自動運転
俺は少しテンションが落ちた。そして窓の外を流れる風景を見た。
「ずいぶんと、のろいんだな」
「今はね、制限速度が厳しく決められていて、スピードはあまり出せないのよ」
「自動運転だからか?」
自動運転はすごいと思うが、自分で車を操る楽しさを知っていると、俺はどうも自動運転ってものを好きになれない。他人の運転でも少し怖いのに、コンピューターに運転を任せるってのは何だか安心して任せられる気がしない。
地球で自動運転が本格化したら、その空いた時間で人類は何をするのだろうか。きっと大半の人はスマホゲームで時間を潰すんだろうな。電車の中のように。
「そうじゃなくてね、車の制御システムが、道路ごとの制限速度を認識しているの。自動運転じゃなくてもリミッターが作動するのよ。アクセルを踏んでもダメなの」
「自分で運転しても飛ばせないってことか」
「だから、自動運転でも自分で運転しても、目的地までの時間は変わらないのよ」
「何だかつまらないな」
「そうね、それに動物を撥ねてしまうと色々と困るし・・・」
「動物がいるのか?」
「野生動物が数多くいるわね」
「すごい森だものな」
ビルの上から見た森は遠くまで続いていた。その向こうに見えた山も緑に覆われていた。
「昼側はね、なるべく大自然に地上を明け渡してるのよ。植物は昼側でしか育たないから」
「夜側には植物は無いのか」
「少しだけあるけど、数種類の苔とかね」
太陽があたらない夜側では光合成が出来ないものな。酸素を生み出す植物を大切にするのは理解できる。
「だから地下で暮らしてるのか?」
「森の中にビルがいくつも立っているけど、あれは巨大な通気口でもあるの。あの上から空気を吸い込んで広い地下空間に送ってるのよ」
「俺たちがいたビルもそうなんだな」
俺はビルの屋上にぽっかりと開いた、大きな空気取り入れ口がゴーゴーと空気を吸い込むのを想像した。それはまるで、地下から斜めに飛び出した巨大な太い蛇が、何もかもを吸い込んでいるように思えた。
「私たちは地球人よりも環境保護に力を入れていた。昔からね」
「いいことじゃないか」
「どうなのかしらね・・・」
テルルは窓の外の緑を見ながら、また何かを考えていた。
「あ、トイレはあそこね」テルルが突然、助手席の後ろを指さした。助手席の後ろには縦長の四角い囲いがあって、黒いドアが付いていた。「使い方は見れば分かるわ、トートーじゃなくて悪いけど」
テルルは立ち上がってスタスタとトイレに入った。扉を閉めるときに「シュコン!」と大きめな音がした。
我慢していたんだろうか。それか男と同じ空間でトイレに行くのを躊躇していたんだろうか。少し気まずくなってしまった。
しばらくしてテルルは手を拭きながら出てきた。
「何も聞こえなかったでしょ?」
「何も」
「この防音の仕組みは私もよく知らない」テルルにも知らないことがあるようだ。
「扉を閉めるときにシュコンって変な音がしたな」
「あの音で安心するのよ」
「音を伝えるのは空気の振動だな」
「どれだけ大声で叫んでも外には聞こえないのよ」
「ノックはどうする?」
「ピンポンが付いてるじゃない」
ドアの横には玄関チャイムのようなボタンがあった。




