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壁と天井

 その時、空が一瞬光った、ような気がした。


 カミナリ? 俺は空を見上げた。


 星のよく見える空、遠くに流れ星がまっすぐこっちに・・・ピカッ!一瞬強く光った。


 これか?


 一瞬でいろいろ考えた気がする。流星の大気圏突入、空気圧縮、高温、マグネシウムか何かの燃焼?

 もしや人工衛星の大気圏突入? 燃料タンク爆発? そんな一瞬の思考だった。


 だが、その1秒後には、燃え尽きることなく迫ってくる流れ星に危機感を覚え始めた。


 流れ星を追って遠くを見ていた自分の頭が真上を向いた。自分の頭上、100メートル以内の位置を流れ星は通り過ぎ・・・

 真上で光った!強烈な閃光! バチッ!と体に一瞬の衝撃が走った。高圧電流が流れたような。


 と、同時に俺は意識を失った。




 何か長い夢を見ていたような気がする。そして誰かが俺の肩を揺すっている。


「・・・さん・・・いわさきさん・・・岩崎さん!」


 香織ちゃんの声だった。意識が急速に覚醒した。そして飛び起きた。


「ゴホゴホ!」俺は咳き込んだ。何か喉がイガイガする。「何が起こった?」


 飛び起きたが、意識が少し朦朧としている。いや、ただの寝起きって感じか?


「わかりません。わかりませんけど、気が付いたらここに寝てて・・・」


 地面はアスファルト、コンビニの駐車場のまま。

 振り向くと俺の足元にヤンキーとぽっちゃり君と社長の3人が並んで寝ているのに気が付いた。


「うおっ!」


 俺はちょっと飛びのいた。ヤンキー君の手を踏みそうになってたからだ。


「なんでここに寝てるの! いやいやいや、ちょっと落ち着こう」


 俺は深呼吸してみた。不安げな目で俺を見てくる香織ちゃん、やっぱりかわいいな。それよりも今の状況は・・・


「さてさてさて、コンビニを見ると電気がついている。しかし、空に星は見えない。うーん、よく見ると、天井があるね」


「すいません、あまり目がよくないんで見えません」


「メガネしたほうがいいよ。メガネ属性っていいよね」


「えっと、ちょっとわからないです」


「いや、気にしなくていい。」俺は腕組みをして冷静に状況を分析してみた。「コンビニはある。駐車場もある。だが近くの高いマンションとか何も見えない。国道も斜めに切れて・・・壁?」


 コンビニ前の国道は、完全なのは20メートルほどで、左右を見るとどちらも途中で斜めに切れていた。そしてそこには黒い壁があった。


 ぐるっと見渡すと、黒い壁はコンビニを囲むように円形に作られている。コンビニ横のアパートは半分が壁にめり込む形で存在している。


「ううっ・・・なんだどうした・・・ゴホゴホッ」


 社長が起きた。やはり喉の調子が悪いらしい。駐車場で長時間寝ていたんだろうか。


「ちょっと閉じ込められたかもしれません」


 むっくりと起き上がる社長に俺は答えた。


「とりあえず全員起こそうか」


 まだ寝ている2人を見て社長が言った。俺は言われるがままに香織ちゃんと2人でヤンキー君とぽっちゃり君を起こすことにした。


「おーい、おきてくださーい」

「すみませーん、大変なんですー」


 最初に起きたのはぽっちゃりくんで「あれ、すみませんすみません、ゲホゲホッ」と謝りながら起きだして、横で寝ているヤンキー君を見て固まってしまった。


 ヤンキー君は起きるなり「ヒックシッ!ざけんなコラ、爆睡だコラ、文句あんのかコラ」とクシャミをしながら訳の分からないことを言った。


「みんな大丈夫かな? 怪我はないみたいだね」


 社長が全員を見渡して言った。

 ちゃんと頼りになるんだな、見かけだけのチャラチャラした感じかと思ってたけどな、と俺は心の中で思った。

 背が高く痩せ気味で、肌がちょっと日焼けしていて、高そうなスーツだったりジーンズに白いシャツだったりする彼に俺は、それほど好印象は持っていなかったのだ。


「さっき照明が強烈に光ったよね、店内のさ、それが何で外にいんのかな?」

「おっさん、あれは中じゃねえよ、外が光ったぜ」

「た、たしかに。窓が光った気がするよ」

「わたしわからないですー」


 全員がしゃべりだした。これがもしも災害とかならば、近所の避難所へ行くように店員が指示を出さなきゃいけないんだろうが・・・


「閉じ込められてるみたいですよ」


 俺はみんなに空?に見える天井を指さした。みんなが天井を発見した。


「それに国道も」


 俺は国道の斜めに切れている黒い壁を指さした。


「オイオイオイオイ、意味わかんねーって!マジか?」


 ヤンキー君が壁まで走っていった。


 俺たちも後を追った。


「なんだコレ、石か?」

「ザラザラしてるね、洞窟の壁とかこんな感じ?」

「いや、洞窟はもっとゴツゴツしてないかな」

「触ってだいじょうぶなんですかー?」


 ヤンキー君が壁をドンドン叩いてみたが、ビクともしない。


「なんかさ、薄い壁っていう感覚はねーよ。でっかい岩って感じだな」

「ど、どこかに出口とかないかな、ドアとかさ」


 ぐるっと壁の境界を見渡してみると、国道、畑、半分壁にめりこんだアパート、小さな畑、一軒家のブロックの壁と庭、コンビニの裏の月極駐車場、それを丸く壁が囲んでいる。円の直径は50メートル以上、100メートル未満といった感じだ。


「ちょっと一周ぐるっと行ってくるわ、お前も一緒に来いよ」ヤンキー君がぽっちゃり君に言った。「隠し扉とか探せ」

「う、うん。わかった」

「よし、オレ藤野な。おまえは?」

「森です」

「よし、モーリーな。ちゃんと探せよ」

「うん」


 藤野と森は歩いて畑に入っていった。今は何も育てていない畑だった。


 閉じ込められているみたいだが、暗くはない。街灯がついているし、コンビニの明かりもある。電柱から伸びる電線を見ると、岩壁に吸い込まれていっている。どこから電気が来ているんだ? 俺は疑問に思った。


「普通に考えるとさ、上から閉じ込めるための壁とか天井とかが落ちてきたんじゃないかと思うんだけどさ、電線とか電気が来てるのを見ると、違いそうだよね」


 横で同じように電線を眺めながら社長が言った。


「ですね。」俺は同意した。「あ、岩崎です」

「え、さ、佐々木です」


 俺の自己紹介を見てあわてて香織ちゃんが自己紹介した。


「知ってる、名札ついてるし」社長が笑った。「僕は穴澤です。近所で小さな会社をやってる。今のところ調子はボチボチって感じかな」

「高そうな車に乗ってますもんね」

「アレは知り合いから安く譲ってもらった中古だ。中小企業の社長ってのはさ、景気がいい振りも仕事のうちだ。金はそこそこあるが、借金はもっとある」

「そういうもんですかね」

「そういうもんだ」


「あの、ちょっとおトイレに行ってきます」

 香織ちゃんが言って小走りでコンビニに走っていった。


「コンビニに戻りますか」

「そうしよう」

「水って出るんでしょうか」

「出なかったらトイレは畑ですることになるね」


 俺たちは香織ちゃんのトイレに気を配りながら、ゆっくりとコンビニに向かって歩いた。社長がポケットからスマホを出して起動させる。


「圏外だ。君のは?」

「仕事中なんで」

「そうか、裏にテレビとかある?」

「ウチは無いですね、テレビもラジオも。パソコンはありますけど」

「ネットに繋がるか試してみてよ」

「そうですね」

「宇宙人でも攻めてきたのかね」

「どうでしょう、巨大な宇宙船で攻撃とかなら分かりますけど、閉じ込めますかね」

「そうだな、謎だな」

「なんか、落ち着いてますね」

「仕事柄、慌てふためいちゃいけないんだ。部下も動揺する」

「僕は部下じゃないですけどね」

「君、社長に向いてるよ、岩崎君」

「冗談はやめてくださいよ、絶対やりたくないです」

「博打はキライか?」

「博打も、社員の人生設計に責任持つのも、いろんなプレッシャーに耐えられません」

「それを気にしちゃ小さな会社の社長にはなれないな」

「ですね」


 2人でゆっくり歩いてきて、コンビニの自動ドアの前に立つと、自動ドアは当然のことのように開いた。開いたことに何故か違和感があった。


 コンビニの中に入ると客の入店を知らせるチャイムが鳴った。条件反射で「いらっしゃいませー」と言いそうになったがガマンした。かわりにトイレから出てきた香織ちゃんが手をふきながら「いらっしゃいませー」と言った。

 トイレからは水の流れる音がしていた。


 コンビニの中には、いつもと変わらない空気があった。空調の音と、冷蔵、冷凍の機械音。ただ、静かすぎる気がした。


「音楽が流れてないですね」


 香織ちゃんが言った。電気は来てるけど、有線って何だろうか。電話回線か光回線か、考えながら電話の受話器を上げてみる。何の音もしていない。プッシュボタンを押してみても何の音もしない。


「ダメそう? コンビニのWiFiも使えないね」


 社長がスマホを操作しながら言った。


「ちょっとこのラジオ開けちゃいますね、最悪まあ自腹で買っちゃいますんで」


 コンビニはラジオを売っている。非常用の小さなラジオだ。俺はそのパッケージをビリリっと破いた。


「ああああ、ちょっと待ってほしかったー」社長が言った。「カーステレオがあるじゃない!」


 忘れていた。現代技術の粋を集めた科学の結晶とでもいうべき便利な乗り物。テレビだって見られる。社長のは見られる?

 店内から駐車場を見ると、車はさっき社長が駐車したスペースに微動だにせずに停まっていた。高級スポーツカーが存在感を消して停まっていた。もっと存在感出せよ・・・


 カーステレオを聞くためにコンビニから出ると、ヤンキー藤野くんとぽっちゃり森くんが戻ってきたところだった。

 二人はテクテクと駐車場を歩いて来た。


「ダメだな、何も無いな。ドアもトンネルも何もねーわ、モーリーが隠し扉探したけどな、見つけられそうにねーわ」

「すいません。時間かければ何かあるのかもしれませんけど」

「オレ藤野、こっちモーリー」

「も、森雅男です」

「みやびなおとこって書くんだってよ、笑っちまうな」

「岩崎です。この子は佐々木さん、こちらは穴澤社長」

「おー、シャチョーかあ。で?これから何する?」

「とりあえず、車でラジオとテレビをチェックしようとしてた」


 社長がピピッとドアのロックを外し、車に乗り込んだ。ドアは開けたままエンジンをかける。ブォンと気持ちのいい音がした。

 カーナビが立ち上がるのを少し待ち、操作画面が現れるとラジオの放送局をタッチしていく。しかしラジオ放送はキャッチできなかった。モードを切り替えてテレビ局をチェックしていくがテレビも受信できない。


 社長はお手上げって感じで両手を上げ「ダメだな」と言った。


「さて、どうしますかね」俺は全員を見渡して考えた。「とりあえず、電気と水道は大丈夫だけど、外の情報が何もない。飯はある。飲み物もある。トイレもある。緊急事態だとしても、どこかの避難所より快適に生きられますよね、ここなら」



「あれは何でしょう、さっきからありました?」


 香織ちゃんが駐車場の片隅を指さした。



  


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