感情
プロメリの体ってのは、ほとんどが脳なんだ。
内臓も筋肉も骨もなく、目と耳と手足と、電力を蓄える素材で作られてる。
あの体は全て電気信号で動き、それは肉体も同じなんだが、体全てが脳の働きをしているんだ。
だけどな、あの体になって思い知った。
人の心ってのは、肉体が作ってるんだってな。
ドキドキしたりワクワクしたり、ソワソワしたりムラムラしたりな。それは全て、肉体の反応が脳に影響を与えてる。
脳が命令を出してるわけじゃないんだ。
人の暴力性だとか恋愛感情だとかを、DNAを書き換えて消していって、私たちは最後にとどめを刺してしまったんだ。
残ったのは脳の思考力だけだ。
でもな、ほとんどの大衆は脳なんか使っちゃいないんだ。体が作る感情で生きてるのさ。
私はその感情を奪っちまった。
そしてね、ジルコンが作る仮想世界に入ると、仮想だが自分の肉体があるんだよ。
そしてそこには、自分の体からフィードバックされる快楽があるんだ。
そりゃみんな戻ってこないさ。こんな体の現実世界にはね。
私とプロメは何とか肉体に戻る方法を探したけど、見つからなかった。
長い長い間、突破口を探したけど、そんなものはどこにも無かったのさ。絶望したね。絶望して何かを思いついて、失敗してまた絶望した。
そんな時、テルルから連絡が来た。惑星探査機のひとつが奇妙な電波をキャッチしたってさ。
テルルはスイングバイの天才だ。絶妙なスイングバイで惑星探査機を飛ばす。そこには計算では出せないコツみたいのがあるんだろうな。スピードが違うんだ。
「惑星探査機って何だ?」
「私たちはさ、大昔にニオンって故郷の星を逃げ出したって話は聞いてるね」
「ああ、前にテルルから聞いた」
「ニオンは今は住めない灼熱の星になっています。高温高圧で生物は生息不可能です」プロメが言った。
「温暖化暴走なんだっけ?」
「ネットの情報によれば、太陽系の金星も同じ状況になっています」
「そうなのか?」
「もしかしたら地球人も、元々は金星人で、私たちみたいに逃げ出して、地球で最初から文明を作りなおしたのかもしれません」
「マジかよ」
「憶測です」
「私たちは、この星がダメになった時のために移住先の星を常に探してたの」テルルが言った。
「前みたいに逃げ出す時のことを考えてか」
「そうね。天文台をたくさん作って、宇宙にも望遠鏡をいくつも上げて、キリアみたいな小さな太陽、地球では赤色矮星って呼ぶけど、そんな小さな恒星の周りを回る惑星を探して、見つけるとそこに探査機を飛ばしたの」
「遠いんだろ、時間かかりそうだな」
「私たちの星系は、地球よりもスイングバイがしやすいって前に話したわよね」
「ああ、スイングバイしほうだいなんだっけな」
「そう。惑星が多くて距離も近いから、短時間にスイングバイを何回もできる。限界までスピードを上げられる。そしてさらにレーザーで押す」
「レーザー・・・」
「衛星軌道上には防衛衛星がたくさんあるから、出力を調整してね、弱く当てるの」
「前にも聞いたけど、よく分からんな」
「探査機は地球よりも気軽にすごい速さで飛ばせるのよ」
「その探査機が地球の電波を拾った?」
「地球の近く、そうね、地球から4光年ぐらいの所を通りかかった探査機が、雑音電波を拾ったって報告してきた。それはテレビ電波だった。私は宇宙望遠鏡の権限を持ってるプロメにお願いして望遠鏡を地球に向けた。そして私たちは地球を発見したの」
「それで地球のテレビを見たのか」
「初めはラジオだったけどね、信じられなかった。恒星は大きくて強い紫外線を発するタイプだし、地球と太陽の距離は離れすぎてて、惑星は自転しちゃってるはずだし、クルクルと太陽の当たる場所が変わる星で知的生命なんてって思った」
「そんなに変か?」
「でもね、探査機が送ってくるテレビの映像を見たら、人類がそんな惑星の上で生活してるって分かった」
「そりゃな」
「探査機が送ってくる地球のテレビは1965年って言ってた。トランでキャッチしたラジオは1929年って言ってた」
「あーまた難しいのが出てきたな・・・」
「頭がこんがらがる?」
「でもそんな昔か、テレビ放送って何年からなんだろう」
「探査機がプラセオを使って送ってくる1965年のカラーテレビの映像で、地球人が私たちと外見が変わらないって分かって、髪の毛が赤くないって知った時はショックだったけどね」
「その赤はキレイだよな」
「地球の公転周期で1年を計算して、この星との距離を計算に入れると、1929年のラジオ電波をキャッチした時の地球は1969年ってことになるのね」
「何だって?」
「電波が届くまでに40年かかるから、1929年の電波がトランに届いたってことは地球は1969年なのよ!」
「お、おう・・・」
「私はそれを急いでプロメとマリーに教えたの」
「私はさ、やったって思ったんだ」マリーがガッツポーズをした。「この地球人をこの星に連れてくることが出来れば、肉体を作る操作が出来る。過去の自分を作ることが出来るってね」
「過去の自分?」
「スキャンした時の自分だな。プロメとテルルとマリーと長い時間話し合って、今回の計画を思いついた」
「でもそれじゃあ・・・」
「今の自分が過去の自分の脳を乗っ取るのは、プロメが後から考えたんだ。装置を乗せた探査機が地球に着くまで45年あったからね」
「フラッシウムとプラセオを組み合わせた大気圏突入可能で大気圏内でも多少飛行可能な探査機を地球に送って、地球人をフラッシウムで一人スキャンして、そのデータをプラセオでトランに送る」プロメが専門用語を並べ立てた。「プラセオを乗せているので多少のリアルタイム操作や計画変更は可能です」
「そのデータを基に地球人をトランで作る」マリーが言った。「だけどこれは、少しだけ失敗の可能性があったんだ。地球人のDNAがトラン人と同じなら人体作成のセキュリティーに引っかかる。そしたら私たちは作ることが出来なかった。でもね、いい感じにDNAが違ったんだ」
「軍曹は見事に作れたって事だな!」
ずっと黙って聞いていた少佐が話を締めた。




