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第六十九話幽霊旅館⑬

 山の麓を背に建っている鞍馬神社から山中へと続く道路には立ち入り禁止と書かれた看板と高さ二メートルの金網で作られたバリケードがある。

 話通り、その先の道路は土砂で覆われており歩ける状態ではなかった。

 その上をエイジが歩く。

「うへぇ、こりゃ滑って落ちたらやっかいだな」

 左にある奈落の底のような断崖を見るエイジ。

 足下の悪い道をぬけると、山林が竹林へと変わる。

 密生した竹の葉からこぼれた月明かりが苔むした鳥居を照らしていた。

 鳥居からの道はぼろぼろになった石畳で出来ており、石の割れ目からは雑草が伸びている。

 年に数回、氏子が管理しているとは言うが何を管理しているのだろうかと疑問に思う。


 もう一つ鳥居が見え、その先は竹林ではなく森林へと戻っていた。

 クルミの木や松、杉、カエデのある豊かな森にぽっかり穴があいたように開けた場所に鞍馬神社の本堂があった。

 鳥居から一歩入った瞬間、神秘的な秘境の神社らしからぬ重い空気に変わった。

「結界か、しかも強力だ」

 月光は朱色に染まり、大気は何者かの魔力に染まっている。

 真紅の本堂へと歩き出す。

 その先の状況にエイジの頭は混乱した。


 拝殿にぶら下がる大きなしめ縄の下に緋色の袴の白い小袖を着た美しく若い女が立っていた。

「客人とは珍しいな」

 ただ立っているだけでもわかる人らしからぬ雰囲気にエイジは唾を飲む。

 女は切れ長の朱色の瞳を細め、突然の来訪者を見据えている。


(おいおい、天狗って聞いてたのになんで美人な姉ちゃんが出てくるんだよ。長いのは鼻じゃなくて、とんがった耳じゃないか)

 脳内でツッコむエイジは「初めまして、風間エイジです。お願いがあり参りました」と(うやうや)しく頭を下げる。

(星の使いという事はキクコロール星人と同類って事だよな。あいつめちゃくちゃ強かったけど天狗はどれほどのものだろ)


「あー堅苦しいのよせ。ちと成長しすぎだが男子は我の好みだ、そうあらためなくてもよろしい」

 手をふりながらめんどくさそうに手を振ると階段に大股開いて、ドスンッと座り「して何用か?」と問いた。


「その件につきましてはあちらの子供達に聞いてほしいんです」とエイジが指さす方向に天狗の視線が移る。

 その瞬間――

「隙ありぃっ!」という声と同時に天狗が爆炎と轟音に包まれた。

 エイジは天狗が油断した刹那にドラゴンアーマーを身につけ、間髪入れずにドラゴンキャノンを撃ったのだ。

 威力とタイミングも的確すぎる奇襲は見事に成功した。

 しかし。

「ふむ、たけしのいたずらよりは上等だが。仕掛けるタイミングはたけしの泥団子投げのほうが上手だな」

 煙の中からありえない声がした。

 一瞬で煙がかき消えて、拝殿には何もなかったかのように天狗が座っていた。

 エイジの砲撃を児戯(じぎ)扱いした彼女は再び「で、これがお前の用か? 他にはあるか?」と問いた。

 その様子に(やっぱりそうだよなぁ)と嘆息する。

 そしてエイジも何事も無かったのように対話を再開した。


「子供達にあんたの神通力を供給するのをやめてほしい」

 ぴくっと天狗の眉毛が動いた。そして「何故か?」と身を乗り出す。


「あの子達の先生が旅館で働いてな。先生は意図的に子供達を見ないように意識してる。

 理由を聞いたら生き残った自分を恨んで出てきてるこれは私の罰なの、あの子達がいなくなるまで私はこの旅館にいるなんて言うんだ、それじゃあの人の人生はここで終わってしまう。喜びも楽しみも後ろめたさで塗りつぶされる」

 天狗は少し眉間にシワを寄せながら、トントンと爪先を床に叩いて話を聞く。

「子供達には悪いが成仏してもらい、そして彼女に自由になってもらう」

「あの子達を還すのに我の力が邪魔だと……」

「わかってくれる?」

「おまえの用事はわかった。だがそれは許せぬ」

「ムリを言ってるのはわかる」


「ちっ」と舌打ちした瞬間、天狗の周囲の空気が振動した。その波動がエイジまでとどき全身を震えさせる。


「我はな、幼くして亡者となった子を哀れみ、遊んで楽しく過ごさせてやっている。その教師はあの子達に何をしてくれた? 自分だけ生き残ったのは良しとしよう、だが霊体となった彼らを見ようともせん。それは子供達にとってはもっとも悲しい事なのではないか?」


「薄情に感じるのはわかるさ。だけど人間、自分の罪と向き合い続けるほど強いとは限らないんだよ」


「ならば、お前の役目は我に願うのではなく、教師を改心させる事だな」


「いいや、子供達は帰るべき場所に帰り、西崎先生はこれからを生きるべきだ」


「ふぅん」とため息のように相づちをうつ天狗にエイジは言葉を続ける。


「所業は無情。終わらない物はない――俺はな、終わらせに来た者だ」

 エイジがドラゴンファングを両手に展開し、構えた。

「ほぉ。力尽くと来たか、近頃の下界から来る者は粋がりな者が多い、何百年もそういった事がなかったからのう」

 天狗の姿が大きくなる。

  美貌は崩れ、艶やかな肌はゴツゴツとした岩のような肌に変わっていく。

 美しい女は巨大な鬼と化した。

 木の陰に隠れて心配そうに見守っていた少年達が慌てて飛び出した。


「兄ちゃん、やめときなよ。俺達がこうなった後に何人か大人の人たちが来たけど先生見てすぐに逃げ出したんだ」

「先生を怒らせるのはまずいよ。わたしを消そうとした人なんか泣きながら先生に朝になるまで追いかけ回されたんだから」

「先生止めてよっ! 兄ちゃんはいい人なんだ、いじめないでっ!」


「下がっておれっ!!」

 天狗が叫んだ瞬間、子供達が本殿に吸い込まれ、開いていた扉がバタンっと勢いよくしまった。

「さぁ始めよう、か?」

 子供が全員、封じられるのを見送り振り返ると砲口が目の前にあった。

「この距離からなら絶対当たるだろ」

 ドラゴンキャノンが火を噴き天狗の身体は上半身が砕け散り、残った下半身からは噴水のように血液が流れる。

「なんだ、天狗っていうのはこんなものか」

 初弾は相手の力量を測るための砲撃だ。

 今度のは本気で相手を殺すための砲撃なのだが、まさか木っ端みじんになるとは思いもしなかった。


「今時の人間というのはここまでやるのか。中々に面白いではないか」

 下半身から噴き出る血液が徐々に形を成していく。

「あんたも中々掴めない能力だな」とニヤリと笑う彼の視線の先――

 残った下半身を足場に黒い翼を広げ、天狗が立っていた。

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