第七十一話幽霊旅館⑮
「これなら、おまえのスケベ行為もその砲撃も受け止めれよう」
タガオノガスの上半身に水銀のようなモノが纏わりつき、徐々に胸部を守るための鎧が形成されていく。
周囲の環境も彼女に呼応するように赤い月の浮かぶ空は赤雷を纏う暗黒の空となる。
「結界が変化した、いやもう結界じゃないな。これは異界化している」
結界とはあくまで現世の中に仕切りを置くもの。
相手が張っているモノは結界というにはあまりに強力なものだった。見た目ではわからないが自分は今、現世と幻想の狭間に立っているとエイジは理解した。
顔には赤い紋様が浮かび上がり神秘的になった美貌の頬をつり上げ、同じ紋様が刻まれた腕を上げて振り下ろした。
その直後、地面をえぐりながら業火が襲いかかる。
(こりゃ、すげぇ。さすが星の使いだ)自分を飲み込もうと迫り来る業火に感服する。
「ドラゴンソードチェンジ・ドラゴンバスターモード」エイジの声ではない声が鎧から発せられた――
そしてエイジはその脅威にふさわしい武器をもって地獄の猛火を断ち切った。
「大したものだな。まさか大剣に変えただけでその力とは」
「それはこっちのセリフだ。向こうじゃ、冠名付きのドラゴンにしか使った事ないんだけどな」
エイジはドラゴンソードを地面に叩きつけるように振り下ろしただけだ、それだけでタガオノガスの火炎は二つに分かれ背後の森をどこまでも蹂躙した。
その様子を上から見れば、Vの字に別れた炎はエイジの背中に炎の羽根が生えているように見せただろう。
ドラゴンを捕食するには肉だけではない、竜核と呼ばれる部位を食わなければならない。だが、それにはダイヤより硬く鋼よりも強靱な外殻を破壊しなければならなかった。
その為の機能――エイジのドラゴンソードは三メートルのぶ厚い大剣「巨竜壊し」に変化していた。
これなら何度、炎を放っても無意味だろうとタガオノガスは考え。
「その大剣では格闘などはできぬだろうなぁっ!」
エイジの視界から敵の姿が消える。
その瞬間、背中に衝撃が奔った。
状況がわかった瞬間、ドラゴンバスターを地面に撃ち放ち次の攻撃に備える。
横から迫る拳を弾き、足で相手をなぎ払う。
タガオノガスとの戦いは遠距離戦から近距離戦へと変わった。
「よい判断だ。素晴らしい、おまえはここに来るまでどれほど経験を積んできたのだ?」
「数なんて覚えてないけど、死ぬほどなのは確かだよ」
拳と拳いや、必殺と必殺の応酬に一瞬の隙はない。
それでも互いに言葉を交わし、互いの力を出し合う。
「ぐわっ! その砲は撃つだけでなく、鈍器として使うのはなしだぞっ!」
「ありもありだろっ。だいたいあんたこそさっきドラゴンキャノンの弾の上を跳んだだろ、確かに足つけてたし! あれこそなしだ、なしっ!」
「ははは、ありだよありっ!」
肉と骨が叩かれる音、鉄と鉄が弾き合う音と陽気な声だけが異界の中に許された音だった。
しかし彼らの戦いは命のやり取りである死闘なのか、ただの戯れなのかわからない。
戦いの様相とは真逆の冷静な声がエイジの意識内に聞こえた。
(マスター、温存魔力の四割を消費。楽しむ事はいい事ですが、そろそろ肉体に影響が出ます)
(わかった。だいぶ抑えてたつもりだったんだけどやっぱりどの世界でも強いわ、星の使いって)
カンさんがエイジの魔力消費量に警戒を知らせたのだ。
好敵手を見つけたエイジは悩む。まだまだ戦い続けたいがこれ以上戦えばまたユイを心配させてしまう。
――帰ってきてまた悲しい顔見るのもやだしなぁ……
(時間がほしいなら、魔法のカバンからバックアップを受けますか?)
(それはダメッ! お宝に内臓されている魔力を使ったら価値が低くなっちゃうじゃないか……仕方ないな)
「ぬわっ!? 目眩ましかっ」
地面にドラゴンキャノンを撃って、爆炎と舞い上がった砂埃で互いの姿を見えなくする。
タガオノガスが羽根団扇を出して、鬱陶しいと言わんばかりに煙をなぎ払う。
「ドラゴンチェンジ・陰竜モード」
エイジの鎧がより濃い黒に変わる。
関節部からは黒い霧が現れ、姿も輪郭もぼやけて見えなくなった。
「変化の術を使って、今度は何をする?」
奇襲に備えてたタガオノガスの視線は意外にも距離を取っていた相手に魅了されていた。
今度は何をしてくれるのか、ここまで戦いに陶酔するのは始めてだったせいで高揚を隠しきれない。
「そんな所でぼっーと突っ立ってたら、愉しむモノも愉しめぬぞ!」
「っ!?」
動かぬ相手にしびれを切らして斬りかかったタガオノガスは驚いた。なぜなら袈裟斬りで斜めに落ちる肉体が霞のように消えてゆくではないか。
驚きはすぐに消え、森の中から飛んでくる魔弾を掴み潰した。
「姿を隠したか」と森にいるであろうエイジを睨む。
煩わしいが、次はどんな趣向なのかとワクワクが止まらない。
「かくれんぼは得意だぞ」と遠足に行く子供のようにスキップしながら森へと入っていく。
それが大きく口を開けた竜の口の中とも知らずに――
 




