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第六十話 幽霊旅館⑤

方丈旅館は歴史ある建物と庭園、そして湯治で有名な旅館だ。

何人もの著名人が湯船に浸かりながら、中庭の一部を囲った庭園の景色を見て、俗世での疲れを癒やしてきた。

そんな大浴場に二人の可憐な少女が入場し、檜やタイルで出来たいくつもの内風呂にどれから入ろうかと悩んでいる。

「さすがにこれだけあって、なおかつ私達だけっていうのは感動するわね」

「まずは露天風呂から入るのがいいんじゃないか? というよりあの景色を見ればそれしかない」

大きな丸窓から見える露天風呂の景色に美鈴の声色は弾み、ユイの返答を訊く前に身体が動いていた。


遠くの空はあかね色に染まり、鳥たちが自分らの巣に帰ろうと鳴き声を上げて羽ばたく様子を見るユイと美鈴は露天風呂で(くつろ)いでいた。

ユイが火照った身体を冷まそうと湯船から上がり、湯船を囲っている岩に腰掛ける。


「あーいい湯だな」と美鈴が夢心地のようにゆったりとしている。そして、彼女の顔の前には二つの丸い浮舟があった。それをユイは羨ましそうに、そして本当に水の上で乳房というものは浮くのかと思っていた。

美鈴はふいに眼を開けて、周囲を首をふりながら何かを探し出す。

「いかんいかん、こんな隙だらけではエイジが狼藉を働いた時に対処できない」

どうやら彼女が心配したのはエイジが自分達のいる露天風呂を覗くのではないかという事だった。

美鈴の乳房に関心を寄せていたユイは咄嗟に彼女から視線を外して、空を見る。


「霊体が活発化するのは夜だし、エイジならだいじょうぶ。あいつ風呂に来てないみたい」

「なぜ、わかるんだ?」

「これよ」と男湯と女湯の間にある竹で出来た壁から赤い粒子が飛んできた。

「精霊か、それで監視を?」

「だから覗きの心配をする必要なんかないわ」

ユイも湯船に浸かり視界に広がる景色を見ながら、憂いなく岩に背中を預ける。


「それよりも、美鈴はこの仕事で少しは自分の弱点を克服したらどう?」

「うっ……そ、そうだな」

「いきなりは無理だろうけど。今後もこういう仕事は私は受けるんだから、仲間がいつまでもビクビクしてるのは――」

美鈴の顔に影が落ちるのを見て、ユイは少し言い過ぎたかと一瞬、固まってしまう。

「まぁ急には無理だろうし、少しずつ慣れていきましょう。私もついてるんだからきっと大丈夫よ」

「ほ、本当か?」

今夜の見回りに不安になっていた美鈴はユイの言葉に安堵する。彼女なら恐気て動けなくなった自分を持ち前の高姿勢で奮い立たせてくれるかもしれないと。


「しかし、エイジが風呂場に来ないのは意外だったな。彼でも最低限の倫理観は持ってるのだな」

「あら。美鈴はエイジの事、良く言うのね。あんまり油断しない方がいいわよ」

「そ、そういうつもりはないのだが……彼ほどの実力者なら最低限の心得は持ってるはずだろう」

「あいつはそういった良心を逆手に取るタイプよ。知ってる? 悪魔は最初に自分はいないと思わせるのよ」

「ユイはエイジの事を悪く言いすぎじゃないか?」

「あいつのスケベ根性を認めているから、警戒してるだけよ」

「ユイもあいつに何かされたのか?」

二人はエイジからの被害を報告し合い、お互いにエイジに苦労させられてるのだなと共感し合う。


「しかし普段はあんなのでも、戦闘に関しては一流いや、そういった次元じゃない。幼少期から修行を積んで天賦の才があろうともあそこまで強くなれるとは思えない。なんで彼はあんなに強いんだ?」


美鈴の質問にユイは返答に困る。もし彼が異世界で十年間戦い、この世界にやってきたと言ったら信じるだろうかと考える。

「それは――」

考えれば考えるほど、なぜ自分はそんな夢物語を信じてしまったのかと自問する。本当は嘘なのかもしれないし、彼なりの冗談だったかもしれないと。

それでも仲間と認めた美鈴の言葉を聞きたくて、冗談っぽさを交えて話す。

「十年ぐらい異世界で戦ってたらしいわよ。あはは、あいつらしい冗談よね」

「ははは、エイジらしい冗談だ」

異世界で戦ってたという言葉に笑う美鈴を見て、やはり普通はこういう反応だろうなと自分の素直さに羞恥心を感じていると美鈴が言葉を続ける。


「なるほどそれなら納得かもしれないな、エイジの強さは異次元だ。それこそ異界由来の力ではなくては信じられない」

「美鈴は信じるの?」

「いいやにわかに信じられない。だが、牛鬼を倒した彼の言葉ならそれが事実でも不思議ではないという話だよ。それに私より剣術が上というのもそれぐらいの理由がないと私は悔しくてたまらないよ」

美鈴もまた冗談を交えながら、エイジの強さの由来を話す。

「さて露天風呂も十分に堪能したし、次は内風呂に行かないか?」

湯船から美鈴が身体を出して、まだまだ堪能出来ていない屋内の風呂を指さす。

「え? ええ、そうしましょうか」

自分だけがエイジの言葉を信じるわけではないという事に、ほっとした反面、少し寂しさを感じるユイは美鈴と一緒に内風呂へ向かう。

「それにしてもエイジは何をしているんだ?」

「あいつの事だから、従業員にちょっかい出してるかもしれないわ。まぁ、そんな事してたら隙だらけのお尻を蹴っ飛ばしてあげるけど」

「あまり従業員に迷惑をかけるのは歓心できないな。また明日も入れるのだから、内風呂はまた今度にしてエイジの様子を見に行くか」


しかし、彼女達の心配はエイジの部屋へ入った所ですぐに解決した。

なぜなら、不安の種は大いびきをかいて寝ていたからだ。彼女達の倍は食べていた夕餉(ゆうげ)で膨れた腹部をだらしなくかいている。

そんなだらしない姿にユイはため息をついて、エイジを起こす。

「エイジ、あんた風呂は?」

重いまぶたをこすりながら、エイジは気だるそうに身体を起こす。

「腹いっぱいで眠くなっちゃって」

「もう、幼稚園児じゃないんだから。お風呂ぐらい入って寝なさいよね」

「ほら、手ぶらで風呂場に行くんじゃない」

エイジはまだ眠そうにしながら、風呂道具と着替えを美鈴に渡されて部屋から出て行った。

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