第八話 カラスのマークの探偵事務所
「今日、ちょっと付き合ってよ」と登校したエイジはユイに言われた。
クラス内が騒然となる。入学以来、難攻不落と言われた赤城ユイが異性の同級生を放課後に誘う。
そして、学年一の乱暴者と学年トップクラスの美少女を陥落せしめた転校生、風間エイジの噂は本人の知らぬまま、校内に広まった。
放課後、エイジとユイは学生通りを少し離れた駅前通りを歩いていた。
ユイは事務所に行くと言う、エイジを正式に助手として『カラス』と呼ばれる組織に申請する為だ。
オフィス街の一角にある古びたビルの中に入り、階段を昇る。
「ここよ」とユイが扉を指差す。
木製の扉にはカラスのマークとヒナドリ探偵事務所と書かれた看板がぶら下がっていた。
中に入ると、一人の中年男がデスクでタバコを吸っていた。
「あれ、ユイ君が人を連れてるなんて珍しいね」
新規のお客さんかい? とタバコを消してこちらに歩いてくる。
「はじめまして、ボクはここの所長をやっている佐藤って言います」
こちらこそとエイジも自己紹介をする。それで依頼は、と話を進めようとする所長をユイが遮る。
「違うわ、今日から彼を私の助手にしようと思って来たの」
エイジは無能力だが魔物を引き寄せる体質がある、彼を囮にすれば仕事が捗るとユイは説明する。
「と言われてもねぇ……一般人を採用するってわけにはいかないよ」
「いいじゃない、私に助手くらい付けてくれたって」
「だって、君。さんざん断ってたじゃない? 何よ? 急に」
「いいの!気が変わったの!」
彼女の相棒になりたいという人間は少なくなかった。
精霊を使役する珍しい才能と彼女の容姿に起因していたに違いない。
「まぁまぁ、とりあえず彼の経歴を調べさせてもらいますよ」
入口のドアが開く。
入ってきたのは、スーツ姿の女性だった。
通常の会社では考えられないほど短いスカートを穿き、豊満な胸の谷間が胸元の開いたシャツから見えている蠱惑的な女性にエイジの視線は釘付けになった。
「あら~ユイちゃんじゃない? 珍しいわね~」
「げっめぐみ……」ユイの顔が引きつった。
「めぐみさんでしょ? 親しんでくれるのは構わないけど、礼儀はちゃんとしてもらわないとね」
笑顔で額を小突くめぐみと面白くなさそうに睨むユイ。
「あら~こっちは見ない顔ね~?」エイジの方へ妖艶な笑顔を向ける。
「えぇ、私の助手よ」
「ふ~ん」
「初めまして」と一言、お互い挨拶する。
めぐみはエイジを舐めまわす様に観察する。その視線は女豹の様に鋭かった。
そんな視線を気にも止めず、エイジはただただ鼻の下を伸ばしながら彼女の谷間を観察していた。
「まだ採用したって決めてないよ~」
パソコンから目を離さずにツッコミを入れる所長。
めぐみの鋭い視線が柔らかくなり、口元がつり上がって笑う。
「君、面白い子ね~。なんか私に似てる、同じ匂いがするわ」
「どこがよっ!」とユイが怒鳴る、よほど安生めぐみを嫌っているようだ。
「嘘つきの匂い」
「鋭いねぇ」とエイジは思った。
「ねぇ~いいじゃないの彼。採用してあげたら?」
「ん~経歴も怪しいもんじゃないしね……」とデスクから離れ、エイジに近づく。
所長はエイジの顔に手を近づけた。その手には暗示の魔術が刻まれている。
『マスター、魔術反応あり。魔抗術を展開します』
エイジの意識にカンさんの声が響いた。所長の魔力が頭蓋骨から脳へと入っていくのを感じて、少し遊んでやろうとエイジは微笑んだ。
「あぶ〜ママァ、おっぱ〜い」
赤ちゃん言葉を話しながら、エイジはユイの腰に抱きついた。
「ちょ、ちょっと何してんの!」とユイが慌てる。
ママァ、ママァとユイの腹部に顔をうずめるエイジ。
「あはは、くすぐったい! どこ触ってんのよ! ていうか、所長! なんて術かけたのよ!?幼児退行なんて!?」
白髪混じりの頭をボリボリかきながら答える。
「ん?おかしいなぁ、暗示魔術のはずなんだけど。ここの事は忘れて家に帰りなっていう」
「え?」とユイが固まる。
「なーんちゃって。嘘、嘘。じょーだん、じょーだん」と自分の事を鬼の形相で見下ろすユイにふざけてみせるが。
「エイジー!」とユイが抱きつくエイジの頭へエルボーを喰らわせ「へべしっ!」とエイジが情けない断末魔を上げる。
それを面白いと笑いながら、「これはいいコンビになるわ〜」と楽しそうに二人を見るめぐみ。
「年のせいかな、魔術がうまく使えてなかったようだ」と所長のやる気のなさそうな目が自身への落胆で暗い目に変わった。
「まぁいいか。ユイ君がそこまで言うなら」と机の引き出しをごそごそし出す。
めぐみがエイジの前に立つ。
「とうことで改めまして、私は安生めぐみ。あなたは?」
「俺は風間エイジ。よろしくね」
「エイジね、よろしく」と握手をする。
「あったあった」と所長は「はいこれ」と何かを投げた。
「これはバッヂ?」
エイジが手にしたのは鉄製のバッヂだった。
「そう、カラスの構成員の証、その色で実力や位を示すんだけど君は最下級の鉄だ」
「いいね、鉄の男」
このバッヂを鉄、銅、銀、金と上げていくらしい。
「まぁ、気軽にがんばってよ」それからこの組織の事は誰にも話しちゃいけないよと口元に人差し指を付ける。
他にも徽章があるが通常の任務ならまずもらえないから安心していいよと説明される。
「ところで、ユイは何色なの?」
「私?銀よ」
「彼女は優秀だからね。高校生で銀に昇格するのは中々いないよ」
「ちなみに、めぐみも銀だ。地方の能力者は大抵銀で止まるんだ。それ以上いくには本部か元老院付きにでもならないと」
「なるほどね。まぁ気軽にがんばりますよ」
「じゃぁ、私たちは帰るわ」
「俺も門限あるんで先帰りますよ」
また明日〜とエイジ達は手を振って、事務所を出ていく。