円卓の騎士
昨日、混浴であった事を頭に浮かべながら、俺は1人で街を歩いている。
温泉街だけあって、湯気の立ち込める地に古風な建物が並ぶどこか懐かしさを思い出させる街並みだ。
建物の前には、客引きがいて、宿の近くは土産屋が、離れていけば飲食ができる店がある。
俺も、よく声をかけられるのだが、その度に申し訳なさそうに断るのが少しつらい。
「あーあ。 1人だと寂しいな」
誰かに声をかけるか。
そう考えるが、そもそも観光客と現地民との区別がつき難い。
これといって声をかけたいと思える人が見つからないのは、俺がコミュ障だからだろうか。
そもそも、なぜ1人なのか。
抜け駆けは許せないと、みんなが争っていたところまでは覚えているが、何故か、なら俺を仲間外れにという結論に至っていた。
ちょっと意味がわからない。
「小遣いも少ないし……稼いでいるのほとんど俺なのに」
そんな口もこぼしながら、適当に散策を続けると、本来、ここで会うのはおかしいだろうという人物を見かけた。
「あれは……たしか、レオン」
あまり、記憶にはよく残っていないのだが、たしかにレオンだった。
パリス芸術大国の人間であるレオンが、ここUKに来ていることが妙だが、そもそも彼はわが国で捕らえられていたのではないかと記憶している。
「尾行でもするか」
暇だったこともあり、奴の動向が妙に気になった。
我ながら気配の消し方が完璧で、道中彼がこちらを気にすることは一度もなかった。
道は、大通りからだんだんと離れていき、人気が少なく寂れた道へと変わっていく。
そして、完全に人気が無くなった場所にレオンを待ち構えている人物がいた。
「遅かったか?」
レオンがそう聞くと、男は口を開いた。
「いや、時間通りだ。 さすがは世界最強の男」
「茶化すのはよせ。 それが偶像だということは、この国では常識だろう。 ランスロット卿」
「君にはよく働いてもらうよ。 ようこそレオン君」
その会話を素直に受け取ると、亡命の手引きだろうか。
ただ、2人にはなんとも言えない邪悪を感じる。
見過ごすのもどうかと思うが、俺はどうするべきか悩んだ。
別に、俺は正義の味方というわけでもないし、今は休暇中だ。
こいつらが悪い事をしているとも限らん。
まぁ、様子見が得策だろう。
「さて、アーサー王暗殺についてなんだが」
ランスロット卿と呼ばれた男がそう言葉を続けた。
知的好奇心に負けて尾行をしてしまった俺が悪いのだが、それでも聞きたくはなかった。
「ちょっと待て。 聞き捨てならないねえ」
「なんだね君は」
「俺かい、それはその男が知ってるじゃないか?」
「シリュウ……何故ここに」
2つの視線を痛いくらい浴びる。
男にそんな熱く見つめられても、何も嬉しくはないが。
呆気にとられるレオンとは違い、ランスロットは腰の剣に手を当ててこちらを警戒する。
「たまたま通りがかったんだ。 まぁ、知らない仲じゃないだろう?」
「君……シリュウ君か。 今の話を聞いていたんだね?」
「聞いてないって言ってもその剣を抜くんだろ?」
「どうだろうね。 君の出方しだいだよ」
世界の時間が濃密に圧縮されていく。
そこの住民は俺とランスロットの2人、もはやレオンは蚊帳の外となっていた。
一挙一動を観察しあい、何かあればすぐに動けるよう身体に命令を走らせる。
「シリュウ……その名前はここまで届いているよ。 7大罪を統べているらしいじゃないか」
「そうだな。 そんなこともさせてもらってるよ」
「君は、わたしに近いものを感じるよ。 さて、君はどう感じるかね?」
「人間性が似ているから、同じ道を歩むとは限らんだろう」
2人の視線がぶつかり合う。
汗が雫となり、頬を流れ落ちていく。
「ふう。 君と今やりあうのは得策ではなさそうだ」
ランスロットの手から剣が離れた。
俺の中で警戒が解除される。
「いいのか? 見逃して」
「構わないよ。 ただ、もう回れ右して戻ってもらうけどね」
「帰っていいんだ。 じゃあ遠慮なく」
俺はそう言って、振り返り歩き出す。
とりあえずこの場は戻って、それとなく噂を流せばいいだろう。
そう考えながら、俺の身体が命令されることなくしゃがむ。
頭上をなにかが風切り音とともに通り抜けていく。
「なるほどな。 今のを避けれるなら、相当な場数を踏んできているという証拠だ。 やはり君、相当強いね」
俺は、立ち上がりゆっくりと振り返る。
その禍々しいオーラを発した剣は、まるで周りの空間を歪めているように見えた。
「やっぱり、悪人を信用するもんじゃあないな」
「悪人? この私が? 違うね、本当の悪というのは、ただ剣を抜くことができただけで王になってしまうこの国のことだよ」
「それで……王暗殺か」
「やはり聞いていたんじゃないか。 たがそんな君にも選択肢を与えてあげよう。 服従か、死か。 どうするかね」
「俺は別にあんたの敵になるつもりはなかったんだが、こうされたら、そういうわけにもいかないな」
「世迷言を。 なら、はじめから出て来なければ良かったじゃないか。 敵になるつもりがないなら、無関係に自分の部屋に閉じこもっていればいいじゃないか」
「それもそうだな……もしかしたら、揉め事が好きなのかもな」
「ふん。 私と君が似ていると言ったが、それは前言撤回させてもらおう」
彼は、剣を構えた。
その後ろで、レオンが拳を握る。
「そうだな。 俺たちはどこも似ていない」
勝手に心臓が高鳴る。
高揚感が肌に心地よい。
やはり、ゆっくりと休むなど、性に合わない。
俺は、こういうバイオレンスが好きなんだ。
「レオン。 下がっていろ」
その言葉とともに、距離を詰められる。
やや大きな魔剣に対して、距離が近い。
俺は、剣を警戒しながら、右の掌底を繰り出す。
そして、足を払われた。
他に手をつき、ダウンを拒否するが、掲げられた剣がまっすぐ振り下ろされた。
「あっぶねえ……」
ーー真剣白刃取り。
拝む形でその剣を防いだ。
間髪入れずに蹴りが来るが、剣ごとランスロットを投げ飛ばして未然に防ぐ。
「東洋にはそのような技があるらしいな。 君は忍びというやつかい?」
手に痛みが走る。
手のひらが黒く火傷をしていて、それの治りが異常に遅い。
痛みは火傷にしては鈍く、そして激しかった。
「その剣、なんだよ」
「これかい? これは、魔剣アロンダイトと言ってね、国宝だよ。 綺麗な光だろう」
黒く輝くその剣は、ランスロットの言葉でさらに輝きを増す。
俺は、白刃どりの際に鼓動で破壊を試みたが、それは壊れない。
「国宝ね。 いいものぶら下げやがって……奪ってやろうか」
「残念だが、時間切れだ。 またの機会があれば、よろしく頼むよ」
そう言って、剣の光を地に叩きつけ、ランスロットは大きく飛翔した。
その肩には、レオンがいる。
「時間切れって……ん?」
大きくたくさんの足音が響いた。
近づいてくる。 嫌な予感がする。
俺は、その場を一目散に離れた。
そこには、たくさんの兵士が駆け込んでいる。
「危ねえ。 捕まるところだった……ランスロットねえ。 なるほど、絶対許してやらねえ」
俺は、痛みの消えた拳を握り、今後の方針を定めた。




