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第六十三話幽霊旅館⑦

リーンリーンと霊力に反応した鳴子が廊下に響く。

頬に伝う汗を拭う事を忘れて、美鈴は音のする廊下の深部をみていた。



――斬る、斬って、斬り続ける、そうだ、簡単な事だ。

美鈴は脳内で自分に暗示をかけるように何度も何度もそう呟く。

敵の姿は未だ見えず、確かにわかるのは近づいてくる音と気配のみ。


しかし意識とは別に、嫌な記憶が美鈴に湧き上がる。

悪霊に憑依された時、先ずは手足の先端から支配される。自分の意思に関係なく、手足が動いていく。暗い闇の中へと意識と身体の自由を奪われる。

それからはあらゆる幻惑を見せ、恐怖、悲しみ、喪失感、あらゆる感情を揺さぶられる。

悪霊はそういった負の感情を好物とする。

地獄のような責苦とともに一晩過ごした記憶は少女に今でも鮮明にそのときの光景を思い出させる。


廊下の奥から影が見える。黒い人の形をしている、あの時もそうだ、同じだまったく同じだ。

一つや二つじゃない、影の奥にもまた同じ子供の形を取った影が見える。


霊は知識と力さえあればありのままの姿を見る事ができる。

だが、本人がそれに恐怖を感じればそれはとても恐ろしい怪物に見えてくるのだ。


その恐ろしい怪物の全貌が見えた瞬間、美鈴は逃げた。

脱兎のごとく俊敏に、歩いてきた道を全力で走り抜ける。


このままつきあたりを左に曲がれば、自室にたどり着ける。

だが、左に身体を向けた瞬間――リーンリーン、鈴の音が響いた。

――なぜだ? ユイは部屋の前にも霊除けの札を貼っていたんじゃ……

いや、待て。誰が最後に使うはずの札を大量に使っていた?

大丈夫だからともしものためにと部屋中に必要以上に貼っていたのは、それをユイはそんなに貼らなくてもいいのにと自分を咎めていたのではないか。

「全然、だいじょうぶじゃなかったー!!」

自分の馬鹿さ加減と状況が美鈴をさらに追い詰める。


後ろからも正面からも霊達は近づいてくる。

「エイジ、助けてくれー!」

唯一、音のしなかった方向。

つまりはエイジの部屋へと向かい、戸に手をかけて勢いよく開ける。鍵がかかってたはずの戸から『ゴギィッ』と金属がひしゃげる音が聞こえた。


そしてヘッドスライディングする野球選手のように部屋へ飛び込んだ。

疲労と混乱で口がうまいように動かず、たどたどしい口調でエイジに助けを求める。

「エイジ、た、たいへん、たいへんたい……?」


「ふふふ、これぞ軍師の秘策『二重陣』歩の後ろに歩をおく事により相手はこの駒を取れない」

「兄ちゃん、それ二歩。失格だよ」

「なにーーー!!??」

電気も点けずに月明かりを頼りにエイジと黒い影がテーブルを挟んで将棋を打っていた。

その周りで同じ影が可笑しそうに笑いながら揺らめく。



なぜ? 今夜はよく脳内になぜだと疑問が浮かぶ日だ。だがしかし、彼の姿を見たとき美鈴の頭の中は嘘のように真っ白になった。

そのときだけ、美鈴の目には黒い影が消え去り、本来の姿である少年、その仲間達の霊が見えた。

「先輩、急に大声だしてどうしたんす、か?」


「……」

黙ってドスッドスッと重い足音を響かせながら、目の前に立つ美鈴。


「?」なぜパニック状態だった彼女が急に無表情になったのか理解できないエイジ。



「あっーーー!!!」


「へぶしっ!!」

エイジに美鈴の脳天チョップが墜ちる。

美鈴にもなぜそんな奇天烈な行動を取ったのかはわからない。

自分がこんな子供に怯えて泣き叫び逃げ走ってたのが頭に来た八つ当たりなのか、はては今この状況に対してのツッコミなのか。

一つ、わかる事は人は理解が及ばない状況になると理解不能な行動を取るのだという事だけだった。

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