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第八十話 ヤンキーと姉と③

 小木が扉を開けると扉ごと彼を押しのけるように入ってきた藤堂は真由美に睡眠薬を飲ませた事に上機嫌になる。

「おうっちゃんと親は居ねぇみたいだな」

「はい。言われた事はしました」

「ははっいいね」



 だが、それに水をさすような事を聞かされて目をつりあげた。

「藤堂さん、もうやめよう」

「あ? 何言ってるんだ、また殴られたいのか」

「どけよっ」と小木を突き飛ばす。


「あっ」と声を出して尻餅をつく。

「もうお前に用ねぇんだわ。さっさと出てけよ」

「っ……」睨み付けながら家を出て行く彼に興味をなくしたように藤堂は獲物へと足を進めた。


「楽しんだ後は記念撮影で脅してやる。俺の誘いを断ったお前が悪いんだぜ。真由美?」

 寝息の聞こえるベッドの前でゲスな舌なめずりをする。

 もう耐えられないと言わんばかりに布団を引っぺがした。


「おいおい、女性の部屋に入る時はノックぐらいするもんだ」

 そこには眠る真由美ではなく、仰向けで手を枕にしているエイジがいた。

「お前モテないだろ? 手土産にワインとグラス二つも持ってくる、そんな気の利きそうなツラしてないもんな。そうだな、女一人まともに口説けない。ましてや卑劣な手を使って、いけないいたずらしようとする悪ガキだ」


「安元と仲がいいからって調子にのるなよっあんな野郎、不意打ちさえなければ大したやつじゃ……っ」

 言い返そうとした藤堂の言葉が止まる。

 エイジの纏う得体の知れない雰囲気と鬼のような眼に喉が動かなくなったのだ。

「どうした? 話を続けろよ」

 冷や汗が藤堂の全身から出てくる、目の前にいる鬼は「ふっ」と失笑しながら「安元が大したやつじゃないって言いたかったのか?」と言って立ち上がる。


「おいおい、冗談言うなよ? 狂犬だった頃の安元にリベンジかましたのか? あの逃げっぷりを見た限りしてないよな、どうせ逃げてたんだろ?」

 後ずさる藤堂を壁際までエイジが追い詰める。

「俺のクラスメイトの姉弟を傷つけるばかりかてめえみたいなクズと違って自分の道を見つけた安元を馬鹿にしやがった」

「なんなんだ、なんなんだっお前は!?」

 壁に背中をぶつけながら信じられない物を見た顔で藤堂の前に漆黒の鎧が手を伸ばす。

「そんじゃ、始めようか」


 瞬間、藤堂は真由美の部屋の前のドアに戻った。

「あ、あれ?」

 自分がなぜここへいるのかと混乱する、先ほどの事はなんだったのか、エイジはどこへ行ったのか。

 そっーとドアを開けて室内をのぞき込むと寝ている真由美がいるのが見えた。

「なんだ、幻だったのか。それにしても変な幻だったな。ああきっとそうに違いない」


 今までの事が幻覚だったと信じたい彼は額の汗を拭ったその時――

「あれ、藤堂先輩じゃないっすか」

「えっ?」

 振り向いた瞬間、みぞおちに強い衝撃を受けた。

「げほっげほっ」

「な、なんで?」

 目の前に居るはずのない安元がいる。

「俺を大したヤツじゃないって言ったらしいじゃないすか。そんじゃ始めましょうよ」

「ち、違うっ待て、待ってくれ」

 藤堂の制止を無視して再び、安元の拳が腹部からの鈍い音を鳴らした。


「はっ!」

 再び、藤堂は真由美の部屋のドアの前にいた。

「い、今のは一体?」

 再びドアを開けると室内に吸い込まれる、だがそこは真由美の部屋ではなく奈落の穴と化していた。

 意識がプツンッとテレビを消したように視界が真っ暗になると再びドアの前に立っていた。

 もう嫌だと逃げだそうとすると身体は後ろを見ているのに手だけがドアノブを握りしめていた。

「な、なんなんだ。一体……なんで今度は身体が勝手に動くんだよー!?」

 その後も部屋に入っては真由美がとんでもないブスになり襲われる、巨大な怪物に襲われる、モンスターに追いかけ回され続けるなど様々な悪夢を見せられる。

 逃げたくてもなぜか身体がドアを開けてしまう。

 何百、何千回の行動と悪夢を繰り返し、彼の自我は完全に崩壊した。

 もはや自分が誰なのか、なぜここにいるのか、ただドアを開けるという行動をプログラミングされたロボットと化している。


「無限ループって怖くね?」

 よだれを垂らして白目をむく藤堂の前でエイジは呟いた。

 デイドリームドラゴンの能力を使い、彼に尽きることのない悪夢を見せていたのだ。

 結果――藤堂は廃人となった。

 現実では五分しか経っていないがそのわずかな時間の間にみるみる藤堂の顔がやつれ老人のようになっていく様は常人なら恐怖を感じただろう。

 だが彼は平然として「あーあ、こんなハゲ散らかしちゃって」とストレスで髪の抜けた頭に手をのせる。

 すると藤堂の全身が緑色の光に包まれた。

「肉体は元通り、頭の方はちょっと記憶障害になっているけど……まぁ、いっか! 後は軽いショックを流して覚醒させればだいじょうぶっと」

 エイジは手をふりかぶった。

「はいっ先輩。起きて、かわいい後輩が起こしに来ましたよっ」

 ぐったりと寝ている藤堂にエイジが平手打ちをする。


「痛ぁあっ! ……あ、あれ? 俺は何を? ここはどこだ?」


「藤堂さんは下着泥棒に入って俺に捕まりました、そして警察来るのを待ってる最中です。けど今なら逃げられるチャンスです」

「え、え?」と藤堂は事態を掴めず混乱する。


「さっきまで泣きながら罪を懺悔し、高校を中退したけど勉強して大学に行き不良を更生する教師になりたいって夢を語っていましたよ」

「ほ、本当か? いやでも先生になろうとする俺がなんで泥棒なんか?」

「きっと魔が差したんですよ。教師になる貴方が警察の厄介になるのはまずいです。そして貴方の言葉に俺は胸を打たれました。もう二度とこんな事はしない、この町内に近寄らないと約束してくれれば逃がしてあげますよ」

「ほ、本当か?」

「ええ、約束します」

 眼を覚ますと急に犯罪者となった彼にはエイジの提案は渡りに船だった。


「さぁお行きなさい、そして二度と戻ってこないで、そしてもうお互い関わらないようにしましょう」

「すまない、ありがとう」と部屋から出ようとする彼に「そうそう」と止める。


「な、なんだよ。早く逃げないと」

「貸した一万円返してください」

「え? 借りたっけ?」

「ええ、借りましたよ」

「お前後輩と言ってたけどさっき会ったばっかな気が……」

「いいえ、ここへ来る前……じゃなかった。この前、駄菓子屋とスイーツショップのはしごで金がないと俺に無心してましたよ」

「……わかったよ、じゃぁこれで終わりだ。俺は逃げるよ」

 訝しながらも金を手渡し「じゃあな」と言って勢いよく走り出す彼の背中に「毎度あり」とエイジは声をかけた。


「さーて小木君終わったよ」と小木邸の庭にスキップしながら向かう。

 物置小屋のドアを開けると寝ている毛布に包まれた姉とその横で金属バットを持ち構える弟がいた。


「おーし、ちゃんと真由美さんを守っていたな」

 エイジの姿を見た瞬間、小木はバットを放り出してエイジにしがみついて胸に顔を埋めた。

「おいおい、なんだ? 男に抱きつかれても嬉しくないぜ、俺は」

「ごめん、ごめんね。けど怖かったんだ、エイジ君が藤堂さんにやられちゃったらどうしようとかここが見つかったらどうしようとか不安だったんだ」

「心配されるほど俺は頼りなかったかな?」

「ううん、そんな事ない、そんな事ないんだけど」


「まあ、いいさ。少し疲れた」小木の頭に手をぽんと置き撫でた後、そっと肩を掴んで身体を離す。

「そんじゃ、帰るよ」

「よかったら夕飯食べてかない?」少しだが夕飯の残りが台所にある事を思い出しエイジに心ばかりのお礼の提案をする。

「えっいいの? あ、いや……」とエイジはなぜかいつもなら二つ返事で快諾しそうな話をためらう。


「んっあれ? なんで私、物置小屋なんかに?」とその逡巡を断ち切る声がした。


「あっ姉さん。これはえーとその」

「真由美さん、物置小屋に何か取りに行くって言って戻ってこないから心配して見に来たんすよ。やだなーこんな所で寝ちゃって」

「そうね、だいぶ眠かったから。寝ぼけちゃってたのかしら、あはは」と笑う真由美。


「ところでエイジ君がなんで家に?」

「やだなー少し前にトイレ借りにお邪魔したじゃないっすか」

「あらそうだったかしら? ダメねー私ったら」

 人を疑う事を知らない少女はエイジの適当な嘘も疑わず納得する。

 そして小木はよくもここまで適当な嘘をつけるものだとエイジに歓心し、少しは姉も人を疑ってほしいと複雑な思いがした。


「じゃぁ、俺帰るわ」と手をふりながら背を向けると真由美の視線が違和感を捕らえた。


「やだエイジ君、お尻のポケットの中から何か出てるわよ」


「あっ」

 真由美にポケットの中にあった布をひっぱりだされる。

 そしてそれはハンカチでも布でもなかった真由美の手には数珠つなぎになったパンツがスルスルと出てくる。

「これはその小木君とパンツを結んで縄跳びすれば面白いんじゃね? という奇抜なアイディアの物でして……」と本当に訳のわからない言い訳をする。


 瞬間、小木邸の庭に雷鳴が轟いた。


「こらっー!! 人の下着で遊ぶなんてどういう事っ!? みつる、どういう事よっ!」

「違う、僕はなにも……」

「いいえ、どうせエイジ君と一緒の気になってふざけてたんでしょ」


「そんじゃ、僕はこれで……」問い詰められる小木を尻目にそっーと忍び足で帰ろうとするが――

「エイジ君も待ちなさいっ!」

「ひっ!」

 こうして普段からは想像出来ないほどの鬼のような顔になった真由美に小一時間ほど説教をうけるエイジと小木であった。

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