マリー
カプセルの中には赤い髪の裸の女がいた。
赤い髪は短く、少し暗めの赤に見える。顔はすごく美人だが、テルルより濃い印象だ。
背はテルルと同じぐらいなんだが、テルルよりも全体的に大きい。細身のマネキンみたいなテルルと違って、筋肉が引き締まり鍛え上げられている感じがする。胸だけが柔らかい脂肪をたっぷりと蓄えている。
女は大きく口を開けて息を吸い込んだ。
「うぉぐぁ、ごほごほごほっ、グホッ!グホッ!」
女が声を出した。テルルの時と同じだが、テルルよりも豪快だ。しかし相当苦しいらしく、女は床に手をついてゴホゴホいいながら呼吸を整えている。
「ねえ」
テルルが横のカプセルを操作しながら女に話しかけるが、女はそれどころではないらしい。
やがて女の咳が止まった。テルルが「ねえ」と再度声をかけると、女はものすごい勢いで立ち上がった。短めの赤い髪がブワッと重力に逆らった。
女は立ち上がり、目の前の俺を睨んだ。目もキリっとしていて正面から見ると実に整った顔をしている。女はペタペタと裸の足で俺の所まで歩いて来て、いきなり力強く俺を抱きしめた。
「ありがとう!」
女は大声で言った。あまりにも力が強すぎて、俺は返事もできなかった。
「ちょっと!」
テルルが後ろで怒鳴った。女は俺を抱きしめたまま振り向いてテルルを見た。腕の力が少し弱まった。
「服!」
テルルが呆れながら言った。女はやっと俺を解放してくれた。
「ああ、悪いね、忘れてた」
「ここの、私には動かせない」
「作らなくていい、この日のために準備してあるんだ」
女が壁のスイッチを押すと部屋の一部が開き、大きなクローゼットが現れた。
「あっち向いてなさいよ!」
女は俺に裸を見られるのを何とも思っていないようだったが、テルルが許してくれなかった。
女が着替えている間、俺は壁のディスプレイに映った日本のテレビを見て待った。地球では朝7時36分だった。
「私の名前はマリーだ。マリー・クロム」
「富沢です。テルルはトミって呼んでます」
「トミーか、私はマリーでいい」
俺が振り向くとマリーはメガネをかけていた。黒縁のメガネでガラスに何かが表示されてるようだった。モコソなのだろう。視界に情報が表示される。
マリーは胸の形のよくわかる白黒のボーダーのシャツに紺の短めのタイトスカートという服装だった。引き締まった足がスカートから伸びている。そして上に白衣を羽織っていた。
「強そうだろ?」
マリーは服を俺に見せて言った。地球のドラマを見て服を作ったのかもしれない。強そうな女医の。
「そうですね」
俺は答えた。たぶんこの人はどんな服を着ようと、強そうに見えるだろうと心の中で思った。
「カロリーを取らなければいけないんだ、何か食べよう」
「私たちも保存食ばっかりだったのよ。暖かいものが食べたいわ」
「上に上がるんですか?」
テルルの所のラウンジを思い出した。テルルは食堂と呼んでいた。
「いや、このフロアにもあるんだ。すぐ近くだ」
「食堂ですか?」
「どちらかというと、ファミレスだな」
「ファミレス?」
部屋を出て廊下を歩き、2つ角を曲がるとファミレスがあった。
入り口近くに大きめなドリンクバーがあり、イスとテーブルの形もファミレスだった。
ドリンクバーのようなコーナーには大きな取り出し口があり、ボタンを押すと全ての料理がそこから出てきた。ただメニューを選ぶのはモコソゴーグルを掛けなければならなかった。そうすると空中にメニューが見えた。
旅の途中でテルルがモコソの改良をしてくれていた。全ての料理の名前がカタカナで表示されたが、名前が読めても何の料理かは分からなかった。
フランス料理に行ったって良く分からない名前の料理を注文するのだ。たいして変わらない。最初に行ったラウンジのイラスト付きのボタンが恋しかった。
俺はテルルに少しアドバイスをもらって肉料理とサラダと暖かい紅茶のようなものを頼み、それを食べることにした。
マリーという女性はよく食べた。
最初はゆっくりと食べ、徐々に加速していった。
食べながらマリーはテルルに旅の思い出を聞いた。テルルは俺との小さなエピソードを色々話し、俺は2人に何回も笑われた。
マリーはよく笑った。この体に戻ったのを満喫しているようだった。
その辺の理由はテルルは旅の途中では話してくれなかった。




