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第六十七話幽霊旅館⑪

「いや、まさか私も天狗温泉だからって本当に天狗の仕業だなんて思ってなかったわよ。どうせ下級霊の仕業だなんて高をくくっていたわ」

 頭を片手で押さえるユイは好戦的なエイジが心配だった。

 強力な能力と引き換えに彼の身体はそれに比例して衰弱していく。

 牛鬼戦後の彼は驚くほど痩せていた、もし天狗が牛鬼以上の力を持つならその際の彼への反動はどれほどのものなのか。

 彼もただの馬鹿ではない。

 自身が死ぬほどの戦いは避けるに違いない、もしかしたら自分の杞憂なだけでそのダメージも驚異的な能力で回復しているのかもしれない。

 そう思いたいのだが――

「天狗かぁ、どんなヤツなんだろうなぁ!」と憂いている自分と正反対に胸を躍らせる彼を見て。

 ――馬鹿じゃなくて、大馬鹿者かもしれないのよねぇ……「はぁ」とため息を吐く。


 好戦的すぎるエイジは呆れる二人に背を向け「まぁ、あと一日あるんだし。明日様子を見に行こう」と部屋を出て行く。

 その彼は一つ、彼女達に黙っている事があった。西崎と子供達の関係の事だ。

 なぜ子供達がこの旅館に来るのか?

 ここが修学旅行の宿泊場所だったからか? いや違う、ここに彼女がいるからだ。

 彼らにとっては今も担任教師の西崎に会いに来ている。

 今、目の前でその彼女が歩いてくる。

「お姉さん、ちょっといいですか?」

「はい? いかがしましたか?」と笑顔で応える、陽気さのない顔で。


「いえいえ、ちょっとこの事件の話なんですが」とエイジは陽気な顔で西崎に聞く。

「子供達の幽霊って見た事あります?」

「っ……」生気のない能面のような顔にヒビが入ったように彼女の顔が歪む。

「み、見ていません……他の方達は見ているらしいのですが」

 彼女の一つの言葉にエイジが鋭く突っ込む。

「見ていない、見えていないんではなくて? あなたの周辺だけ濃く霊気が残っているんですよ、他の人たちと違って――」

「……」

 エイジの話に西崎は何も応えない。彼が何を言いたいのかはよくわかる、この事件は自分のせいだと言いたいんだろう。

 いつもの事だ、耐えて話を聞こう、だけどなぜだろう。

(なんで慣れているのに、この子に私はイライラしているのだろう)


「西崎さん、本当はあなた子供達が見えているんじゃないですか? そしてそれは見知った顔だ、つまりあなたは――」

 瞬間、エイジの話を雷鳴めいた声が断ち切った。

「それは彼らが私の生徒達だからでしょうっ! そんな回りくどい聞き方しないでっ!」普段の彼女からは想像できないような怒声が上がる。

「ここに来た霊能力者にも従業員の人にも言われましたっ私がここにいるから、ここに来てからおかしい事が続くようになったって!

 でも仕方ないんです、あの子達は私を許してくれない。私が私だけが生き残ったから、恨んでいるんですよ、私も私が許せないっ!」

「西崎さん」

「これは罰なんです。これからも一生みんなに責められ、惨めに生きていく。それが私の――私の唯一の贖罪なんです」

「もし子供達が貴方とただ話がしたいと思っていても?」

「っ……」西崎はもうここに居たくなかった、こんな話はしたくない。生徒達の事を思うと胸が引き裂かれそうになる。

 いつもは我慢できたが目の前の少年には我慢できない。嫌な予感がする、今まで逃げてきたモノから自分を捕まえて目の前に差し出す悪魔が目の前にいる。

「いい加減にしてっ。私には……私にそんな資格ないのよ」

 西崎は背を向ける、このまま歩き出せばいいのに足が動かない。

(私は彼に何か期待していると言うの? そんなの許されるはずがない)

 自分の肩を抱きながら、精一杯の抵抗を続ける。

「そう、私は子供達に会いたくないのよ……そう会いたくない顔も見たくない話もしたくない。幽霊になって私に会いに来るなんて……なんてめいわ――」

 肩を振るわせ、大きく開いた目からは涙が流れる。


「嘘を言うなっ!!」

 本心ではない言葉の紡ぎをエイジの怒声が引きちぎった。

「あんたは罪人なんかじゃない、ただの嘘吐きの臆病者だっ! 自分の罪と向き合ってるようで本当は向き合ってないんだよ」

 エイジが西崎の肩を強く掴み、くるっと回して再び対面する。

「俺はあの子達の修学旅行を終わらせる。だけど子供達はあるモノに縛られている、それを解消する。

  そして最後はあなたの存在が必要不可欠なんだよ」

「そんな、なんで……どうしてよ?」

「終わらせなければ、あなたが前に進めないからだ。死んだ人間に生きている人間が縛られるのは見たくないんだよ」

「なんでそこまでするのよ」ぼろぼろと涙が流れる、いつもと違う。今まで厄介者としか見てくれる人がいなかった。

 だけど怖い、子供達は自分と会った時なんと声をかけるだろうか?

 今までは「先生、先生」という声しか聞かなかった。その先の言葉が聞きたくなくて今まで逃げてきた。


「貴方のしている事が正しいと思ってるの? 貴方にとっても正しくても、本人には余計なお世話という事もあるってわかってる?」

 その最後の抵抗にエイジは笑顔で応える。

「何言ってるんですか、俺なんか間違いだらけの男ですよ。

 それにね、生きてるという事はそれだけで素晴らしい。間違う事だってきっと人生の一部のはずだ、だったら間違いも楽しまなきゃ、生きてるって言わないじゃないですか」

 その言葉に西崎の心の鎖が砕けた。

 今まで逃げてきた自分の役目、彼らの先生として行動する。

「お願いします。子供達を解放してください」と深々と頭を下げた。

「任されました。今夜の夜明け前までには必ず子供達を連れてきますよ、先生」


「はい」と返答する生気が戻った西崎の顔を見て、エイジはより張り切るのであった。

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