黒いの
俺はダイニングテーブルのイスに座り、女性陣のシャワーが終わるのを待っていた。
壁には写真が沢山貼られていて、俺はその写真を眺めて時間を潰した。
写真には多くの髪の赤いトラン人が笑顔で写っていた。この天文台の昔の研究者だろう。
「ニホンジンカ?」
足元に黒いフィギュアがいた。
「うお!!」
俺は完全に気を抜いていた。この建物には俺たちしか居ないと思い込んでいた。
いきなりのご登場に心臓が止まりそうになった。
「こ、こんにちは」
「コンニチハ」
「ここの人?」
「ソウダ」
「えっと、プロメは今、シャワー浴びてます」
「シャワー!!」
「はい・・・」
「プロメはタンパク質の体にモドレタノカ」
「タンパク質?」
「タンパク質とカルシウムと水と・・・リント鉄ト」
「ああ、えっと、肉の体に戻りました」
「ソウカソウカ」
ガチャリと廊下の向こうで音がして、女性陣がシャワーから出てきた。
みんな楽な格好に着替えている。少佐の後ろにプロメが見えたから黒いのに教えようと下を見ると、黒いのは居なくなっていた。
俺は黒いのを探してキョロキョロと部屋を見まわし、机の下をのぞき込んだ。
「どうしたの?」テルルが聞いてきた。
「あれ?」
「なんなの?」
「いや、黒いのが今・・・」
「黒いのって何よ」
「鉄の体の・・・」
「ここって誰かいるの?」
テルルがプロメに聞いた。
「いる」
「教えといてよ」
「上の研究室から出てこないと思ってた」
「どっか行ったけど、今1人来たぜ」
俺はもう1回テーブルの下を覗き込んだ。黒いのはいなかった。
「いいからシャワー浴びて来い!」マリーに叱られた。
俺は素直にシャワーを浴びた。
この星には風呂は無いんだろうか、温泉とか無いんだろうか、あとで聞いてみよう。そんなことを考えながらシャワーを浴びていると・・・
「男ノ地球人ダナ」
天井の換気用の格子のフタが開き、黒いのが逆さまに頭を出していた。
「見るな」
「減るモノデハナイ」
「何か用か?」
「実験ダ、男ノ裸ヲ見テ、ドキドキするかノナ」
「ドキドキしたかよ」
「ダメダナ、股間、見テモ、ドキドキシナイ」
「そりゃ残念だ」
「残念ダ、早ク出ロ、ミンナ、待ッテル」
バタン!天井のフタが閉まり、黒いのは消えた。
俺はゆっくりシャワーを浴び、ゆっくり出た。
ダイニングに戻ると、テーブルの上に黒いのが3人いた。テーブルを囲むイスに女性陣が座り、トラン語で盛り上がっていた。
俺が出てきたのに気づいてテルルが手招きした。
「シャワー覗かれてたわよ」
「知ってる。話したし」
「男ノ体ニドキドキしないノカ、地球人ダカラドキドキしないノカ」
黒いのの1人がテーブルの上で首を傾げた。
「その体は性別が無いからな」マリーがテーブルの上の3人を見ながら言った。「ドキドキするって現象は、脳ではなく体に付随する現象なんだ」
「モウ、ドキドキハ、トリモドセナイノカ」
「すまない」マリーが頭を下げた。
「アヤマル必要ナイ」
「私とプロメが作った体だ。責任は感じている」
テーブルの上に黒いのが3人並んで話していたが、誰が誰なのかまったく判別できなかった。
「アナタ達ノセイデハナイ、ソレニ、感謝シテイル」
「天文学者トシテ、コノ体ハ、サイコー」
「そう言ってもらうと助かる」
「なんで天文学者だとサイコーなんだ?」
「宇宙のタームスケールト、人ノ体ノタイムスケールは違いスギル」
「コノ体ナラ、少しハ長ク観測デキル」
「少しは長くって、永遠の体じゃないのか?」前に死なないって聞いた気がする。
「おそらく、私たちの銀河が1周するぐらいの時間です」開発者のプロメが答えた。
「銀河が1周?」
「銀河もまわってます」
「1周って何年で1周する?」
「地球の年に直すと、2億年ぐらいですね」
「2億年・・・」
「ゼンゼン足リナイ、100億年、ホシイ」
「そのうち方法を思いつくかもしれません。2億年時間があれば」
プロメが立ち上がって棚の引き出しからリボンを3色取り出して、彼ら3人の腰に巻いた。赤、青、緑のリボンだった。
「すみません、体内にモコソが無いので判別が難しくなりました」
モコソゴーグルで見ると判別できるらしいが、今は風呂上がりで俺とテルルとマリーはモコソを外していた。プロメと少佐は机の上に大きな帽子を置いていた。
俺の部屋は1番手前だ。俺は立ち上がってモコソを付けて戻った。3人の上に名前が表示されていた。
「色で呼ンデイイ、名前ナンテ、何デモイイ」緑が言った。
「モット大切なモノが、アルカラナ」赤が言った。
「ミンナ、ユックリ、スルトイイ」青が言った。
少佐が帽子を頭に乗せて立ち上がった。
「みんな、お任せでいいか?」
少佐はキッチンの横にある小さなボロンを操作して、5人分の料理を出した。プロメがテーブルまで運んでくれた。
俺たちは久しぶりの暖かい料理を食べた。
「食べたら眠りましょう。ここのボロンは好きに使ってください」
「スカッシウムはあそこな」
少佐が部屋の片隅を指さした。ゴミ箱の事だ。
食事が始まると、3人はどこかに消えた。
食欲を捨てた体だと、他人が食事しているのを見るのは複雑な気持ちなのかもしれない。
「料理を作ったりはしないのか?」
俺は暖かい料理を食べながら隣のテルルに聞いてみた。
「うーん、食材をボロンで出して、調理することは可能だけど、上手な料理人の熱々の出来立てが出てくるのに、料理する意味ってあるのかしら」
「そうか」
「どうしても手料理が食べたいって言うなら作るけど、あまり美味しくないわよ」
「うん、無理しなくていい・・・」
料理は愛情って言葉があるけど、俺は昔からその言葉を信じていなかった。料理は愛情では美味しくならない。経験則だ。
俺たちは食事が終わると、各自の部屋で休んだ。
プラネタリウム以来の眠りだった。プラネタリウムは緊張感があったし、途中で叩き起こされた。
ベッドで寝るのは、病院のベッド以来だ。スキャン前の38時間はベッドでドラマを見ながらゴロゴロ過ごしたのを思い出した。
ずいぶんと遠くに来たらしい。ここは夜の側の真ん中あたりらしい。
あの病院は太陽が沈むギリギリだったから、昼と夜の境目ぐらいだ。
夜の中心ってことは地球を4分の1移動したって事だ。
俺は地球の世界地図を頭の中に思い描いたが、日本から4分の1移動した所がどこなのか、良く分からなかった。




