第六十五話幽霊旅館⑨
朝、三人が朝食を食べている。
エイジは美味い美味いと機嫌良く、美鈴は気まずそうな顔をしている。
「で、なんで朝起きたら美鈴の布団にエイジが寝ていたのかしら?」
眉間にシワを寄せながらたくあんをボリッボリッとかみ砕くユイにエイジが理由を話す。
子供霊が消えた後、眠る美鈴に布団をかけ静かに部屋を後にしてロビーにあるソファーにでも寝ようかと部屋を出た。
その時ひらめいた、布団が確実に一つ余ってる場所があると――
「あ、先輩の布団空いてるじゃん。そこで寝よう」
「なんでよっ!」とユイが話を遮る。
「案内された時の話聞いてなかったの!? 男女一緒の部屋はダメだから二部屋借りたのよっ」
「いやーだってまだ夜は少し寒いし、ソファーで寝てるの従業員に見つかったらどう説明していいかわからなかったから……」
「だからって私の部屋へ入ってくる事ないでしょ? 美鈴も美鈴よ、勝手に一人で出て行ってエイジの部屋で失神して一晩過ごすなんて何を考えていたのかしら?」
ユイの怒りは当然だろう。
日が昇る前の薄暗い部屋で起きると隣に寝ているのは女の子ではなく同年代の男子だったのだから。それに上乗せして仕事を寝過ごした事にも拍車をかけて怒っていた。
「うぅ、言い訳も浮かびません……」彼女の剣幕にしおらしくなる美鈴はここまで朝食が無味に感じるのは古屋敷の一件以来だと思い、さらに幽霊嫌いを加速させた。
朝食を済ませた一行は外出の準備を済ませて、旅館から出て行く。
昨夜の霊の様子を話し、ただの浮遊霊が物理干渉するのはありえないとユイが言ったのをきっかけに街の探索を始めようとしていた。
「さぁ今日は霊体の力の源を探すわよ」
「ああ、行こう行こう」と意気揚々と歩き出すエイジにユイが釘をさす。
「ちょっとエイジ、遊びに行くんじゃないだからねっちゃんと真面目にしてよ」
「……」街を散策しながらエイジは考える。
霊道でもないのに霊は明確に旅館に来ている。
ただ目的がわからない、悪さやいたずらだけを目的としているなら自分と将棋など打つはずがない、むしろ友好的。
さきほど寄った、もっとも大きい神社に魔力地場があるが良性のマナしか流れていない。
しかし、その鞍馬神社には気になるモノがあった。
そこでは天狗を奉っており、昔ここに天狗が降り立ったという伝承から来ているものらしい。
土産屋には天狗がほら貝を吹いている絵馬がぶら下がっていた。
なぜ天狗が羽うちわではなくほら貝なのかと問いてみる。
「あ~それはここいらの言い伝えでね、天狗様は子供好きで森で迷ったりすると街の方向へほら貝を吹いて導いてくれたり危難を教えてくれるって話があるのよ」
「教えてくれてありがとうおばちゃん、気に入ったからこれ一つちょうだい」
「はい毎度ありっお兄さんこういう話好きなのかい?」
「大好物だね」
「ならうちの旦那がそういう話好きだから、聞いてくかい?」
店員の中年女性が店の一角にある休憩所を指さす。
大きなテーブルに四つの丸椅子があり、その一つに中年男性が大あくびをしながら新聞を広げていた。
「いいんすか? じゃぁこの菓子も買ってくよ」
「そんな気使わなくていいよ。お茶もってくから」
「俺は気使えない人間なもんでこうやって金使うんすよ」と二千円を渡して菓子箱を抱えて歩き出す。
「もう利かん坊だね、お釣り先に渡すよ」
「いいよ、お茶代とお話代ってことで」
「ちょっとエイジ、あんた何してるのよ? 勝手にそこらへん歩いて行くんじゃないわよ、子供じゃないんんだから」店先からユイが急にいなくなった相棒を咎める。
「あー俺はいいよ。ここで話聞いてこうと思う。ユイ達も聞いてくか?」
「いやそんな時間はないぞ、エイジ。温泉街を捜査しながら歩くんだ、あまり道草を食うもんじゃない」
美鈴がユイと並んで、エイジに出発を促すが彼は頑なに言う事を聞こうとしない。それどころか君たちも聞いておくべきだよと飄々と話す。
「まぁまぁ、そう喧嘩しないで。兄ちゃんモテるんだね~両手に花ってやつかい?」
「えへへ、それほどでも」と頭をかくエイジに対して「いえ、友人です」と二人が口をそろえる。
「はぁ……もういいわよ、とりあえず夕方には旅館に帰ってきなさい」
エイジの様子にユイが堪忍したのか店を出て行く。
「おい、ユイ」と追いかけようかエイジを説得しようかと足を止める美鈴に対し。
「先輩もユイについっていっていいですよ。俺も後で合流するんで」
「いいのか? 迷子になったりしないか?」
「そんな子供じゃないんだからだいじょうぶっすよ!」
「いや、君はそういう事しそうだから」と不安そうに心配にする美鈴にひきつった笑顔で手を振りながら「大きなお世話ありがとうございます。後で土産話聞かせますから、早く行かないとユイを見失いますよ?」とエイジが出口のほうに美鈴の肩を掴んでくるっと回す。
「お、おい。そんなに急かすな」と美鈴は押される事に戸惑いながら店を後にした。
「あらら、あの子達行っちゃったのかい。老婆心だけど女の子を雑に扱うと後で怖いんだよ?」
のれんをくぐりながらお茶を乗せたおぼんを持ちながら、女性店主が出てきた。
「まぁ、後でフォローするし。男女関係は程よい距離感だと思ってるんで彼女達とは今の対応でだいじょうぶっすよ」
自分の腰の手をあてて「よしっそれじゃ、この天狗温泉についてお話聞かせてくださいな」
「はいはい」と女性店主はまだ若いなと息を漏らしながら売り場の奥にある休憩所にエイジと一緒に歩き出す。
結局エイジはユイ達と合流する事なく、夕方まで個人行動を取り美鈴に迷子になったのかと心配されるのであった。
 




