登場
香織ちゃんが指さした方向を見ると、駐車場の入り口、国道との境目の歩道の低くなっているところにポツンと大きめの木のテーブルがあった。
コンビニから30メートルほどだろうか。横には電柱があって、電柱に取り付けられた街灯がテーブルを照らしていた。
大きめなテーブルは車の出入りを防止するかの如く置いてある。このコンビニは出入り禁止だという意味だろうか。よく見ると背もたれの無い椅子らしきものも並んでいる。
「なんだ?さっきは無かったぜあんなの。俺のバイクは通れるけど社長のは出れねえな」
「どうせ出ることなんてないからいい。国道は壁で封鎖されてるし、どこへ行くっていうんだ? 問題はそこじゃないな。」
「そうですね、間違いなくさっきは無かった。壁を調べに行ったときにあそこを通りましたからね」
壁を調べに行ったときは何も気にせずにあの場所を歩いた。その時は何もなかった・・・と思う。
電気が通っているのを考えたときにあの街灯を見上げた気がする。そしてヤンキーの藤野が壁を叩いて、オタクのモーリーと壁の調査に行った。そして香織ちゃんがトイレに行くと言ってコンビニに戻った。
社長と俺はのんびり歩いてコンビニに戻った。戻るときにもあのポイントを歩いて戻った。
何もなかったはずの場所に突然現れた謎の机。封鎖された広い空間は、遠くから常に聞こえていた雑踏の音が消え、ウソのような静けさに包まれている。風もない。
モニタリング的なドッキリのテレビクルーが出てくるんじゃないかと少しだけ考えたが、その考えはすぐに自分の中で却下された。怖い何かが出てきたら俺たちはどうすればいいんだろうか。謎のテーブルを見ながらグルグルと頭を回転させたが回答が出てこない。出てこないまま数歩だけテーブルとの距離を詰めた。電柱の影が少し揺れた気がした。
「誰かいるのか!」
静けさに包まれたその空間で、10メートルほど離れた机に向かって俺は叫んでみた。
「正解だ、こんばんは!」
予想外と言えばいいのか何といえばいいのか、俺の声に答えが返ってきた。
それは男の声だった。
机の横、電柱の陰になっている暗闇から男がひとり、街灯の光の下に出てきた。
男は白いTシャツの上に赤と黒のチェックの服を羽織っていて、くたびれたジーンズを履いていた。くるぶしまでを隠すゴツい靴に、登山用のような大きなリュックを手に持っていた。
男は手に持った大きなリュックを机にドスンと置いた。いかにも重そうだ。
「ちょっと君たちに話があるんだ。こっちに集まってもらってもいいかな!」
男は手招きして大きな声でそう言った。
「何なんでしょうか、怖い人でしょうか?」香織ちゃんが怯えて言った。
「い、いくしかないんでしょうか」
「いざとなったらオレにまかせろ」
藤野が自分のバイクの後ろにくくりつけたスパナを手に取った。
さすが国家権力と闘ってる人は違うねーとか絶対言わない俺は、見て見ぬふりをしたが、香織ちゃんとモーリーには効果があったようで、二人は藤野の後ろに隠れるような位置に移動した。
「それ、なるべく使わないでくださいね、行ってみましょう」
行ってみましょうは社長に言った言葉だった。
「そうだね、何か知ってそうだね」
俺と社長を先頭にして俺たちは男の待つテーブルまで歩いた。それを男は椅子に腰かけて待っていた。
「で、なんなんですかね、この状況は」
テーブルまで来ると俺は座っている男に聞いてみた。
近づくと男の顔がよく見えた。歳は30台中盤から40代前半だろうか、引き締まった体をしていた。
「君たちにちょっと協力してもらいたくてね、とりあえず5人」
「とりあえず5人ってどういう意味ですか?」俺は聞いた。
「まあ、座ってくれ。ちょっと長い話になる。それに・・・」
「それに?」
「いや、話の順番ってものがある。順番に話させてくれないかな」
「これがここだけの事象で、世界が正常に平和に動いているのなら、この壁の外は大パニックになっていたりしないかい?」社長が言った。「それにこちらにも予定がある。家に帰って寝てまた仕事に行かないといけないんだ」
「それについては・・・心配ない。というか、外の時間は止まっている、ぐらいに考えてくれないだろうか。時間のこと、明日の予定のことをしばらく気にしてほしくないんだ」
「それだと、外の時間は止まってはいない、と言っているように聞こえますが」俺は男に言った。
男は話が下手なのか、それとも嘘がつけないのか、どっちにしろ悪い人ではない気がした。
「自己紹介がまだだった。俺は富沢フミハルという。登山家で写真家で、いろいろな山に登って写真を撮って食っていた。食えないことも多くて肉体労働のバイトもいろいろした。一般的なサラリーマンではないが、悪い印象は持たないでほしい」富沢は言った。「では君から自己紹介をお願いしてもいいかな?」
富沢と名乗った男は一番端に座った俺に手のひらを向けた。富沢の座っている反対側に俺たちは座っている。
左から俺、社長、藤野、モーリー、詩織ちゃんの順番だ。詩織ちゃんはお姫様席だ。長いテーブルの上座に座っている。
「岩崎純、コンビニ店員。夜勤は6時まで。6時になったら帰りたい」
「穴澤正俊、システム系の小さな会社をやってる。明日の昼までに出社したいんだ、ちっと大切なミーティングがある」
「オレは藤野、藤野コウヘイ、大友康平の康平。爆速神威所属。仕事は植木屋の見習い」
「も、森雅男です。仕事は、今はしてません。コメ職人とか歌詞職人とか、コメで盛り上げるのが得意です。か、彼女募集中です」
「佐々木香織です。声優目指してます!」
香織ちゃんの顔が真っ赤になった。かわいいなーと思いながら富沢と名乗った男を見た。自己紹介は終わった。次は?という空気だ。
「ちょっと見てもらいたいものがある」
富沢は立ち上がり、机の上に置いた大きなリュックのジッパーを開けた。そして中から手のひらサイズほどの、いくつかの物を取り出した。
金属でできた黒い四角いものと、見たことのない果物が書かれた四角い缶詰、赤い箱の、お菓子の箱のようなもの、黄色い箱の何か。
最後に大きめの長方形の黒い板、折りたたんだ将棋盤ぐらいの大きさと厚さだ。
「外国土産?どこの国だい?」
社長が聞いた。富沢が取り出した紙箱や缶のパッケージには知らない言葉が書かれていた。
「どこだろうね」
富沢が半笑いで答えた。なんともうさんくさい。自分がこの男の手のひらに乗せられている感じがする。
「たとえばこの赤い箱を開けてみよう」
富沢は赤い箱のパッケージを取って両端を持って引っ張った。するとパッケージは真ん中でプチプチと切れた。紙箱は2層構造になっているように見えた。紙箱が切れた内側でフィルム包装が同時に切れた。そして中には真っ赤な板が入っていた。
富沢は中身を取り出した。
真っ赤な板は、よく見ると細かい溝が縦横に彫ってある。富沢はその板に軽く力を入れて割った。真っ赤な板は溝に沿ってパキンと割れた。板チョコのように。
「俺もさ、イチゴのチョコだと思ったんだよね。まあ食べてみてよ、食べられるから大丈夫」
そう言って小さな一切れを自分の口に入れた。がりがりとかみ砕いている。かみ砕きながら手に持った板を小さく割り、俺たちに配った。俺は手のひらに乗ったそれの匂いを嗅いでみた。リポデーのような匂いがした。
思い切って口に入れてみると、タウリン1000ミリグラムな味がした。みんな口に入れて微妙な顔をしている。うまくは無いが、マズくもない顔だ。
「長期保存可能な栄養補給食だそうだ」
「だからどこの国の?」
富沢の言葉に社長が返した。たしかにこんなものは見たことがない。長期保存って言葉も体に悪そうな感じしかしない。
「次はこの缶詰、これはここをこうやると開く」
富沢が緑の丸いフルーツが書かれた缶を開けた。
350ミリの缶を四角くしたようなそれは、横に針金のような細い棒がくっついていて、それをグッと力を入れて回すと上の蓋が開いた。仕組みがよくわからない。そして甘い匂いが立ち込めた。
「これはサアラムイって果物を砂糖に漬けたものだそうだ。甘いよ」
富沢はそう言って、缶を開けるときに使った針金を中の果物に刺して取り出し、一粒口の中に放り込んだ。缶には緑の丸い果物が書かれているが、中身は赤かった。
「さくらんぼみたいですね」
俺は差し出された缶から針金を使ってひとつ取り出し、口の中に入れた。
その瞬間、俺は驚いた。
「イチゴの味がする!」
「そうだろ? びっくりするよな」
富沢は笑いながら言った。俺の言葉を聞いてみんなもその果物の缶詰を食べた。
「うお、マジか、スゲーなこれ」
「い、いちごじゃん、超いちごじゃん!」
「甘くておいしいですねー」
各々が驚きを隠せないでいる。そんな中、富沢は次のものを手に取った。
黄色い箱だ。箱はプラスチックで出来ているように見える。
富沢が箱の端を爪でちょっと引っ掛けると小さな扉が開いた。中でカラコロと音がした。富沢は中から丸い小さなものを取り出した。
「これは飴ね」
そう言って富沢は飴を口の中に放り込んだ。
「みんなもどうぞ」
俺たちはそれにならって飴を口に放り込んだ。少しだけ甘かった。
「ごめん、それは飴じゃないんだ。君たちの免疫力をあげる作用がある薬だ」富沢が言った。「害はないよ、さっき食べたものでお腹を壊さないようにね」
「どういうことです?」
俺は飴を舐めながら富沢に聞いた。さっきのは毒だったのか?
「舐めながら見ててくれ」
富沢は机の上にある金属でできた黒くて四角いものを取り上げた。