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温泉に行くわよ

「温泉に行きましょう」


 その言葉は、唐突に現れた。

 団長が、対抗戦出場メンバーを集めたと思ったら、その一言を言い出したのだ。


「一体、どこからそんな予算が出るんですか?」


 フェローは、少し怖い雰囲気で返した。

 彼の性格上、財布を任される身として無駄金は……と言ったところだろう。


「ふふん。 このチケットを見なさい。 私とカガリの分もあるわよ……あと、1枚余るけどね」


 団長の手から8枚のチケットがゆらゆらと振られる。


「後一枚はどうするつもりだ?」


「差し支えなければメンレイちゃんに……って思ったけど、断られちゃった」


「なら、あいつがいいんじゃないか?」


 俺は、ドアを指差した。

 シロが何かに気がついたようにバシンに目配せをする。

 バシンはコクリと頷くと、ドアへ行き、勢いよく開けた。

 ーー尻餅をついたインヴィディア。

 盗み聞きしていたことについては、俺以外気がついていなかったようだ。


「なによ。 私だけ仲間はずれにされていたみたいだから」


 7大罪で自分だけ呼ばれていなかったことを気にしていたようだ。

 彼女は、ちょこちょこと歩き回り周りを見渡した後、ルクスの横にある空いている席に座った。


「バシン。 彼女にも茶を」


「了解です」


 バシンは、インヴィディアの方を嫌そうに見た後、それでもシロの命令だからと茶を淹れる。

 ティーカップを渡される時、インヴィディアは申し訳なさそうに頭を少し下げた。


「あー、そういえばシリュウ。 私まだご飯食べてないんだけど」


「その話はまたにしろ」


 ルクスはこちらを睨む。

 だが、彼女の顔に睨まれたところで、一切恐怖は感じない。

 ーー恐怖は。


「団長、俺たちが全員で温泉旅行ってのは悪くないが、ほかのギルメンに示しが付かんだろう」


「その点は大丈夫。 ほかでもない、みんなの頼みだから」


「みんなの……か。 なら、俺は残るからストちゃんあたりを連れて行ってやれ」


「だめよ? だって、彼女が行ってきてほしいって最初に言いだしたんだから」


「だが……」


「シリュウ、君の考えは立派だが、たまには言葉に甘えるのも必要だぞ。 特に君は頑張りすぎだ」


「シロ、そうか。 分かった、行くか」


 ただ、俺には一つ思ったことがある。

 それを、その場であえて口にすることはしなかったが。


「どうしたのよ。 シリュウ、なんかあるの?」


「いや、インヴィディア。 ここにいるメンツを見て何か思わないか?」


「ん? 7大罪が多いから、アウェーとか?」


「男女比がおかしい」


「あー。 あなた1人だもんね」


 何か、違和感を覚えたが、インヴィディアも茶を飲み干すとさっさと出て行ってしまったので、俺1人が残された。

 それを確かめることはできないまま、俺たちは、西洋諸国の温泉街のある、ユナイテッドキングダムに来てしまった。

 宿をとり、少しくつろぐ。

 かなり広い部屋であったが、狭く感じた。

 それは、同じ部屋に全員を集めてしまったからだ。


「普通男女で部屋を分けるとかしないのか?」


「それだと、あなた不公平じゃない。 あ、もちろん着替えるときは出てってね?」


 団長のその言葉は、少し辛辣だった。


「ユナイテッドキングダムねえ。 いい国だな」


「まぁ、唯一 私たちに反発してこない国だからな」


 7大罪をギルドに迎えるのは、西洋諸国では反発が多いらしい。

 特に勢力が強い、パリス芸術大国からは猛パッシングだということだ。

 逆にパリスと対抗しているここユナイテッドキングダムは俺たちを受け入れてくれる。


「さぁ、温泉に行くわよ!!」


 そう言って、みんなが早速出て行った。


「フェロー、俺たちも行くか」


「……そろそろ、誤解を解かないといけないと思っていたんですけど」


「ん? どうした」


「そうですね。 とりあえず、混浴に行きましょう」


「ほほう。 お前も好きだなあ」


「そうですね。 好きだから、こんな選択が出来てしまいます」


 フェローの目には覚悟が色が見えた。

 それほど、混浴における思いが強いのだろう。

 俺は、そう考えていた。

 だが、その予想は、裏切られてしまった。

 先に行っていてほしいと、なぜか脱衣所には先に入らされた。

 俺は、適当に着物を脱ぐと、先に身体を洗い浴槽に入る。


「ふぅ。 効くなあ」


 入浴をするのは、ギルドでもできるのだが、広い浴槽で、何か効能がありそうな高い温度の湯は、俺に快感をもたらす。

 骨までしみる、この気持ち良さ。

 気がつけば意識を手放しそうになる。


「……シリュウ。 他に誰かいますか?」


 湯気の向こうから声がする。

 フェローは、ほかの女体に期待をしていたのだろうが、残念ながら先客はいない。


「誰もいないぞ。 残念だったな」


 俺は、笑いながら伝えると、なぜかフェローは安堵したようにため息をつく。

 そして、湯気をかき分けて、俺に近づいてきた。


「いえ、好都合です」


 そう言った彼……もとい彼女には、ついているはずのものが付いていなかった。


「なんの冗談だ?」


「誤解を解くと言ったでしょう。 あまりジロジロと見られて嬉しいものではないですが」


 やせ細り、肉つきが悪いが、それでもその身体は女性のものだとわかった。

 何より、珍のものがついていない。

 たしかに、男かどうかを確かめることはしなかった。

 だが、女だと思ったことは1ミリもなかった。


「ま、まぁ入れよ」


 俺は動揺する。

 男とは現金なもので、女だとわかると途端に意識してしまう。

 中性的な見た目だと思っていたその顔が、恥じらいを見せるとそれが可愛く見えてくるから不思議だ。


「……失礼します」


 そもそも、彼女はなぜ、俺と風呂に入る選択肢をとったんだろうか。

 ただ、女だと伝えてくれればいいのに。

 俺は、先に言われた言葉を思い出す。


 --好きだから、こんな選択が……


 そんなことを思い出してしまっては風呂どころではない。

 唯一の男仲間だと思っていたら、こんなことになるなんて。


「……シリュウ、意外と冷静なんですね」


「いや、これでも動揺しているよ」


「僕は、魅力がないでしょうか?」


「いや、そんなことはない」


 返答が、無意識に淡白になる。

 なんて返したらいいかわからなくなる。

 言葉に正解を求めることなんて、これが初めてだ。

 自分が何を言ってあるのか、理解が遅れる。


「ま、まぁ。 僕はこの通り、貧相ですからね……もう出ます」


 俺は、このままでは傷つけてしまうと思い、立ち上がった彼女の肩を持つ。

 彼女は目を潤ませながら振り返った。

 そして、お互いに視線が落ちていく。


「お前は、魅力的だって……」


 俺は、言葉が続かなかった。

 だが、それが正しかったと思う。


「えぇ。 そのように、見てくれてたみたいですね」


 フェローの視線の先には、息子がいた。

 自己主張の激しい、息子であった。


「ええと、なんか……すまん」


「いえ、その。 また、日が落ちたら……」


 日が落ちたらなんだよ。

 あぁ、もう。

 辛抱たまらないとはまさにこのことだ。


「あがるのか?」


「えぇ。 シリュウもでるなら、少ししてからにしてくださいね」


 そう言って、彼女は風呂を後にした。

 残された俺は、一人で悶々としていた。

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