魔王、人間に転生する
もう何度目になるだろうか、この度の転生でも私は勇者に勝てないらしい。
いや、今回に限って言うならば、勇者一行を謀り、内部から崩壊させようとした私のミスだ。
今まで通り、数と力でもって当たるべきだった。
勇者一行に人間の姿で加わり、機を見て裏切る。
ソレだけの筈だった、ソレだけで勇者一行の弱体化が見込めたのに。
「私は、貴方たち人間を、愛してしまった」
人間の女魔法使いに化け、勇者一行と私の居城まで旅をする間、私は人と接し過ぎた。
「嘘だ、本当に君が魔王だと言うのか」
人間でいた時間が長過ぎたのだろう。
旅の間に楽しい事を学んだ、悲しみを学んだ、愛を、憎しみを、人間を学んだ。
そしていつの頃からか、私は人間を滅ぼそうとは思わなくなっていた。
「笑ってくれて構わない、勇者よ。
私も最初は、貴方たちに今度こそ勝つためにパーティーに加わったわ」
人間の姿から元の魔族の姿に戻り、私は玉座に腰を下ろす。
先ほどの戦いで、事切れた配下の魔人の遺体を、私は弔いの意を込めて焼いて見せた。
死んだ部下を焼く。
この程度の事で胸が張り裂けそうになるのも人間の心を少しは理解したせいなのだろうか。
「だけど、今は貴方たちに生きて欲しいと思う」
この言葉に嘘は無い。
特に長い間、勇者一行とは行動を共にした。
生きて欲しいと願う私の心は本物だ、だがしかし、それが一時の気の迷いかも知れない。
私が勇者に負けては転生を繰り返し、人間を滅ぼそうとした魔王であることに違いは無いのだ。
「コレが何か分かるかしら」
私はそう言いながら、異空間に封じてある宝玉を取り出すと、勇者一行に放って見せた。
勇者一行と私の間の中空を浮遊する宝玉に、勇者一行は警戒態勢だ。
「ソレはね、私が輪廻転生するための術式を編み込んだ宝玉なの、私が死ぬと発動して、私の魂の次の依り代を探すの」
「じゃあこの宝玉を破壊すれば」
「そう、もう二度と魔王は蘇らないわ」
勇者の質問に答えながら、私は指を鳴らす。
宝玉を砕き、塵に変える為に。
「な、何を!」
「いつ私がまた人間達を滅ぼそうとするか分からないからね、もう終わりにするの。
あとは魔王である私が死ねば、魔物も多少大人しくなるしね」
狼狽える勇者達、それもその筈だ、さっきまで隣にいた仲間が急に「私が魔王よ」だなんて言い出して、輪廻転生の秘術を破壊して見せればね。
あとは。
「もう転生を繰り返すのにも疲れたし、目的も無くなった。
世界を旅して分かった人間達の在り方、私には眩しかった。
もう転生は出来ないけど、そうね、もし許されるなら」
私は異空間から剣を取り出し、逆手に持つ。
「まて! 何も死ぬ事無いじゃないか!!」
「駄目よ、それじゃあいつまで経ってもこのイタチごっこは、終わらないわ」
自分で言い終わる前、勇者達が此方に駆け出す前に私は逆手に持った剣を振り上げ、自分の胸を突いた。
本来なら、勇者を殺すための魔剣をまさか、自身に使うとはねえ。
「なんで、なんでこんな、共に生きる道もあったはずじゃないか」
私特製の呪いの魔剣で出来た傷は回復効果を受け付けない。
私は薄れる意識の中、まさか、勇者達の泣き顔を見ながら死ぬとは思わなかったと、最後に微笑んで見せた。
さよなら勇者、初めて愛した、愛してしまった人。
と、いうのが事の始まり。
私は冥府で永遠の眠りにつくはずだったのだが、暗闇に光が差し込んだかと思うと、知らない二人の人間の顔が私を覗き込んでいた。
覚えがある、これは転生した時の感覚だ。
「見てみなよ、この可愛い顔、目元が君にそっくりだよ」
「口元は貴方似ね、なんて愛らしいんでしょう」
やはりそうだわ、この二人は私の両親なのだ。
しかしなぜかしら、宝玉は破壊したはず、転生の秘術は消えた筈なのに。
『説明しましょう』
突然人の頭の中に割り込んでくるとか、失礼じゃない?
あんた誰なの?
『神の使い、まあ天使ですよ元魔王』
いやまあこんなデタラメあんた達しか出来ないのは分かってるんだけど。
天使が出てくるってことは何? あんた達が私を転生させたわけ?
『ええまあ、冥府送りにしたら冥府の負の力で、折角改心した魔王が元の残虐な魔王に戻りかねないらしくて、かと言って天界に出戻りさせるわけにもいかないから、だそうです。
人間に生まれ変わらせるから、人間として生きなさいと主は仰っていました』