第六十八話幽霊旅館⑫
深夜1時――
館内の人々は寝静まり、薄暗いロビーに一人エイジがソファーで座る。
――リーンリーンと玄関・館内の廊下から鈴の音が響いてきた。
その音に来たかと独り言を漏らした後、すぅっーと息を吸った。
「鬼ごっこするやつ、この指とーまれっ!!」と旅館内にエイジの声が響き渡った。
ビリビリと旅館が震える。
普通なら何事かと人々が慌てて飛び出てくる所だが館内は何事も無かったのように静寂、ここへ来る前にカンさんが廊下に封音術式を組んでおり、廊下だけに声が通るようにしといたのだ。
「鬼ごっこするー!」「遊ぼー!」
ロビーに鈴の音が聞こえなくなるほどのはしゃぎ声が向かってきた。
「よう」と気安く手を上げるエイジに「昨日の兄ちゃんか」今まで自分たちと遊ぼうとする人はいなかったと変わった人間との再会を喜ぶ子供達。
「なぁお前ら西崎先生と話がしたいか?」
その言葉に子供達が固まった。
「……もちろんだよ。だけど先生いつも無視するんだ」
「話しかけても、腕をひっぱってもこっちを見ないんだよ」
「だけど、先生。私達が近づくと悲しい顔するんだよね」
皆の顔が暗くなる、子供はこういう事に敏感だ。大切な人に拒絶される事は何よりも傷つく。
「それはな、お前らの神社の先生に気使ってるんだよ。西崎先生だって先生の気持ちはわかってるんだ、お互い大人の暗黙の了解っていうのがあるんだよ」
「そうなの?」「じゃぁ、先生は僕たちを嫌いになったわけじゃないんだ」と子供達が明るくなると同時に彼がなんで神社にいる先生の事を知っているのか疑問を口にした。
「ふっふーん、そんな事このエイジお兄さんが知らないわけないだろう」とやれやれと言うように頭を振る。
そして、エイジはこの物語の最後の核心に触れる。
「なぁ、お前らは家に帰りたいか?」
「うーん……ここでみんなと遊ぶのは楽しいけど」
子供達は知っていた。ここを離れる事はこの世と離れる事と同じだという事を。
「西崎先生も先生もみんなとさよならするのは嫌だよね……」
その反応にエイジは唾を飲んだ。
ここにいる事は無価値と同義だ。同じ事の繰り返しは魂を腐らせる、その腐敗を天狗は防いでる。
その残酷さに彼らは気づいてない。
「……けど、お母さんにもお父さんにも会いたい時はあるよね」
「ここにいるのは楽しいけど、同じ事続けるの飽きてきたんだよなぁ」
「あ、それ言うと先生怒るんだぞ。禁止にしようって言ったじゃないか」
「けど、さよならするのは嫌だな。でも……このまま先生ともママに会えないのも嫌だ」
揺れる彼らの心に最後の問いをエイジが言う。
「俺が先生と話せるようにして、家に帰してやるって言ったら着いてきてくれるか?」
数秒、ロビーが静かになった。その僅かな時間は彼らにとってはもっと長く感じただろう。
ここで子供達が拒否すれば、エイジは彼らの悪魔となる。
「いいよ」と誰かが言った。
「僕たちにはわからない、だから兄ちゃんがどうしてもっていうんならいいよ」と子供達の意思が一つになった。
これで憂いなく戦えると「ほぉっ」と息を吐くエイジ。
西崎も子供達の思いはよくわかった、彼らの答えがここに止まりたいというのであれば自身の刃が鈍る。
最後に救われたのはたぶん自分なんだろうと最強のドラゴンイーターを名乗りながらまだまだ精神修行が足りないと思い「よしっ!」と自身の頬を叩いて喝を入れる。
「その辺、神社の先生と話したいんだ。連れてってくれないか?」
それに快諾する子供達の背中を見ながら、玄関を抜けようとした時――
「エイジ」と誰かが呼び止め、その声が誰かと振り向くとユイがいた。
「明日行くんじゃないの?」と不満そうな顔でこちらを見ている。
「もう十二時過ぎだから、明日だよ」と言う彼に肩を落とす。
「あんたそういう屁理屈うまいわよね」
「それほどでも」と頭を撫でるエイジに「褒めてないわ」とつっこむ。
夜風が吹いて、まとめていない銀髪がなびいて押さえる仕草にドキッとするエイジ。
普段は見られない浴衣姿に、慌てて出てきたのか頬が僅かに赤く染まる美しい顔、袖から見える白い張りのある肌。
その姿に高鳴る胸の鼓動をごまかすように話題を振る。
「……美鈴先輩は?」
「美鈴は怖いからムリだって、見送りは私だけよ」
ですよねと答えた先の言葉が見つからない。
揺れる銀髪が異世界のエリーゼ姫を思い出させる。
(なんだ、これ。もしかしてデジャブ? 別れの連想って――俺、もしかして死ぬのか?)
(いいえ、マスター。ただ単にユイさんの色っぽい姿に同様しているだけです)とカンさんが珍しくフォローした。主人の精神不安定さに無口な僕も黙っていられなかったのだろう。
「――その……帰ってきなさいよね」その小声にエイジは聞き取れず、聞き返す。
「だからっ! ちゃんと帰ってきなさいって言ったの! 本当は着いて行きたいけれど、私が着いてったって邪魔にしかならないから」
「……まぁ、戦力的には足りないよなぁ」と思わず本音が出る。
「うっ……そこはなんか、その――ごまかしなさいよっ!」
「へへっさーせん」
「もうっ」と頬を膨らませる彼女にもう一つ本音を言った。
「なぁユイ。帰ってくる場所に自分を待っている人がいないのは寂しいん事なんだ。だからユイがいてくれるから助かる」
彼女としっかり対面して、ふざけない、飾り気のない感謝の言葉を言われた事にユイは赤面した。
「そ、そういうの、まっすぐな目で見るのやめてよっ……恥ずかしいじゃない」
「へっへっへっどうだ、参ったか」といつもの調子でおちゃらける彼に三つの玉が投げられた。
「ほらっ選別。またガリガリになって帰ってこられても心配するんだから」
投げられたモノを見ると白いおにぎりだった。
彼女が慌てて出てきたのはこの為だ。
偶然、起きていたユイはエイジの大声を聞いたのだ。
そこで大急ぎで彼の為に栄養のあるモノをと食堂に潜り込み、電気のついた炊飯ジャーを見つけその中に残っていた白米を握った。
形は不均等で雑な握り飯だったが、それには彼女なりの思いが込められている。
「ありがとう。ありがたく道中食べさせてもらいます」と頭を下げて「それじゃ、いってきます」とエイジは歩き出す。
彼の背中を見送りながら「いってらっしゃい、待ってるわよ」と言う彼女にエイジは握り拳を天に掲げた。




