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第七十五話幽霊旅館⑲

 今日も彼女は夜を恐れる。

 毎晩、自身の罰が語りかけてくる悪夢のような現実が訪れていた。

『先生』『先生』

 『先生』『先生』


 西崎は事故が起きた時の事を思い出す。

 グチャグチャになった車内、血まみれの子供達。

 視界は血で赤く染まり、意識も朦朧としている。

『なんで? まだ何もしていない、これからなのよ子供達は……神様、どうかお願いします』

 普段は祈りもしない神に祈りながら意識がなくなった。

『なぜ、私だけが?』

 病院で眼を覚ました時、自分だけが生き残った事、そして心のどこかで生きている事にほっとした自分がいた事が許せなかった。

 暗い底から聞こえてくるような声を出す小さな黒い影達。

 浮遊霊は自身を変容させるほどの力は持たない、おぞましい姿を見せているのは彼女自身であった。


 しかし、今日はその恐れに緊張が混ざっていた。

 あの風間エイジが自分達の問題を解決しようとしてくれているから。

 そして――


「誰も前に進めないから、か」

 少年に言われた言葉をつぶやく、そうだこのままじゃ何も変わらない。

 あの少年は子供達を連れてくると行った、そしてこの世から解放するとも。

 その為には自分が必要だとも。


「だけど、なんて声をかければいいの? 今更、教師面なんて……」

 思案は不安と緊張になる事に耐えきれず、逃げるように布団の中に潜り込む。

 そして彼女は今日も夜を恐れる。


 そんな時「先生」と布団越しに子供の声が聞こえた。


「ひっ」

 押さえつけた布団を剥がされて、反射で小さな悲鳴を上げる。

「な、なに?」

 その光景に西崎は自身の目を疑う。

 いつも暗い影だった子供達の姿が、顔がはっきり見えているのだ。

 そして子供達を中心に子供達より大きい影のように黒い鎧が立っていた。

「先生、約束通り連れてきたぜ」

 黒い鎧が喋る、その声は鎧越しで少しくぐもっているが聞いた事のある声色だった。

(たぶん、あの子よね。本当に連れてきたのね、それにしてもその格好は……)

 西崎の戸惑いを承知の上と割り切って、エイジは話を続ける。


「これから、この子達を俺が家まで届ける。その前に子供達が先生と話がしたいってさ」

「私は……やっぱり……」

「おいおい、やっぱりダメ今更合わす顔がないなんて言うなよ。子供達の門出の日なんだから、最後ぐらい先生らしくしなよ」

 人間というのは弱いものだ、いくら覚悟したからといってもその場に立った時、思い通りに動けるものではない。

 ましてや思考が固まってない彼女では――


 罪悪感で頭が回らない、なんて声をかければいいのかわからない。開いた口はすでに乾いている、そしてまた臆病風に吹かれていつもと同じ考えに至ってしまう。

「もう私は教師じゃないの……ただの従業員、彼らの先生である資格は……」


「違うっ!!」

 子供達から西崎への思いが怒声となって彼女に届く。

「先生は先生だよ! 僕たちのためにずっとこの旅館にいてくれたじゃないか!」

「そうだよ! 嫌ならどこか違う場所に行けばよかったのに、先生はずっとここにいたじゃないか」

「先生が先生じゃないなんて言うなよ」


 今まで子供達は自分を恨んで出てきていると思っていた。

 彼らが呼びかけていたのは自分とただ話がしたかっただけだったのだ。

 それを自分の弱さを理由に自分が聞きたい怨嗟の声に変換して聞いていたのだ。

 何度すれ違ってきたのか、少しでも自分に勇気があればもっと早くにと後悔する西崎。

 しかしそんな後悔は意味を成さない、これは奇跡なのだ。

 本来、死者が生者と話すなど普通は人が触れてはならない領域なのだ、それは異常を正常とした異能者だけに許される。

 奇跡を受け入れるのに早いも遅いもない。

 ゆえに彼女は罪から解放された。


「ごめんね、ごめんね」と子供達を抱きしめる。

「ごめんじゃないよ、先生ありがとう」と子供達も抱きしめ返す。


「それじゃ、先生。子供達をそれぞれの家に送るよ」

 別れを済ませた子供達とエイジが手を繋ぐ事で彼らにエイジの魔力が流れる。

 少しずつ宙に浮き、西崎との距離が遠くなっていく。

「いいか? 手は離すなよ、繋がりが解けてそのまま落っこちる事になるからな」

 憂いも悔いもない彼らは「うん!」と元気よく返事する。


「先生さようなら」

「さようならみんな」

 その言葉を最後に西崎の視界からエイジ達が流星のように飛んでいく。

 その流線を目で追うと、まるで羽ばたいていく鳥のようだった。


「本当にありがとう。私もこれからがんばるから」

 タガオノガスに渡された同じ子供達の感謝の証を手にしながら、彼女は彼らが見えなくなるまで見送り続けていた。





 その後の夜――


 エイジが子供達を送り終わり、帰ってくると自室の前に長髪の少女が立っていた。

「あれ先輩まだ起きてたんですか?」


「私はその……」と顔を合わせにくいのか下を見ながらモジモジとしている。

 見送る事もせず、飛び出していったユイについて行く事もできなかった事が後ろめたいのだ。

「また逃げてしまった」と暗い顔をしながらうつむく彼女にエイジが優しく声をかけた。

「ちょっと話しましょうか」


 庭の見える渡り廊下に移動して、その縁側に座って足をぶらつかせながら「まぁまぁ座って座って」と座布団をポンポンと叩くエイジ。


「なんで先輩はゴーストが怖いんですか?」そう言われた美鈴は自身のトラウマを語る。


「それは怖かったでしょう。嫌にもなりますよ」

「だが、また仲間を見捨ててしまいそうな自分が情けない。今もそうだ、想像するだけで震えが止まらないんだ」

「だいじょうぶ」

「何がだいじょうぶなんだ? このザマで」


「貴方の震えを止める者がいつか必ず現れる」と震える手を優しく握る。

「それは」と相手の顔を見る。

「俺じゃない」と頭を振る

「俺では先輩を守ってしまう、きっと貴方より弱い者がその役目を担ってくれるでしょう」

 二人の間に静寂が包み込む。

「怖くない戦いなんてものはない、怪物だろうと幽霊だろうと刃を交合わせるのは死と隣り合わせだ。だけど誰かのためならきっと自分の限界を超えられる、俺もそうだったから」

 月夜に照らされるエイジの顔に普段のおちゃらけた様子はない。

「私にもいつかそんな機会があるだろうか」

「ありますよ、諦めさえしなければね。さて、それじゃもう寝ますよ」

「今日は疲れた」と言い立ち上がった瞬間。


「待て」と手を捕まれる。

「ど、どうしたんすか?」

「ありがとう。その……君に礼がしたいんだ」

 エイジはいじらしい美鈴の姿よりも浴衣越しに見える巨乳に目がいっていた。

「あー肉まん食いたいなぁ」

「え?」

「昨日街を見回ってたら、おいしそうな肉まん屋があったんすよ。今それ思い出した。そうだ、それがいい。明日一日遊びに行けるんだし、おごってください先輩」

「べ、別にかまわないが」

「ええ、お願いしますよ」

「なんで今それを思い出したんだ?」

「先輩の胸見てたら思い出しました」

「こらっー!」

 夜中の旅館に二人の駆け足音が響くのであった。

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