第七話 隣のあの子に仲間ができる
「どうだい? 遊覧飛行は? 夜空の中だとさらにロマンチックじゃない?」
どうだい、じゃないわよ空を飛ぶなら飛ぶって言いなさいよと怒るユイ。
エイジに抱かれて、雲の上を飛んでるのだ、肩の向こうに視線をやると顔は恐怖に染まった。
魔力障壁で速度からくる寒さからは守っている、高さからでもない、追いかけてくるシーに恐怖しているのだ。
「あいつ、いつまで追いかけてくるんだ?」
逃げ始めて五分ほど経っても、相手は諦める様子はない。追いつく事はないが、決して離される事はない。
どうすればいいかと考えあぐねていた。
「なぁ、あのシーっていつもあんな感じなのか?」
「シーは執念深いの。特に魔術師なんかの異能使いは簡単に諦めない、あいつのせいで何人も異能使いがミイラにされてきたわ」
顎を手で触って、考えるエイジ。
「あ、そうだ」と閃いたように人差し指を立てる。
『フラッシュボムですね。了解しました』カンさんがエイジのオーダーに応える。エイジの手に導線のついた筒状の物が現れた。
「あんた、それ爆弾でしょ?」
「正解、俺と行く一週間ハワイの旅にご招待するぜ」
ふっと息を吹くと、空気と一緒に火が吹き出され、導線に着火する。
「さぁ、シーは音と光の世界にご招待、耳を塞ぎなお嬢さん、俺が目を塞いでやる」
何をしようとしてるのかと固まるユイに早く耳を塞げとせかし慌てて耳を塞ぐ、エイジはそっとユイの目に手をあてた。
瞬間、強烈な光と共に咆哮が空に鳴り響いた。
「きゃぁあああ!?」ユイが大声を上げて、エイジの腕の中で縮こまる。
エイジの投げた爆弾は現実世界で言うところの閃光爆弾だ。警察や軍隊が屋内に突入する際に敵を怯ませるために使われる。
エイジはそれを異世界で薬草と竜の咆哮音を閉じ込めて爆弾を作った。モンスターどころかドラゴンすら怯む代物だ。
「さすがに異能殺しのシーさんもフラッシュボムには耐えられないみたいだね」
先ほどまで後方にいたシーは姿を消していた。
「赤城さん家の近くの場所まで送っていくよ」そう言って街の方へ降りていくエイジ。
「ここでいいわ」と夜の公園に着地した。
「そんじゃ、また明日」とユイに背を向けて歩き出そうとするエイジの袖を「ねぇ」と掴むユイ。
「その……今日はありがとう。 まさか、貴方がシーと対等に戦えるなんて思いもしなかった」
「なーに良いって、俺はそういうのが趣味なんだよ」と気にする事もなく笑う。
「あなた、世界を救ったんでしょ? なんでその世界に住もうと思わなかったの?」
「選択権はなかったんだが、もし残っても大きな力はいるだけで驚異になる。 俺をバラして研究材料にでもしてみなよ。世界が滅んじゃうよ」
「そこの王様やお姫様を懐柔して、不自由のない暮らしだって出来たじゃない」
「いやいや、そんなの興味もないし。王様なんて不自由そのものじゃないか。気軽に外出て冒険がしたいよ。城内の金銀財宝なんかより、自分で攻略した廃城にあったボロボロのどこぞの王家の日記の方がよっぽど面白くて価値がある」
「あんた、お人好しなの?」
「そんな耳障りのいいものじゃない。自分に素直に自由に生きてるだけだよ。
でも思うんだ。この世界に来てもしこの力がなかったら、普通の高校生として生活が出来てたら何もかも失っていたらそれはそれで幸せだったかもしれない」
「私の故郷、精霊使いの里は竜人によって滅ぼされたわ。
私はまだちっちゃくてお母さんに床下に隠された、母親の悲鳴と一緒に天井から槍が突き刺さったときに祈った。
誰か助けてって、けど誰も来なかった。一夜明けた頃には私以外みんな死んでた。親も友達も近所のおじさん、おばさん、いつもおまけをくれた駄菓子屋のおばあちゃんもみんな炭になっていた」
ユイは俯き、顔に暗い影が落ちる。トラウマの思い出話は続いた。
「わたし、その時誓ったの。ヒーローは来なかった、だけどこんな事が世界中で起きてるなら、今度は私が、同じ境遇の子供を救うヒーローになろうって。けど、なれなかった……わたし、ひとりじゃ下級の魔物を倒せてもシーみたいな化物は倒せない。
こんな事言っても力のない私の気持ちなんてわからないわよね。私は貴方が羨ましい、なんであんたなんかにって思うと悔しくて悔しくて仕方ないわ、さようなら」
ユイは背を向けて走りだそうとする。銀色の髪が街頭の光に照らされ輝いていた。
瞬間、なびく長髪、頬に流れる一筋の線、エイジの瞳にエリーゼ姫の影が映った。
思わず、ユイの手を握りしめた。
なによ?とユイが訝しがる。
「力なら、あるじゃないか」
「えっ?」
「力がほしいんだろ? 俺がなるよ。一人じゃムリでも二人ならできる。絆……と呼ぶには早すぎるけど、そういうのも自分の力だと思うんだけど。赤城さんの下で戦うよ」
「手伝ってくれるの? というか、私の下で?」
「俺は誰かについてこられるより、後ろから人を見てるのが好きでね。女の尻に敷かれたいんだ」
「なによ、急に」
「この世界では、君の可愛い小さなお尻を眺めてたい、そして踏まれたい」
「ば、ばっかじゃないの?」
「いまさら、気づいた?」
「……でいいわよ?」
「だからっ!ユイでいいって言ったの。さん付けじゃなくて呼び捨てにしなさい。私達、これから仲間みたいなもんなんだから、対等な関係じゃないとダメでしょ?」
「わかったよ。よろしくユイ」
「えぇ。よろしく、エイジ」
「ところで報酬なんだけど、あんまり私ももらってないから。高くは出せないわよ?」
「いいよ、いいよ。メシ食わせてくれるなら。昼休みに思ったんだ、ユイの昼飯うまそうだなぁって今日のサンドウィッチなんて思わず手が出そうだったよ」
「そ、そんなのでいいの?」
「いいの、いいの。 昼飯代もバカになんないし、毎朝、エリカからお小遣いせびるのもイヤだからさ」
「ほんと、あんたって変わってるわね」
「いいじゃん、異能使いなんてみんな変わり者でしょうよ」
そんじゃもう帰るよとエイジが手をふる、おそらく屋敷ではまた帰りの遅いエイジにイライラしているエリカが玄関の扉の前で仁王立ちしているだろう。
だが、ユイは何か言いたげに視線を下に向けて頬を赤く染めながら、あの、そのとぶつぶつ言い始めた。
なんだよ?とエイジは問うと、もしかしたらシーがいるかもしれないから、とエイジに家までの見送りを頼む。
そんなの仲間なんだから当然だろとエイジは歯を出して笑った。