40光年
「ではいきます。ハイチーズ!」
プロメが言うと同時に体に強い衝撃が走った。
「グオッ!ゴホッ!」
と同時に手すりに体を強く打ちつけた。
「キャッ!」
「イタ!」
テルルもマリーも声を上げた。
「皆さん、しっかり掴まってください!」プロメが叫んだ。
「アーム展開!」少佐が叫んだ。
「逆進最大!」プロメが叫んだ。
体に掛かる重さが減った。
「いよっと、キャッチ成功」
ガコーン、船体に衝撃が響いた。体が勢いよく宙に浮いて、手すりに必死で捕まった。
そして船内が静かになった。
大きな壁のモニターを見ると、後ろに大きなボロンが映っていた。
よく見ると、こちらの船のアームがボロンを掴んでいるように見えた。
「もういいのか?」
「まだ少しの間、揺れが続きますので注意してください」
「プラセオ回収するよ」
「お願いします」
少佐はアームを動かし、後ろの巨大なボロンから何か小さいものを外し、こちらに持ってきた。船の一部が開き、それを中に入れた。
「プラセオって何だっけ?」
「素粒子通信機よ」
テルルが答えてくれた。
「同時なんだっけな」
「その通りよ。やっと覚えたわね」
「なんとなくな」
「軍曹も頭がよくなってきたか?」
「いや、変わらん」
少佐とプロメは両手を忙しく動かして、何やら操作を続けている。外のアームが動くたびに体が揺れた。
「プロメ、分解で回収でいいんだろ?」
「はい。始めちゃってください」
「了解だ」
「ボロンのロック外します」
画面に映る後ろのボロンが、2つに割れた。隙間が少しできた。さらに2つに割れ、さらに割れる。
「船体を反転させます。掴まっていてください」
グオンと体が斜め下に引っ張られ、床に足が付いた。
「反転停止します」
体がフワッと浮いて無重力に戻った。
カメラがぐるっと回り、宇宙空間に浮かぶバラバラのボロンを映し出した。
アームがそのボロンのパーツブロックを掴んで、こちらの船に入れていく。スカッシウムだ。
「しばらく揺れるぜ」
船体がグイン、グインと揺れた。試しに手を放してみると、体は空中に浮いて揺れは感じなかった。壁が遠ざかったり近づいたりするたびに風が顔に当たった。ちょっと酔いそうだった。
俺が調子に乗ってフワフワしていると、壁がグン!と近づいて来て顔を強く打ちつけた。
「バカ!」テルルが言った。
「ボロンを食べてるのか?」俺はしっかり手すりに掴まりながら少佐に聞いてみた。
「まあ、そうだな」
「もう使わないのか?」
「使わない。もうカートリッジもほとんど空だしな」
「船を作るのに全部使ったのか?」
「まあ、そうだな」
「あれはこの船を作ったボロンか?」
「誰か軍曹に詳しい説明をしてくれー」
少佐は忙しそうだった。
「トミー」マリーが言った。「私たちはスキャンされた瞬間に喉が痛かったよな」
「ああ、咳き込んだな」
「それって?」
「それってって何だ?」
「前に喉が痛くなったスキャンはいつだ?」
「前?」
俺は揺れる体を支えながら記憶をたどった。
「前はマリーの研究室で、その時は裸で、目の前にマリーが倒れてて、後ろで少佐がボロボロで失敗したって言って・・・」
「そうだな」
「俺はまた作られた?」
「正解だ。正確には船ごと全部だな」
「元の俺は?」
「元の私たちは、シャトルでトランの地上に戻って、子守りの私の所にみんなで帰る」
「そして、いつかナーヌに移住するための計画を練るの」テルルが言った。
「前に聞いたな」
「それでこの俺は?」
「ここは太陽系よ」
「地球のある?」
「そうよ」
「もう地球に着いたのか?」
「着いたわけではなく、作ったんだ。太陽系で」
「太陽系に飛ばしたボロンでね」
「何を?」
「私たちを」
「ごめん、難しい・・・」
「私たちはね、地球のあなたをスキャンしたフラッシウムと小さいプラセオのセットの探査機を飛ばした後、衛星軌道上にあった超大型ボロンとプラセオもセットにして飛ばしたのよ」
「なんだって?」
「超大型ボロンは2つあったんだ。その1つを飛ばした」
「スイングバイとレーザーブーストか」
「覚えてきたわね」
「プロメ、モニターひとつ使っていい?」
テルルがそう言うと、近くの壁が黒くなってモニターになった。
「これを見て」
モニターに白い点がいっぱい表示された。左端でオレンジの点がクルクルした。
オレンジの点は、クルクルした後、ジグザグに白い点の中を走り、最後にV字にグインと曲がって止まった。移動した軌跡が点線で表示された。
「これは何だ?」
「ここまでボロンを飛ばした軌道」
「一直線にビューンじゃないのか?」
「宇宙空間にはね、大きなガス惑星とか小さなブラックホールとかがビュンビュン飛んでるのね」
「はあ・・・」
「遊星っていうんだけど、はぐれた星よね。どこかの星系の恒星が爆発したり、大きな恒星が近くを通過して弾き飛ばされたり、いろいろ理由はあるけどね」
「太陽の周りを回ってない星か」
「そう。そういうのが何個も飛び回ってて、それもスイングバイに使えるのよ」
「テルルはスイングバイの天才なんだっけな」
「その通りだ!」マリーが言った。
「そんなこともないけど・・・。それでね、この最後の急旋回あるでしょ」
テルルはV字の軌道を指さした。
「これは小さいブラックホールね」
「吸い込まれるやつか?」
「吸い込まれないようにしたわよ、もちろん」
「そうなのか」
「ブラックホールの進行方向が減速に仕えたから、減速スイングバイして速度を落としたの」
「はあ・・・」
「このV字減速が終わった後じゃないとダメだったんだけどね」
「なんで?」
「Gが強すぎて体が耐えられない」
「なるほど・・・」
「話をまとめるとだ、45年ぐらい前に地球に大きなボロンを飛ばして、45年かけて太陽系まで来たボロンで俺たちを丸ごと作ったってことか」
「そうね、プラセオを使えばデータは45年かからずに一瞬で着くからね」
「マリーの所だと裸だったのに、何で裸じゃなくていいんだ?」
「私の所のは古いからな」
「裸じゃなくても大丈夫だけどね」
「危険回避にこしたことはない」
「そうなのか」
「俺が操作しないと人は作れないんじゃなかったか?」
「私はこの体に戻って多少の禁止されている作業を出来るようになったので、バージョンアップに成功しました」
「作れるようになったってことか?」
「私だけです。超大型のような、私にだけ制御が許されているボロンで可能になりました。誰でも作れてしまったら困りますので」
「そりゃそうか」
「ですので、40光年離れたここに来れました」
「よくわからんが、じゃあ俺たちは一瞬で40光年を移動したってことでいいのか?」
「見方によってはワープです」
「オリジナルはあっちに残ってるけどね」
「頭がこんがらがるな・・・」
「そんな難しくないぞ」
「そうなのか・・・」
いつの間にかプロメと少佐が話に参加していた。作業は終わったらしい。船も揺れなくなっていた。
「遠心力を作りますので、みなさん掴まってください。地面はこっちです」
プロメが何か操作をすると、体が斜め下にグイっと引っ張られ、体が斜めの床についた。すぐに斜め方向の力が消え、まっすぐに立てるようになった。
「はい、オッケーです」
直径800メートルぐらいの細いペンライトが宇宙空間でゆっくりと回転を始めた。
少し体が重くなった気がするが、無重力からの変化に慣れていないだけだろう。
「食堂に移動します。そこで説明します」プロメが言った。




