龍と蟲の時代
この炎は、俺の知らぬものだった。
スキルではない。 魔法でも奇跡でもない。
出せると思って出したが、本当に出てきては動揺する。
だが、俺はそれの使い方を理解していた。
それは確実に自分の意思で現れたものだと確信していた。
「のちに龍狩りの時代が来る以来、人の子と争うのは久方ぶりだな」
龍は翼を広げて飛翔する。
今までの俺であれば、空を飛ぶ相手を攻撃する手段には乏しかった。
だが、この炎はその問題をあっさりと解決する。
炎を胸に掲げて、龍を見つめる。
「火加減が難しいな。 さて、このくらいか」
龍が何かに気がついたかのように大きくそこから動いた。
その場所に爆発が起こる。
その爆発の規模に応じて左手の炎が弱まっていく。
「奇跡……いや、呪術か」
「へぇ、これが呪術って奴なのか」
爆発こそ避けたものの爆風にて体勢を崩した龍は、それを整えながら言った。
呪術とは、奇跡の1つ。
話には聞いていたが、今では失われた力の1つだった。
「いいぞ。 もっと力を見せてくれ人の子」
「ああ、そうだな。 やってみるか」
俺は、炎に渦を与え、それをいくつも生み出して自分の身体の周囲に置く。
その炎の渦は、龍の吐く炎を受けて大きくなる。
(これは防御用か……いや、違うな)
炎の渦はそれぞれ自由に動かせた。
おそらく、これはこのまま攻撃出来るだろう。
俺は渦を射出し、龍へ向かわせた。
「遅いぞ。 これはもっとはやく動かせる筈だ」
龍は、それを避けて、こちらへ向かってくる。
俺は渦を器用に動かして龍の動きを阻害した。
「速さは必要ない。 お前がそちらへ逃げたなら……そーら捕まえた」
炎の渦は、龍を囲んで逃がさない。
それを龍にぶつけて燃やし尽くす。
しかし、思惑から外れ、その炎は消えて無くなる。
「発想は良かった。 他にもあるのだろう?」
たしかに、もう1つだけ今はこの炎の使い方が残っている。
だが、もうすでにこの炎は小さくなっている。 次が最後だろう。
それはあの龍に通用しなければ、その先はなぶり殺しされるだろう。
(……龍の鱗が炎を受け付けなかったんだろう。 なら、やってみる価値はあるか)
俺は、炎を身体に与える。
全身が燃えだす、俺に力が湧いてくる。
俺の足が地から離れて自由に飛べる。
そう長い時間、そう居られるわけではなさそうだが。
「纏炎か。 自分の身を焼く諸刃の剣か」
「それは……どうかな?」
俺は高速飛行で龍を追う。
だが、奴も遅くはない。 ジェット機を超える速度での空の追いかけっこだ。
龍の速度は俺よりも早い。
だが、揺らめく炎は龍よりも自由だ。
小回りの差で、龍を追い詰めることができた。
「ほう。 これは、スキルか。 人の身を蝕むはずの炎が、完全な君の味方となっている」
「余裕だな。 捕まえたぜ、赤い龍」
俺は、右拳を固めて、炎を纏わせて龍へと押し付けた。
それは、龍に触れる寸前で消えてなくなる。
俺の身体は、炎の浮力で浮いていた、それが消えたため、重力に逆らえない。
俺の身体は地に落ちていく。
その隙を逃さず龍は俺へと向かってくる。
「惜しかったな人の子よ」
「うるせえ。 次は勝つ」
「負け惜しみだが、それでいい」
龍は、俺を背に乗せて受け止めた。
俺を助けてくれたのだ。
「……殺さないのか?」
「我はあくまで貴様の試練の1つだ。 貴様はそれに打ち勝った。 さぁ、イラの元まで連れて行こう」
連れて行ってくれる、その言葉を聞いた時、俺は目を閉じていた。
炎に対抗するには、多くの体力を使ったからだ。
ひどい眠気が襲ってきて、それに耐えられず寝てしまっていた。
だが、この状況で眠れるだけ、この龍を信頼していた証でもあった。
龍の元で育てられたせいか、人よりも龍の方が信じやすいのかもしれなかった。
「ついたぞ。 ここからは自分の足で歩いていくんだ」
その言葉は、懐かしく感じた。
「ヘイローン?」
「……寝ぼけているのか、早く起きろ」
「ん、すまない。 行ってくる」
「1ついいか?」
「なんだよ」
「我は、イラよりも貴様の方が好きだ。 そんな感じがするから、勝ってこい」
「……言われずとも。 ありがとな」
俺は、歩いていく。
よく回りを見ると、何か違和感を覚える。
「これは、聞いたことがあるな。 この世界は、ヘイローンが生きていた世界だ……ヘイローンがよく話していてくれたことのそのままだ」
この場所に希望がある。
俺の希望のために、俺は行きたかった。
だが、それ以上に、この先に倒さねばならない奴がいる。
今ならわかる、自分よりも大事なものが。
仲間たちのためにも、こいつを倒す。
「俺は、シリュウ……君に恐怖を覚えた。 だが、これは俺に与えられた試練なのだ。 そう思ったよ。 お前はどう思う?」
「あの時お前を殺せなかったのは、運命だ。 運命がお前を生かそうとしているんだ。 だが、運命に縛られるわけにはいかない。 俺の目的のために運命を乗り越える」
「そうだな。 これは、お互いの試練だ。 その番人がお互いの前に立っているんだ」
ボロいマントを揺らめかせながら、イラは俺の前に立ちふさがった。
そのマントが風に流された時、大きくはだけさせた胸に、コアが入り込まれているのが見えた。
「それが……悪魔道具か」
「統一したらこうなるんだ。 力を感じるよ。 お前を倒すための力が」
「あぁ、始めようか。 お前を殺す試練を」
「あぁ、どちらかが死ぬまで殺し合おう」
2人の体が近づいて、2人の拳がぶつかり合う。
空気が揺れ、大地が揺れた。
反動で2人の体が離れる。
遅れて大きな音がなった。
その音こそが、戦いのゴングだと理解した。




