無重力
「体を固定しているベルトはまだ外さないでくださいね」
プロメは宇宙船を操作し、パシュッ!パシュッ!と船内に音が響いた。その度に体が左右に大きく揺れた。
「すごかったわね」
横のテルルを見ると、汗に濡れた髪の毛が空中で踊っていた。
少佐がガチャガチャとベルトを外し、フワフワと浮く体を俺たちの横の壁まで滑らせた。壁の収納扉に着くと、扉をひとつ開けた。中には帽子が入っていた。
「これを被ってくれ、髪の毛が機械に悪戯する危険性を減らすからな。みんなボサボサだぞ」
少佐が笑いながら白い帽子をみんなに向かって飛ばした。帽子はクルクルと空中を滑った。
「ベルトを外していいです。でも手すりにつかまって慎重に動いてくださいね」
プロメからの許しが出て、俺たちはベルトを外した。体が宙に浮いた。
「おお、無重力だ!」
俺はフワフワする体に感動しながら手すりにつかまった。
「地球人って、いえ、違うわね、日本語って、この状態を無重力って言うわよね」
テルルが手すりにつかまりながら俺に言ってきた。
「無重力だろ?」
「これって、重力が無いわけではないのよね」
「無いだろ?」
「今の私達って、すっごい速さでトランをグルグル周ってる軌道にいるわけ」
「はあ・・・」
「逆噴射して減速したら落ちちゃうわけ」
「はあ・・・」
「下方向に引っ張る重力と上方向に行こうとする遠心力が釣り合いが取れている状態なわけよ」
「全然わからん」
「無重力に変わる言葉って無いのかしら」
「英語だとゼログラビティーかウエイトレスネスかな?」少佐が口を挟んだ。
「ゼログラビティーっていいわね」テルルが手すりを一瞬放して手を叩いた。
「違いが分からん」
「プラスの力とマイナスの力はあるけど、プラマイゼロで重力が相殺されてるって意味が含まれているわ」
「やっぱり違いが分からん」
「無ではないってことよ」
「見えてきましたよ」プロメが言った。
窓の外を見ると、真っ暗な星空の中に白っぽい何かが浮かんでいるのが見えた。
白と灰色で出来た、横に細長い何か小さいのが浮かんでいた。それがほんの少しづつ大きくなっているような気がした。
「あの小さいのは何だ?」
「軍曹、あれはな、小さくないんだ」
「ずいぶんと小さく見えるが・・・」
「宇宙空間では空気が無いからな、物がくっきりと見えるんだ。距離に関係なく、くっきりと見える」
「遠いのか?」
「そうだ。遠いから小さく見える」
「俺にはアレが、懐中電灯に見えるんだが・・・」
「あはははは」少佐が大声で笑った。
白っぽい宇宙空間に浮かぶそれは、太陽の光を反射して白く見えているだけだった。徐々に近づいてみると、ガンメタリックのような暗めの灰色をしていた。
形は、アメリカのドラマなどで軍隊や警察が持っている、柄の長いライトのような形だった。片側が大きく膨らみ、反対側が小さく膨らみ、真ん中のグリップとの間に深めの溝があり、グリップ部分には横線のような出っ張りが何本も見えた。最近よく見るようになったかっこいい懐中電灯だ。
その懐中電灯の後ろには、小さな石ころが4個浮いていた。
「あの懐中電灯は、レーザー兵器か何かなのか?」
「あれが世界最大のボロンです」プロメが言った。
「やっぱり小さく見えるが」
「あれの端から端までの長さは、1200メートルです」
「1200・・・1200ミリではなく?」
「1.2キロです」
「まじか・・・」
「あれが懐中電灯だとして、左側のライトの部分、大きいほうの膨らみがボロン。真ん中が元素カートリッジ。右側の小さな膨らみがスカッシウムです」
「全長を言われてもまったく大きく見えない。さっきより少し大きくなったか?」
「近づいて行ってるからな」
マリーもテルルも、俺と並んで手すりを掴みながら、それを珍しそうに見ていた。
「捕まっててくださいね」
プロメがそう言うと、シャトルはプシューと長く逆噴射した。俺は引っ張られる体を手すりにつかまって必死に抑えた。
大きくなり続けていた懐中電灯の巨大化が止まった。
長い蒸気機関車が100メートルぐらい遠くにある、ぐらいには大きく見えるようになった。
「それで、これからどうするんだ?」
「ストルン、出番です」プロメが言い、ストルンが操縦席に座った。
操縦席に座る2人の帽子モコソがパカパカと数か所開き、中がチカチカと光りはじめた。2人は手を広げ、空中で何かを操作し始めた。
「アーム展開開始」
プロメが言うと、懐中電灯のグリップ部分にある横線の出っ張りが胴体から立ち上がった。
真ん中のグリップ部分から、傘の骨のような細い棒が右に8本、左に8本、ゆっくりと立ち上がった。
立ち上がったそれは折りたたまれていて、クイックイッとさらに3倍に伸びた。そこに関節が生まれ、長いアームが宇宙空間に長く伸びた。
懐中電灯の右側には大きな石が4個浮かんでいた。
「小惑星、動かします」
「了解、いつでもいいよ」
一番近い石が懐中電灯に向かってゆっくり動いた。石には小さな機械の、虫のような足の長いのが張り付いていて、そこから白い霧が吹きだされていた。
飛んできた石を懐中電灯のアームがキャッチする。
そのキャッチした石を、アームは懐中電灯の柄の部分に押し込んでいく。押し込まれる部分がスカッシウムなのだろう。底なし沼のような黒い膜があるんだろう。ここからでは膜は見えなかった。
よく見ると懐中電灯の数か所からも白い気体がシュッシュッと吹き出している。アームが動くたびに気体は吹き出し、懐中電灯の姿勢を保っているようだった。
石が順番に4つ押し込まれていって、全てが懐中電灯に吸い込まれた。
石を持っていた虫のような足のある作業機械は、懐中電灯の前に回って4個並んでいた。
「プロメ、全部取り込み終了!」
「了解、カートリッジ問題無し」
「いくか!」
「アーム準備」
「いつでもこい」
「姿勢制御スラスター、前進で全開」
懐中電灯の後ろの部分から白い気体が吐き出され、懐中電灯は前に動き出した。
「作成開始!」
懐中電灯の前から何か黒っぽいのが顔を出した。黒いそれは一気にギュン!と吐き出された。
それは一回り細くて長い懐中電灯だった。
吐き出されると同時に、大きな懐中電灯は反動で後ろに下がった。と同時に前の長いアームが吐き出されたのをキャッチして力を相殺し、2つの懐中電灯は宇宙空間で停止した。
スラスターが少しシュパシュパ出た。
親の懐中電灯が単一電池が2本入りそうな形なら、吐き出された懐中電灯は単三が2本入りそうな細さだった。




