第六十六話幽霊旅館⑩
「ただいまっー」と旅館から戻り、ロビーにいたユイと美鈴に元気よく挨拶するエイジ。
「どこに行ってたのよっ! 夕方までに旅館でって言ったけど本当に旅館で合流するやつがいるか!?」
「まさか、本当に迷子になったのか?」
単独行動で一日を終えたエイジに二人が不満を口にする。
結局彼は土産屋での話を聞いて、一人で調査を始めたのだ。なぜなら彼女達の存在はあまりにも目立ちすぎる。
美少女二人連れて聞き込み調査なんて、同じ男ならこんな羨ましい人間によくしようと思うだろうか、世の中善しか知らぬ人間だけとは限らないのだ。
(現に土産屋さんの旦那さん、最初は面白くない顔してたもんなぁ……)
夕食を食べ終え、風呂で一日の汚れと疲れを取ったのちエイジはユイ達のいる部屋へ向かった。
廊下を歩いていると、鳳凰の間の入り口で美鈴が立っていた。
「先輩どうしたんすか? 自分の部屋の前で立って、もしかしてユイに怒られて反省中ですか?」
「そんなわけないだろっ……いや、ちょっと話があってな」
「?」エイジがなんだろうと首をかしげる。
「その……昨夜はすまなかった」頭を下げる美鈴に「ははっ」と思わず声が出る。
「わ、笑う事ないだろ。ユイにも謝ったのだがやはり君にも謝りたかったんだ。今日はそのタイミングがなくてな」
「安心してください。いつでも俺の布団なら貸してあげますよ。なんなら今日から添い寝でも」
「ば、馬鹿言うんじゃないっ」
「えーエイジのここ空いてますよ?」と腕枕を指さすエイジに馬鹿なこと言ってるんじゃないと嘆息する。
「ユイは君の単独行動をあまり良く思ってないようだが、ちゃんと仕事はしたのか?」
「もちろん、やる時はやるエイジ君ですから」と胸を叩くエイジは部屋へと入っていく。
「それで、何か有力な情報は聞けたのかしら?」
風呂上がりで湿った髪をお団子にまとめたユイがお茶を差し出す。
ゴトンッと音を立てた湯飲みを見ながら、これで有力情報持ってこれなかったらやばかったんだろうなぁとエイジは思った。
「そうだな」と出されたお茶を一口含み、喉を潤わせるとエイジは聞き取ってきた事を話す。
「まずは今回の犯人の居場所は鞍馬神社だ。もちろんあのでっかい神社じゃない、本堂の方だ」
「本堂は崖崩れの影響で行けないし、本堂自体も壊れているんじゃないのか?」
美鈴も収集した情報を話す。
数年前に地震が起きた際、大規模な崖崩れがあった。
その際、道路と神社は土に埋もれ、最悪な事に修学旅行中だった学校の生徒を飲み込んだ。
そしてその中で唯一の生存者だったのがこの旅館で働く元教師西崎であった。
「いーや、道路は埋まったが本堂は残ったんですよ。道路を工事で開くには予算がかかる、かといって本堂の所在を知られれば観光客が危険な道を歩くようになる、そこで関係者はその存在を秘密にする事にしたんだ。
今も崩れた土砂の上を歩いて年に数回、氏子の人たちが世話しに行っているって話だ」
ユイと美鈴が調べてきた情報とエイジの情報はあまりにも違いすぎていた。
その事に、ユイも美鈴も感服していた。
「けど、本堂にいるのは何者なの? そんなに子供を現世に留めさせて悪さするわけでもないただ遊ばせる物好きな魔物はこの辺では聞いたことないわ」
「そこで気になった逸話がこれだよ」と土産屋で買った絵馬を差し出す。
「ほら貝を吹いている天狗?」
「そうだ、この絵馬に描かれた天狗は子供好きらしくてな。昨夜に子供達が帰る前にほら貝の音がしたんだよ。その前にちょいと子供を脅かしてな、そのときにたぶん天狗が吹いた。
この天狗様は人に危険があるとほら貝を吹いて人を導くらしいんだ」
「この件の犯人は天狗という事か?」
「イエスッ先輩正解。ワンポイントプレゼント」
「……天狗はまずいわね……」ぼそっとユイが不安そうに発した。
「なんだ、天狗って修行僧の格好してる真っ赤な顔と鼻の長い羽うちわ持ってて神通力持ってるだけのやつだろ」
「いや、エイジ。神通力持ってるだけで十分すごいぞエイジ」と説明くさい口調のエイジにツッコむ美鈴。
「俗説ではそれだけなのよ。だけどこっちの世界じゃ違う側面が信じられているわ」
「違う側面?」
「天狗は星の使い、それも彗星からの使者と呼ばれてるわ」
「宇宙人なの!? 天狗って」
「いや、表現っ!? ……まぁ宇宙人というより精霊ね」
「精霊ならユイが使役できるじゃないか。いつもやってるじゃん」
「いいえ、私に仕えさせれるのは下級のこの星の精霊だけよ。異星のそれも最上位である星直轄の大精霊はムリ」
「天狗は子供好きって話だし、無理矢理ってなると――やっぱり強いのか?」
「戦った文献が少ないから、詳しくはわからないけど大精霊ってのは強力な力を持っているモノなのよ、例外なくね」
「そりゃぁ、話で解決するしかないな」と立ち上がりシャドーボクシングを始めるエイジ。
「話し合いする気あるの?」
「無論、肉体言語にて」
「いや、やめときなさいよ。正直その話聞いたら下りる気しかしないわ」と座椅子の背もたれに寄りかかり嘆息する。
「エイジ、いくら牛鬼を倒したからといって天狗に挑むのは些か、調子に乗りすぎでは無いか?」
「えー美鈴先輩まで……」
「うちの古い文献に修行と称して、天狗に挑んだという話があってな。その、あまりいい結果にはつながらなかったようだ」
「えーそうかーやっぱやめとくかー」と言いながらも準備運動を始めるエイジに「あっこいつ戦う気だ」と思うユイと美鈴であった。




