を萎びかせていく。
イラは、振りほどき、距離をとった。
「これは、これも奇跡か……だが、とても深くて静かな」
「そうなのか? なら、俺も神なのかもな」
「闇の奇跡……ええい。 認めんぞ!! 俺が、神は俺だけなんだ!!」
イラが吠える。
胸のコアが輝いていき、イラの筋肉が肥大していく。
爪はのび、牙が生え、二足で立つのが辛いのか、異常に前傾姿勢となって、時折拳を地につける。
「へぇ、もしかしたら、神に近づいたのかもな」
「うるさい。 うるさい!! 殺してやるシリュウ!!」
イラは、その巨体を天にかかげ、大きく吠えた。




